52話 軽く聖地巡礼でした
オルドア殿下に絡まれたその後。
入学式と校内案内は、大きな問題もなく終えることができた。
食堂の紹介からの昼食を経て寮へと案内され、私は自室で一息ついていた。
「学生のための寮とはいえ広いわね」
ベッドに腰かけたまま、ぐるりと部屋を見回す。
ちょこんとしたサイドテーブルに、飴色の天板の書き物机、猫足の鏡台。
壁にはクローゼットが作りつけられていて、反対の壁には大きな窓が設けられ光を部屋へと入れている。
家具はゆったりと配置されており、確実に前世の私のアパートより広いし豪華だった。
壁紙はミントグリーンに小花が散ったかわいらいくも上品な柄で、部屋全体が前世の高級ホテルのような上等な雰囲気だ。
「初めて見るけど、懐かしいわねこの部屋」
しみじみと呟く。
ゲームの中の背景には主人公の自室も存在していた。
昼間と夜の差分もあって、今目の前にあるのは昼間のものとそっくりだ。
寮室だけではなく、王立学園内のあちこちには、ゲームの背景で登場した場所がある。
昼前の学園内の案内は、私にとってちょっとした聖地巡礼。アニメやゲームの舞台となった土地を巡る形になっていた。
「当たり前だけど、学園内の建物はどこもゲーム通り。……人間関係はどうなるかしら」
ぼすりとベッドに横になりながら、この先の学園生活を考えた。
見てわかる通り、今の私は自室に一人だ。
新入生同士親交を深めている生徒達もいる中、私は誰に誘われることも誘うこともなくここにいる。
リオンとライナスは別のクラスだし、寮も女子と男子で分かれている。
女生徒にも入学前からの顔見知りはいるけど、親しいと言えるほどの相手は同学年にいなかった。
「公爵家の令嬢で悪人顔。近寄りづらさ満点よね、私」
こちらから声をかければ会話してくれるだろうけど、たぶんそれは義務的なものだ。
どうしても身分や爵位が近い人間同士固まりやすく、この学年に公爵家の令嬢は私だけ。学友ができるかは怪しかった。
そんな私にも近づいてきてくる相手はいたけど、親しくなりたいかと言われると果てしなく微妙だ。
「取り巻きその1、その2、その3。こっちにもきちんと存在してるのね」
昼食後の雑談時間に、声をかけてきてくれた女生徒達三人。
彼女達は全員、ゲーム中で私が背後に従えていた取り巻き達だ。
悪女だった私と一緒にいただけあって、お近づきになりたくない性格をしていた。
実はよい人なのかもしれないけど、噂を聞く限りゲーム内での人柄と変わらなそうだ。
私に近寄ってくるのも公爵家の権力目当てなのが丸わかりで、友人にはなれなそうだった。
「クラスに友人ゼロはちょっと寂しいけど……。破滅フラグを折るのに忙しくなるかもだし、仕方ないかな」
ゲームの主人公が学園に来るのは、ゲーム通りなら夏休みの後のはずだ。
夏休み明けからは何があるかわからないし、今だって油断は禁物。
気を引き締めつつ、私はベッドから立ち上がった。
もうすぐ、新入生の歓迎のためのお茶会が女子寮で開催される予定だ。
制服を軽く整え、寮室から出たところで、
「こんにちわっ! あなたがイリス様ですよね?」
明るい声が背後からかけられた。
振り返ると、栗色の髪を頭の後ろで三つ編みにして垂らした女生徒が近寄ってくる。
「あなたは……」
「あ、自己紹介がまだでしたね。同学年のエスト・ヒースエスです。よろしくお願いします!」
三つ編みを揺らし、にこにこと笑うエストには見覚えがあった。
ゲームの登場キャラクター、主人公の友人の一人だ。
見た通りの明るくフレンドリーな人柄で、中途入学の主人公とも分け隔てなく仲良くなっていたはず。
私と主人公では身分も性格も違うけど、持ち前の人懐っこさを発揮して声をかけてきてくれたようだ。
「イリス・エセルバートよ。よろしくね。確かエストは、私とクラスも同じだったわよね?」
「そうです。クラスの人の名前、もう覚えてるんですね。すごいです嬉しいですっ!」
ゲームで知ってる名前だったからね。
とは言わず、私は会話を続けていく。
エストとのやり取りは楽しかった。
ゲームと同じく親しみやすい性格。するりと懐に入ってきて、でもそれが不快に感じない相手だ。
お茶会も隣の席で楽しみ仲良くなって、翌日以降も私は、エストと行動を共にするようになるのだった。




