受付のミーナ その6
謎の男を見たイズレンウェは叫ぶ。
「な、なんなんだよお前! 勝手に部屋に入ってきやがって! 不法侵入罪だぞ! 衛兵を呼んでやる!」
「許可は取っているよ、あいにくね」
美貌を撒き散らすように金色の髪をかきあげたその青年は、呆けているミーナに手を伸ばす。
「それで、どうするんだい?」
「……え?」
ミーナはあっけにとられたまま、青年を見上げる。
青年は無表情だった。ミーナのことをなんとも思っていない、そんな顔だ。だからこそ人智を超えた美しさがあるとさえミーナは思った。翠色の瞳は人とは違うものを見ているようだった。
彼はただ、ミーナに問う。
「このまま彼と結婚するのかい?」
「それは……」
ミーナは視線を揺らした。今さらこの期に及んで、イズレンウェとこれからも一緒に過ごしたいとは思えない。だが、しかし……。
「なにか、言いたいことがあるんじゃないのか?」
「それは、あります、けど……。あの、あなたは……?」
ミーナの問いに答えず、青年はすっと横に移動する。顔をゆがめているイズレンウェが目に入った。彼は苛立っているようだ。
「なんだよ、言いたいことって……、つか、婚活体験しているのは俺とだろ。なんで他の男の言うこと聞いてんだよ……。はぁ、これだから低能な女は……」
「……」
ミーナは自らの手のひらを見下ろす。今まで彼にされた仕打ちが頭に巡る。そんなとき、青年が口を開いた。
「結婚生活とは忍耐だ――、そんな言葉があるね。でもそれは普通に出会って普通に時を積み重ねて、普通に結婚した……、そんな恋愛結婚の話だ」
彼は詩を読むように、清涼な声で語り出す。
「婚活相談所にやってきた人の結婚というのは、互いに条件を提示し、それらが合致した上で生まれる結婚という名の契約だ。そこに妥協や我慢なんてものは必要ない。気が済むまで婚活を繰り返し、何度だって失敗して、何度だってやり直せばいい。それはとてもシステマチックだけれど、新しい結婚の形だと僕は思っている」
さあ、と青年はミーナを再び促す。
「目を閉じてごらん。そうして、君はどんなエルフの男性と結婚をしたかったのか、もう一度よく思い出すんだ」
「……」
不思議と抵抗感はなかった。彼に言われるがまま、ミーナは目を閉じる。
どんなエルフの男性と結婚をしたかったのか。
それはミーナが初めて恋した、あの冒険者のエルフだ。
ミーナが憧れた冒険者のエルフは、格好良かった。前線に立つ彼は、新米のミーナをかばい、いつでも守ってくれた。時には頭が足りないことをバカされたり、無茶をしでかして強く叱られることもあったが、それも彼の優しさだった。
冒険者のイロハをミーナに叩き込んでくれた彼は、ただ美しいだけではなく、とても強かった。色んなことを知っていたし、ミーナがこの年まで生きてこれたのもきっと彼が指導してくれたからだ。
結局、彼が戦っていたのは妻子を養うためで、そのことを知らなかったミーナは舞い上がって彼に告白などもしてしまったのだけど……。そのことだって、後悔はしていない。言わずに胸に秘めたままだったら、いつまでも悔やんでいただろう。
彼のような人とまた出会いたくて、あるいは彼がしてくれたように自分も新米の面倒を見ることが恩返しだと思って、ミーナはずっと冒険者を続けていたのだ。
ゆっくりと目を開く。最初に目に入ったのは、スーツを着た金髪のエルフ。冷たい表情だけれど、どこか優しさを感じる。冒険者のあのエルフと同じように。
視線を動かすと、だるんだるんのジャージに身を包んだエルフの男性がいた。老いをほとんど感じさせないエルフ族なのに、頬や顎がたるんでいるように見える。ジャージの裾から見える細い足は、ダニに食われた赤いブツブツがたくさんあった。彼はミーナを睨みつけながら下品な声を出す。
「……んだよ、てめえ」
ミーナは思いっきり顔をしかめて、言う。
「ダサッ」
「はあ!?」
目を剥くイズレンウェの前、立ち上がったミーナは胸を張った。
もう大丈夫。もう自分を見失わない。それもすべて、あの金髪のエルフのおかげだ。
──ミーナは我に返ったのだ!
