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神の子  作者: 柘榴石
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59 その後

 夜の出来事は人伝に伝わっていく。


 元宰相のゼノは千年を生きる悪魔だった。

 王を弑して身のうちを揺るがし、混沌に陥れようと画策していた。

 レクス殿下とシエル殿下が気付き、力をあわせて討たれたそうだ。

 最後はロジエ様が倒したらしい。

 いやレクス殿下だと聞いたぞ。

 プロド殿下は?


 ゼノと通じて国を我が物にしようとしていた

 それは演技でゼノを欺きレクス殿下に協力していた


 それはもう様々に。


 *****


「粛清は必要かと、王太子殿下」


 レクスはその言葉に眉を寄せた。


「何故、最近の罪人は自ら裁かれたがるのだろうな」

「楽になりたいのでしょう」


 レクスの前に立つ黒髪の男、第一王子プロドは楽しそうに笑う。


「主犯を露にする為の策だとすれば罪ではない。それにこれも役に立つ」


 執務机の上の一つの文書。

 プロドに擦り寄った者の名前と貢がれた品々が列挙されていた。

 まさにプロドがしようとしたことは“国の洗浄”なのだろう。

 レクスは資料を捲り、考えを巡らせるように目を瞑った。


第一王子(あなた)の処遇は俺に一任された。国を混乱させた事に違いはない。処断しようと思う」

「はい。如何様に?」

「王位継承権の剥奪。王族を名乗ることも赦さない。加えて国外追放だ」

「それが罪人を救うことになっても?」


 赦され、王宮に止まれば生涯噂に翻弄され縛られる事になる。その処罰では与えられるのは自由だけだ。


「簡単に赦しはしない。表はそうするが、姿と名を変え一介の臣下となってもらう」

「訊いても?」

「なんだ?」

「一生国家に縛り付けられる罪状は何でしょう」

「……ロジエを怖がらせた挙げ句、肌を覗いた」


 如何にも不愉快な様子のレクスを見てプロドは苦笑した。


「確かに私は重罪を犯していたようです」

「そうだ。終身刑に値する。そもそも演技が迫真過ぎる」


 何度、兄を疑ったか分からない。


「殿下を欺けないようではゼノは騙せませんので」

「その狡猾さ。使える罪人を使役することはよくあると過去俺は兄に教わった。だから使うことにする」

「身から出た錆ですか」


 くつくつと笑うプロドの顔は優しく穏やかなものだった。


「それで何を為せと?」

「今までと同じ。生涯俺と国に忠誠を誓い暗部を支えろ」


 反対に命令を与えるレクスの口調は硬い。


「殿下、迷われずとも結構。私は七つの時からそれを心に決めていた」

「……ではまずは王の護衛だ。王は養生の為、西の城塞に居を移す。近いうちに王位も退くつもりらしい。付いていけ」

「御意」


 一礼して背を向ける兄に最後の言葉をかける。


「兄上。貴方が兄であることを生涯感謝する」

「……俺はお前が弟であることを誇りに思うよ」


 兄は振り返らずに応えた。


 *****


 濃褐色の髪の男は王の前に片膝をつき、剣を前に置くと頭を下げた。


「新しい護衛となりましたスキアと申します」

「美しい黒髪であったものを」


 心底残念だとでも言いた気な王は毒で臥せっていたようには見えない。元よりプロドの警告で解毒剤を呑んでいたのだ。


「似合いませんか? 」

「似合うが……。瞳は?」


 顔を上げた男の瞳は琥珀色をしていた。


「水の精霊に光彩の膜をつくらせると変えられると、最後にいいことを聞きました」

「顔の傷は?」


 男の左頬には傷痕があった。スキアはそれを指でなぞった。


「これはまぁ、悪戯をした代償でしょうか。残る傷になりましたが丁度良かったです」

「母に似て整った顔であったものを」

「父に似たかったので構いません。それに男は顔ではありませんので」

「ふっ、そうか。……お前は私の子だ。プロド」

「はい。知っています。母も貴方も、そして王妃様もそう言われました。疑ってはいません」


 スキアはもう一度頭を垂れる。


「けれど、私は今、スキアという名の陛下の護衛です。レクス殿下の代わりに支えるよう下知されました」

「そうか。貧乏籤を引いたな」

「そう長い間では無いでしょう。ああ、後、寝酒は一杯までだとも指導されました」

