ライルとミーナの共同生活:急
一人目は家庭環境が最悪なエルフだった。
二人目はニートで女性に対し完全に上から目線のエルフだった。
三人目は優しいけれど浮気しまくる倫理観がボロボロなエルフだった。
そして四人目に出会ったエルフは、世界の敵だった男だ。
かつてこの世界を覆った災厄によって、仲良く暮らしていたはずの種族同士はいがみ合い、争い合うようになってしまった。そのすべては古エルフがより豊かな恵みを得ようとして神々の召喚に失敗したことが原因だ。
族長の息子だったライル──ライルフィードは不完全な召喚の危険性に気づき、儀式を止めようとしたが力及ばず、儀式は世界に災いをもたらした。
結果、神の怒りと呪いを浴びた各種族は、互いの血を交えることができなくなったのだ。
ことごとく異類婚をした夫婦が死に絶えてゆくこの世界の人口は一気に減り、闇の時代が訪れた。
神々の呪いは長い年月をかけて薄まってはいったが、しかし完全に消えることはなく。
──それから数千年後、ライルはこの世界に呼び出された男とともに、神の残滓を滅ぼした。しかし、再び異類婚姻が可能となったこの世界には、根深い争いの種が萌芽したままである。
宵闇公ナハトムジークは、ダークエルフと化した古エルフの生き残りだ。神の復活を企んでいる。それを阻んでいるのが、ライルの魔法陣だ。自分たちは膠着状態にあるのだ。
ミーナのエルフ運も、ここまで悪いとフォローのしようがない。
なんせ、本当に最低の男を引き当ててしまったのだから。
なのだが──。
「あの」
割っちゃったドア直さないとなあ、と悩んでいたミーナに、ライルが慌てて声をかけてきた。
「き、気にならないの? ネポア市の地下に物騒な魔法陣があることに対して、なにか、思うことは……?」
問いかけてみてから、自分はなんてバカっぽい質問をしているのだ、とライルは思った。
「えと……」
ミーナは視線をそらす。
この魔法陣が解き放たれたら、災厄が世界を呪うだろう。そのときは自分が生命と引き換えにでも人々を守るつもりだけれど、ミーナにまでその責任を担わせようとは思わない。
ミーナはきっと、見て見ぬふりをしているだけなのだ。彼女ほどの凄腕の冒険者が事の重大さを理解していないはずがない。
これは彼女の優しさだ。ライルがどれほど婚活相談所を大事に思っているかを知っているから、あえて見なかったことにしようとしてくれている。
ライルの胸が熱くなった。こんな気持ちになるのは、果たして何百年ぶりだろうか。
じっとミーナを見つめていると、彼女はバツが悪そうな顔をしながら。
「すみません、所長」
「……なに、君が謝ることなんて、なにもない」
「所長がなんかやばげな過去を背負っていることは伝わってきたんですけど、特にあんまり興味がないっていうか……」
「は?」
真顔で声が出た。
ミーナは指を絡めながら、つぶやく。
「それよりも、所長がなんかやばげな性癖もってたり、あるいは平然と浮気したり、家庭でお肉を食べさせてくれなかったり、ニートじゃなかったりするほうが大切っていうか……」
「は?」
今度は理解不能で思わず声が漏れた。
「バカな……そんなことって、あるのか……?」
ライルがどれほどの過去を背負っているのか、彼女は想像ができないだけなのだ。
ちゃんと伝えれば、ミーナもライルたち古エルフが犯した罪を許しはしないだろう。
いや……どうだろう……。
ミーナは本当にライルの過去を想像して、その上で『どうでもいい』と思っているのではないだろうか。
そんな予感が、した。
「だって所長だって、あたしがS級冒険者でどれだけ多くの人をこの手にかけてきたか、とか別にどうでもいいでしょう? まあだいたいコキュッとしたのは悪人ですけど」
「まあ……深く知りたいとは思わないけれど……」
「それと同じようなものですよ」
グッとミーナは親指を立てた。ウソだろう?