「つかうっさいのよ低脳低脳って。どっちがよ、このクソニートエルフが」
「ああ?」
ミーナの瞳には鋭利な輝きが宿っている。そのことにまだ気づかないイズレンウェは舌打ちをした。
「お前、俺にそんな口を利いていいと思ってんの? その態度を早く改めないと、結婚してやんねえ――」
「――上等よ。あんたなんてこっちから願い下げだわ。なんであたしが頼んで結婚してもらわないといけないのよ、わけわかんないわ。働いてもいない、親のすねをかじるだけが得意のクソニートエルフが。口ばっかり偉そうなことを言っているんじゃないわよ、そのご自慢の顔面をもう二度と見られないように叩ッ壊してやろうか?」
「なっ――」
彼の言葉を途中で遮ったミーナは、ハァ~~~~~~~~~~……、と竜の吐息のようなため息をつく。
「だいたいなんなの、あんた人に感謝とかないわけ? なんでもされるだけされて延々と文句ばっかり言って、そんなんで人があんたを好きになってくれると思ってんの? なんで結婚してもらえるって思ってんの? 頭おかしいんじゃないの? あんたは神様から特権階級チートパスポートでももらってんのか? もらってんだったら見せてみろよおい、耳引きちぎるぞオラ!」
豹変したミーナの態度に、イズレンウェは明らかに狼狽していた。彼は後ずさりする。
「な、なんだよてめえ、女のくせに生意気だぞ……、俺に逆らうってのか、ああ!? 男に媚びて股開くしか能のないようなやつが!」
「あたしは『男のくせに』なんて時代錯誤な言葉ゼッタイに使わないけどあんたの低脳っぷりに合わせてやるよクソニートが! 女のくせに女のくせにって言うんだったらあんたも少しは男らしくしてみたらどうなんだよ! つーかだったら拳で勝負するかあ!? 能があるかどうかその顔面でたっぷり味わってみろよおい! その顔面で! その顔面と耳ちぎって煮て焼いてネポア市の露店で珍味エルフ焼きとして振る舞ってやろうかー!?」
「それはやめて」
「な、なんなんだよお前!」
ミーナが足を踏み出すと、彼の部屋がみしりが音を立てた。金髪の青年の素朴な制止は空に消えた。ミーナの全身から放たれたオーラは本棚やクローゼットをガタガタと揺らす。素人目に見てもミーナは明らかに常人ではなかった。怪物か魔人か死神か、そんな感じのなにかだ。
「くそっ、やってられっかよ!」
イズレンウェはくるりと振り返って、窓から逃亡を図った。着の身着のままで逃げてゆく。そんな彼をミーナは「おい待て! まだ話は終わってねえぞ!」と鬼のような形相で窓を出て追いかけていった。
残された青年は思わず顔を押さえた。この姿ならミーナがどんなに本気を出しても取り押さえられるからと彼女を焚きつけたのだが。
「早まったかもしれない」
麦畑に向かって逃走したイズレンウェは、すぐに追い詰められた。
彼の周囲には麦畑を手伝っていたたくさんのエルフ女性たちがいる。そのみんなが腰に手を当てて、ぜぇはぁと息を切らしてへたり込んだイズレンウェを見下ろしていた。
「なっ、なんだよお前ら! 俺の邪魔すんなよ! 低能な女どもが、どっかいけ! くそっ」
「どっかってあんたが勝手にやってきたんでしょ」
「久々に出てきたと思ったら、そんなこと言って……」
「いい加減、働きなさいよね」
そんな女性陣を睨みつけ、イズレンウェは立ち上がって腕を振る。
「うるせえ! 俺はこの農場の経営者だ! お前ら誰のおかげで飯が食えていると思ってんだよ! 生意気言っているんじゃねえぞ、馬車馬のように働け!」
