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神の子  作者: 柘榴石
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8  朝の出来事

 シエルのいるテラスに戻ると庭を望めるラウンジに案内された。

 朝食が用意される間、一面硝子張りの窓から庭に咲く花々を眺めていると身体を清めに行ったレクスが戻って来た。


「髪、まだ濡れていますよ?」

「そのうちに乾く。何を見ているんだ?」


 雫こそ落ちないがまだしっとりとした蒼髪を見てロジエが言えば、レクスは気にするなとばかりに微笑んでロジエが見ていた視線の先を窺った。


「冬の花です」

「ルベウス王都ではあまり咲かないか?」

「はい。あちらは寒さが厳しいですから。ここまで沢山の花は温室でないと見られません」

「そうか。よければ部屋に飾るように手配するが?」

「本当ですか? 嬉しいです!」

「甘い!! 甘いよ! あんなのお兄ちゃんじゃない!」

「そうなんだ? 僕も聞いていたレクス王子像とはかけ離れていてビックリだよ」


 窓辺で外を見ていたロジエとレクスの背後で食事の支度が整いつつあるテーブルを囲み首を振りながら声を荒げているのは、サフィラスの王女でレクスの妹のリアンといつの間にやら彼女と意気投合しているシエルだ。


「噂が本当なんだよ! お兄ちゃん絶食系って言われてたんだよ」

「誰に?」

「え? 主に私? かな」

「あはははは」

「お前ら随分と馴染んでるな」


 しかも俺の話で、とレクスは腕組みをして二人を見下ろした。


「えー? お兄ちゃんとロジエさん程じゃないよ」

「そうだよ。それに僕達は君らが破談になったら婚約することになるんだし?」

「え? そうなの?」

「うん。年齢的にレクスとロジエに決まっただけで僕と君でも構わないんだよ」

「リアンはまだ十三だ! 婚姻には早すぎる!」

「君はリアンの父親か。サフィラスの女性の結婚適齢は十六だっけ? それまでは婚約ってことでちゃんと僕は待てるけど」

「そっか。じゃあ私シエルさんと結婚ってこともあるんだ」

「うん。だから仲良くしようね」

「だから駄目だ! リアンは政略結婚はさせない!」

「君がそれを威張って言うなよ」


 呆れたようにシエルが言えばロジエとリアンが弾けるように笑った。



「ねえねえ、明日からも一緒に朝ご飯食べようよ!」


 食後のお茶を飲みながら、意気揚々と告げるのは四角いテーブルでレクスの左隣に腰かける妹のリアンだ。

「僕はいいけど」と答えるのは正面に座るルベウスの王子シエル。

「でもご迷惑では」と遠慮するのが右隣に座っているレクスの婚約者となったロジエ。

 迷惑なんてとんでもない。

 思いがけず朝から好きな相手と過ごせるなんてレクスにとっては願ってもないことだ。


「迷惑なんかじゃないさ。リアンも俺と二人より楽しいのだろう。俺からも頼む」

「殿下がそう仰るなら構いませんが……」

「堅苦しいことは無しだよ! ロジエさん! 今日これから何か用事ある? 無いなら私、お城の中案内するよ!」


 昨日の夜会で過ごした僅かな時間と今の朝食の時間だけでリアンはすっかりロジエに懐いたようだ。レクスにしても初対面に近いような彼女とあれだけ笑って話が出来たことが不思議だ。こうして人と打ち解けるのが上手いのは彼女の魅力の一つなのかもしれない。