ライルは顔を歪めながら。
「僕はこれまでたくさんの人間族を見てきた。人間族以外の人々もたくさんだ。僕たちの罪を知った彼らは僕を決して許しはしなかったけれど、僕もそれでいいと思っていた。だからこそ、僕は」
「ああー、それ完全にもうあたしのアグラディア先生とのパターンと同じですね」
「同じだって!?」
なに言ってんだこいつは。意味がわからない。
「そうなんですよ。自分を正しく認識できなくなるっていうか、なんかバカにされたりぞんざいに扱われたりするのに慣れちゃうっていうか、まあそのままでいいのかな……なんて思っちゃったり。他人の自分への評価が、そのまま自己評価になっちゃったり。よくないですよそういうの。所長も意外と繊細なところあるんですね」
「意外と繊細なところ!?」
ライルはもうその場に倒れてしまいそうだった。
世界に争いの種をばらまいてしまったことに対して悔恨するのが繊細? 意外と繊細だと? 全種族に神々の呪いを浴びせてしまっても、普通の人は平然としているのか? マジかよ。すげーな普通の人。
「君は、なんなんだ……? もうなにがなんだかわからない……」
「もしかして、そのことを気にして結婚とかしなかったんですか?」
「ああ、うん……まあ、それもある、のかな……」
脱力したままつぶやくライルに、ミーナは笑いかけてきた。
「大丈夫ですよそれぐらい! 所長は顔がいいんで、すぐにいい人が見つかりますよ! 世の中の女性、ちょっと昔に世界の敵だったぐらい、気にしないですから!」
本当に、信じられない。
今すぐベッドに入って眠りたい。ショックすぎて一旦眠りたい。寝込みたい。
まあ、だけど。
心の底からそう信じているであろうミーナの笑顔を見ていると。
「は、はは……」
思わず笑い声が漏れてしまった。
そんな考え方もあるのか、と。
「君は、すごいな」
「え、そうですか? ごく一般的な女性の女性の意見だと思いますけど……?」
人の価値観は様々だ。結婚相手に求める条件も同じように。
顔、お金、身長、性格、価値観、種族、多種多様だ。
ミーナはひとりの人間としてライルを見たとき、『過去』を気にしなかった。
少なくとも彼女が出会ったエルフの中で、最強最悪の地雷のはずの自分のヒミツを知っても、ミーナはなにひとつ動じなくて。
ここに来る前、ファロス王国に住んでいたときだって、ミーナのような人物はいなかった。
「所長、何時ぐらいにお出かけします? あ、でもその前にドアを直さなきゃですかね……」
「いや、ドアは僕が直しておくよ。君は店を選んでいてくれ」
「はーい」
パタパタと駆けてゆくミーナの後ろ姿を眺め、ライルはふいに思い出した。
かつて、よく自分を励ましてくれた人間族の──いや、ここではないどこか遠くの世界から来た男。
こうあるべきだと凝り固まった考えに支配された自分を、いつでも柔軟な発想で衝撃を与えてきた、唯一無二の親友。
彼女はどこか、その男に似ている気がした。
長く生きていると、こんなことまで忘れてしまうのか。
「……」
ライルは振り返り、封印魔法陣を見やる。
「……理想のパートナー、か」
このライルの過去を知って、それでも受け入れてくれる女性が、この世界にいったい何人いるだろうか。
もしも、彼女のような人と一緒に生きていくことができるなら、自分はもっと日々を安らいだ気持ちで過ごしていけるのだろうか──なんて考えて。
しかし、ライルは首を振った。
「いや、さすがにないな。ない。ないない」
相手はあのエルフ狂いのミーナだ。僕がそんな。まさか。
「……ありえない」
そう言うと、ライルは指を鳴らして再びドアを創り出し、封印を施した。
だが、ありえないはずのことは、いつだって起こり得る。
「ライル婚活相談所へようこそ! あなたの理想のパートナーをお探しします!」
それはいつものように、ミーナが相談所に訪れたお客さんを出迎えた時のことだった。
「ごめんね、ミーナさん。お客じゃなくて」
「ああ、郵便屋さん! お手紙ですか?」
「ええ、ミーナさん宛もありますよ」
「あたしにも?」
女性の郵便屋さんから手紙を受け取ったミーナは、それぞれ装飾が施されたきれいな便箋を見やる。奥から出てきたライルが何通かの手紙を受け取った後、ミーナの手元に残った三枚を見て首をひねった。
「君に直接手紙?」
「はい。なんでしょうね?」
裏の差し出し人を見て、ミーナが「げ」と声を上げた。
一通はローミオン。
一通はイズレンウェ。
そして最後の一通は、アグラディアからだ。
「……燃やしますか」
「待て待て」
ありえないことは、いつだって起こり得る。
ミーナ・レンディ。人生最初にして最後のモテ期が到来しようとしていた──。
ライルの業務日誌:ミーナくんは本当に常軌を逸した生物だ。