「うっさいのよ、童貞」
「どどどどど童貞じゃねえし!」
イズレンウェは顔を真っ赤にして怒鳴った。女性陣たちはそんなイズレンウェを呆れた目で眺めている。
「だいたい今回の婚活だって、どうしてもって言うからやってやったんだよ! 俺は男の働きに寄生するだけの女なんて大嫌いだが、特別にな!」
「村の女性に無差別に言い寄って、その挙句、村中の女性から嫌われたくせに……」
「お前らが俺を嫌ったんじゃねえ! 俺がお前らのバカさ加減にうんざりになったんだよ!」
そこにミーナとライ……謎の金髪の青年が追いついてきた。イズレンウェはミーナを見てヒッと悲鳴をあげる。
「な、なんだよお前……! 俺を殴るっていうのか!? 口で勝てないから暴力で解決する気か!? 最低の女だな!」
「愚かなり。あたしをそのような戯れ言で説き伏せられるとでも思ったか? 最後にものを言うのは力なのだ。浅ましき長命の男よ、凡庸な我が身を呪うがいい」
「なんで口振りが魔王みたいなの」
「っぐぐぐぐぐ!」
拳を握り近づいてくるミーナは漆黒の闘気をまとっている。金髪の青年の素朴なツッコミは空に消えた。イズレンウェは腰が抜けたようにその場に尻餅をつく。
とりあえず殺傷沙汰になる前に止めようと思っていた謎の金髪の青年だが、そこで女たちが「やっちゃえやっちゃえ!」と無責任に声をあげるから頭が痛くなってきた。
「ま、待ってください!」
そこで声をあげて止めに入ってきたのは、イズレンウェの母――エレンウェだった。
彼女が現れたことによって、エルフたちの女性陣は「あっ」という顔をして口をつぐむ。エレンウェはイズレンウェをかばうように両手を広げて立っていた。
「こ、この子のしたことは許されることではないかもしれません……、本当に、申し訳ありません……。でも、この子は本当は優しい子なんです! だから、ミーナさん、どうか怒りを沈めてください!」
「そ、そうだ!」
たったったっとイズレンウェの父親も走ってきた。天にも昇るような禍々しいミーナのオーラを感じて駆けつけてきたのだ。
「イズレンウェは、ただ純粋で……、だからこそ、理想と現実のギャップに傷ついてしまって、こんな風に臆病なやつになってしまったんだ! どうかミーナさん、わかってくれ……! イズレンウェだって、なりたくてこんな風になったわけじゃないんだ!」
女性陣たちは顔を見合わせた。彼女たちにとってはイズレンウェのご両親は雇い主であり、恩もある。両親が現れたことで事態は収束の一途を辿ってゆく。少なくとも、エルフの女性たちは静まった。
父がイズレンウェの頭を掴んで無理矢理下げさせる。
「だから、頼む……。息子もこの通り、頭を下げているから」
「……くそっ、俺が、悪かったよ……、くそっ……。全部俺が悪かったよ! それでいいんだろ! くそっ!」
イズレンウェも十分今回のことでその身に恐怖を刻まれたことだし、ここらで手打ちしてやってもいいのではないか。そんな空気が流れ始めていたときだった。
ミーナは拳を握ったまま、顔をあげた。その目は据わっている。
「……うっせーよ」
『えっ!?』
その暴言に、エルフたちの目が一斉に点になる。謎の金髪の男だけは「ああー」とうめいた。案の定であった。
ライルの業務日誌:ああー。
次回更新 → 明日12時(今度こそイズレンウェ編ラストです)