「はは! レクスめ! 祝酒まで制限するか。お前も言ってくれる! そうそう早くお前を解放せんぞ」

「その言葉、努々お忘れなきよう」


 王の明るく楽しげな笑い声が部屋に広がった。


 *****


「シエル殿下」

「……濃褐色の髪に琥珀の瞳か。名前は?」

「スキアと申します。貴方にお渡ししたいものがあります」


 差し出されたのは赤い重装丁の一冊の本。本だというのに中央には赤い大きな宝石が埋め込まれている。妖しい耀きは魔力でも蓄えているように見える。


「……読んだ?」

「読みたくとも流石にその文字は読めません。けれど書かれている内容はいいものではないようです。いっそ、処分した方がいいかと存じます」

「そうだね。読んでから考えるよ。そのうち西の城にお邪魔させてもらおうと思っているんだ」

「ええ。ゼノの(あの)部屋は貴方が来るまでそのままに」

「ありがとう。護衛頑張って」

「ありがとうございます」


 二人は旧知の友のように握手をして別れた。


 *****


「シエルさん!!」


 一階の外回廊を歩いているとぱたぱたと足音が近づいた。


「リアン、相変わらず元気だね」

「だって空綺麗だし!」


 リアンは夏空に手を伸ばす。

 その空は確かに青く澄んで眩しかった。


「それに皆、幸せだし!」


 リアンは夏空よりも晴れやかな笑顔を浮かべた。

 シエルもくすりと笑う。


「お兄ちゃん達の婚姻式まで後一ヶ月だね」

「そうだね。色々あったし延期するかと思ったけど、レクスは待てなそうだ」

「無理だよ。お兄ちゃんもう限界だよ」

「困ったものだね。王の間もあんなにして。改修工事は間に合うのかな」


 何しろ壁が一面無いのだ。部屋そのものもほぼ瓦礫状態、家具は誰の所為とは言わないが水に濡れ使い物にならなくなっている有り様だ。


「大急ぎでやるみたいだよ。でも、しばらくはまだ王子だから、予定通り今の部屋の隣をロジエさん用にするって。元々そっちはそれ用に改修中だし、問題ないって」

「クライヴは苦い顔してたよね」

「久々に大きいもの壊したしね」


 困ったお兄ちゃんだよ、とリアンは腕を組む。

 大きいもので済む程度なんだとシエルは笑った。


「ねえ、シエルさん」

「なに?」

「………私、シエルさんのお嫁さんになれない?」


 珍しくリアンは頬を染め俯いて呟いた。


「三年で物凄く綺麗になったらいいよ」

「三年待っててくれる!?」


 あっさりと返ってきた答えにリアンは先程より笑顔を輝かせた。


「三年だけね」

「うん! 待ってて! シエルさんから求婚して来るくらい綺麗になるから!」

「じゃあ、お菓子は控えた方がいいかもね」

「それはほら! 低カロリーのお菓子にするから! 運動もするしね」

「三年しか待たないよ」

「わかってる! ね、シエルさん」


 リアンは手招きしてシエルを屈ませた。リアンは背伸びをしてシエルの唇に触れた。飯事のような口付けだ。


「予約だよ!」


 にっこりとあどけなく笑って走り去る。

 これは少し翻弄されそうだ、とシエルは眦を細め後ろ姿を見送った。


 *****


 瓦礫と化した王の間でレクスは図面を拡げていた。そこにクライヴの声がかかる。


「レクス様、ロジエ様が皆の為にお茶の用意をしてくださいました」


 皆というのは瓦礫を片付け補修、改修に当たる者達だ。レクスは休憩にしてくれと言うと、図面を丸め、部屋の入り口に立つロジエの元に向かう。

 手を差し出せば、小さな手が重ねられた。「気を付けろ」と言って崩れた壁際に連れてくる。


「視界が拡がってしまいましたね」


 一応室内なのだが、ロジエは片手に日傘をさしていた。女官長辺りの指示だろう。

 視界が拡がって というように遮るものなく城の中庭が一面見渡せた。


「嫌味か?」

「少しだけ」


 ばつが悪そうに言うレクスに、ロジエはくすくすと笑う。


「やはりレクス様は神剣を普通の剣として使った方がいいようですね」

「それを言うなら、ロジエの力も封印した方がいいようだが?」

「ふふ。レクス様の指示がなければ使いません」

「命の危機には躊躇わずに使ってくれ」

「分かりました」

「……こんなに華奢な手なのにな」


 手だけではない。身体も力を入れて抱き締めれば、折れてしまうのではと思うほど儚く華奢だ。それなのに、あれだけの魔力を秘め、何よりも自分を支え癒してくれる。