「殿下。申し訳ありません。少々よろしいでしょうか」


 レクスがロジエとリアンのやり取りを微笑ましく見ていると控えていた女官長の声が掛かった。


「ああ。なんだ?」

「失礼ながら、本日ロジエ様は仕立て業者が参りますので」

「仕立て屋さんですか?」

「僕が頼んだんだよ。ルベウスとサフィラスでは違うところもあるだろうし必要なものを揃えないといけないからね」

「じゃあさ! ロジエさんのお部屋にお邪魔してもいい!? 私も一緒にお洋服みたい!」

「その方が助かるんじゃないの? リアンが見てくれるならサフィラスの流行とかも分かるし、ロジエはそういうの苦手だろう」

「それは否定できませんが……」

「うっそ! そうなの!? ロジエさんドレスの着させ甲斐あるのに! 楽しみ~!」


 リアンはパチンと両手を合わせた。


「それからロジエ様。殿下に許可は頂きましたか?」


女官長の問いかけにロジエは「あっ」と声を漏らした。


「許可とはなんだ?」

「あの…、図書室は使わせていただいても宜しいのでしょうか?」

「ああ、それは僕も使わせて貰いたいな」


 ロジエの申し出にシエルも同ずる。


「城勤めの者が使うところで良ければ自由に使ってもらって構わないが」

「いいの? 見られて拙い物とかない?」

「禁書は別になっているし、図書室は城に仕える者なら誰にでも解放している。問題ない」


 …はずだ、たぶん。シエルの確認に考え直す。後でクライヴに確認しておこう。


「じゃあ、遠慮なく見させてもらおう」


 くすりと笑うシエルは何でも見透かしているようでなんとなく居心地が悪くなる。確かにこいつはいつかぎゃふんと言わせたくなるなとレクスは密かに思った。


「殿下。ロジエ様は殿下と面会するにはどうしたら良いかとも聞いておられました」

「面会!?」

「ええ!? なにそれ。余所余所しいなぁ。そんなの執務室に突撃すればいいんだよ!」

「リアン様。それは貴女様だけでございます。そしてもう少し嗜みをお持ちください」

「えへへ…。は~い。ていうかさ! 問題はお兄ちゃんじゃないの!? お兄ちゃんはどうやってロジエさんとの時間を作るのよ! 忙しさにかまけて婚約者を放っておくわけじゃないよね!」

「そうだね。ロジエもレクスの婚約者として滞在するんだから少し考えなよ。勉強しに来てるわけじゃないんだよ?」

「そう言われましても…婚約者って何をしたらいいのか私が訊きたいくらいです」

「お兄ちゃんと遊んでればいいんじゃないの?」

「流石に君のお兄さんはそこまで暇じゃないだろう」

「ロジエとの時間は執務の合間に作る。ロジエも用があれば執務室に尋ねて来てくれて構わないし、直接というのを気にするなら女官長を通せばいい。クライヴ…俺の側近にも言っておく。なるべく対応できるようにする。とりあえず、朝食と…午後の休憩を一緒に取れるようにしよう」

「それはよろしゅうございますね。纏まった時間が取れる様でしたら城内の案内もするのがいいかと存じますが」

「ああ。そうしよう。今日はロジエの方が立て込んでいそうだから、明日朝食の後で図書室には案内しよう」


 普段、快活すぎる妹と口うるさい女官長が今日は随分いい働きをしてくれた。妹の方はレクス持ちで自分も服を一着作ってもいいかと訊いてきたが。シエルも政略の婚約者に随分と積極的だねと茶化してきたがそんなのはどうでもいい。レクスは既にロジエと共に過ごす時間の事しか考えていない。その為には執務を手早く進めなければならないが。


 そうしてその日の午後、さっそく休憩時間に女官長に連れられ現れたロジエにレクスは息を飲むことになる。彼女が女官長の“少し整えましょう”の言葉の通りに清楚ではありながらも貴婦人然とした風体で、しかもはにかみながら現れたからである。彼の頭の中が“かわいい”の一言で埋まるのは午後の事で、また別の話。


 今、朝食を終えて、なし崩しにロジエとの約束を取り付けたレクスは晴れ晴れとした顔で回廊を進む。普段挨拶をしても無愛想に頷きを返すだけの王子が「おはよう」と眩い笑みを返すのだから、すれ違った人々は天変地異の前触れかと足早に離れて行くのだった。


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