 かけがえのない唯一つの存在。


「……歴史学者に聞いたのだがな」

「はい?」

「サフィラスの王妃の条件は蒼皇の後から出来たらしいんだ」


 王妃に求められるのは“王を癒す”こと。ただそれだけ。


「蒼皇レイルは十八で王妃となった女性を娶り一男一女を得た。そして二八で側室を迎えた。確かに部屋から一歩も出さ無いくらいに執心していたらしい」


 さわりと風がレクスとロジエの髪を撫でた。


「悔やんだのでは無いかと思うんだ」

「悔やむ?」

「心から愛した女性を正妃に出来なかった事を」


 正妃は“妻”、寵姫はどんなに愛されようが“情婦”だ。愛する者をそんな立場にしか置けないことを悔やんで、自分の子や子孫にそんな思いをして欲しく無かったのではないだろうか。

 自分だったら辛い。もし、適当な相手と婚姻を結んだ後でロジエと出逢ったら。きっと後悔でしかない。


「だから愛情も歪んでしまったのかもしれないな」


 監禁してしまうほどに。


「わからなくもないんだ。俺もロジエに俺だけ見ていればいいのにと思う事が間々あるからな」

「いいですよ。レクス様がそれでいいなら」


 ふわりと微笑むロジエを見て、レクスは一度蒼い双眸を閉じた。


「それがよくないんだ。閉じ込めてしまったら、こういう景色も見せてやれないだろう? ロジエにはもっともっと色々なものを見せてやりたい。色々なところに連れて行ってやりたい。庭も一緒に歩いて花を見て色々な事をしてやりたいんだ」


 風がレクスの髪を揺らす。微笑むレクスはとても穏やかだ。


「何よりも閉じ込めたら隣に立てないだろう? 俺の隣で俺を支えて欲しい。そう思うんだ」

「私もそうしたいです。レクス様と共に歩んで行きたいです。貴方を支え癒せる存在になりたい」


 ロジエも銀の髪を緩やかな風に預け、幸せそうに微笑む。


「ああ、よろしく頼む」

「はい」


 レクスは額をこつりと合わせた。


「レクス様?」

「うん?」

「蒼皇の寵姫となった巫女様は監禁されたのではないと思うんです」


 ロジエは額を離し、僅かに首を傾げるようにして言った。


「巫女様は私と同じ銀の徴があったということは精霊師ですよ? 窓を嵌め殺したところで逃げられます」


 私がしたように、とロジエは笑う。


「だからきっと自ら囚われたのです。蒼皇を愛していたのですよ。だからこそ蒼皇は素晴らしき王だったのです」


 銀の徴を持つ者が選んだ者が王なのだから。


「私達、時期を間違えず、相手を間違わずに出逢えて良かった」

「ああ。本当にそうだな」


 愛する相手に真っ直ぐに愛していると言える。

 そして同じだけ、それ以上にも愛を返し、返して貰える。

 奇跡かも知れない出逢いだ。


 前触れもなくちゅと音を立てて唇が触れた。

 ロジエの銀の双眸が大きく開かれ、見る見る顔を赤く染めた。


「人前は嫌ですって!……」

「傘で見えない」


 悪戯っ子のようにレクスが笑う。


「ロジエ。王の間がこうなったついでにな、大幅に改修することにしたんだ。今まで王と王妃の部屋は別々にしかなかった。それを今回、夫婦の寝室を作る事にした」

「夫婦の寝室……?」

「ああ。夫婦の寝室を中心に王と王妃の部屋をそれぞれ作る。寝室もそれぞれ作っておくが、それは何かやむを得ない事情の時にしか使わない」


 一呼吸置いて、にっこりとそれは魅惑的に蒼い双眸が細められた。


「夜は毎晩一緒に夫婦の寝室で寝ような?」


 僅かに時間を置いて、一気にロジエの顔が真っ赤に熟れた。


「ひと、……人前で何を……」

「改修の職人達は仕事だから当然知っている事だ。それにとっくに誰もいない」


 ロジエは振り返る。確かにそこには誰もいなかった。甘さを漂いさせはじめた空気を察し、クライヴが皆を下げたのだ。


「なあ、ロジエ。何を考えてそんなに真っ赤になったんだ? 俺は一緒に寝ようとしか言っていないぞ?」


 レクスの揶揄うような調子にロジエは益々赤くなり、口をはくはくと動かした。


「いじ、いじわる! レクス様なんて、もう、き」


 それ以上は声に出来なかった。

 唇を唇で塞がれた。


「その先は言うな。俺は生きていけない!」


 レクスは至極真面目に断言した。

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