56 異端
敵として戦いあっていた者達が並び立つ。
武神の裔と知神の裔。真逆の神の子達が同じものを敵と見なし手を組んだ。
ゼノは笑う。
「なるほど……考えが変わったぞ。次の時代プロドが楽しませてくれるかと思ったが、見誤ったようだ。が、これも一興! 操るのはやめだ。サフィラスとルベウス。両国の正当な世継ぎが全て絶えたらどうなるのだろうな。ああ、みてみたい。そういうわけで、皆、死ぬがいい」
「土の精霊よ! 全てを土に返せ!!」
「土の精霊よ! 悪辣たる声を退け汝が正しき形を留めよ!!」
ゼノの詠唱に城が地響きのような音を上げ揺れた。刹那、シエルが片膝を付き床に手を当て詠唱するとそれはピタリと止んだ。シエルは大きく息を吐き立ち上がる。レクスの視線を受け、まだいけると頷いた。
「ほう、魂一つで我に対抗するか」
ゼノは初めて感心したように言った。
「魂一つ……。やはり妙薬は……」
「察していたか。流石は知叡の神裔。そうだ。
神より賜った不老長寿の妙薬。
あれは銀の徴を持った者の心臓の事。
左胸に銀の徴を持つ者の心臓を食らえば寿命が千年伸び、その力も我が物にできる。
食すのが許されたのは王のみ。王の器でなければ受容出来ぬ。
故に銀の徴を持つものは“王の花嫁”と言われている」
察していても戦慄する。
銀の徴を持つロジエの心臓こそが妙薬なのだ。
レクスとシエルは露骨に忌々しいという表情を作った。
「我は我妻の心の臓を喰らった」
「それではお前は!」
「それも推察していたのだろう? 千年前のルベウスの王よ」
レクスとシエルは、ゼノと睨み合う。
道を外れた鬼畜の王。
神の血の正しき導きを外れた異端の王だ。
レクスは剣を構えたまま低く言う。
「詳しく話せ」
「冥途の土産か。いいだろう。銀の徴を持つ者は数百年に一人しか生まれない。五百年前にも一度銀の徴を持つ者が生まれたが、その者の心臓は手に入れられなかった。千年の寿命に終わりが近づき容姿も老い始め、試に精霊師の心の蔵を喰らった。それでも数年の寿命になるらしいな」
「まさか……」
「そう。そこの娘の父だ。都合が良かったぞ。寿命も後僅かというときに精霊師の少ないサフィラスにわざわざ来てくれてなあ?」
ゼノはロジエを見下し嘲笑う。ロジエは動じた様子を見せない。ただ、ゼノを銀の双眸で見据えていた。いい度胸だとでも言いた気にゼノは喉の奥で笑う。
「しかも銀の徴の娘の存在を匂わせてくれた。けれどもお前の母はお前を連れ幾度と姿を消した。追い詰めた時にはお前は王家の庇護の下だ。ルベウス王家がどんなものかはよく知っている。直ぐには手が出せない。流石に頭来てその身を引き裂いて心臓を奪ってやったぞ」
残酷な内容に辟易とする。本当なら聞かせたくない。レクスとシエルはロジエを見る。ロジエは二人に頷いた。大丈夫、揺るがないと。
事実、恐怖はもう感じない。あるのは不快さだけだ。レクスとシエル、二人がいる。ロジエの信じる二人の王の後継者。光を宿す王子といて怖いことがあるわけがない。
「サフィラスを選んだ理由は?」
「ルベウスの神の血が絶え妙薬が生まれなくなっても困る。神の血の傍に生まれるのでな。だが、傍系でいいだろう。貴様らは要らぬ」
「お前の望みは何だ!?」
「望み?」
「覇権か?」
「まさか! 下らない!」
「下らない?」
「面白くするだけよ」
「なに……?」
「我は千年の命を手に入れた! 千年だぞ。千年! その永い時を面白くして何が悪い!!」
この上もない愉悦の表情に気分が悪くなりそうだ。
得たいものは無く、観たいだけだと言う。観るためだけに長寿を欲するのか。
「我がしたのは火種を蒔くこと。どう転ぶかは人間次第だ。殊この数百年は争いに明け暮れ楽しかった。我は我が欲に従ったのみ。罰すべきはその結果に至った人間の強欲さよ!」
救いようがない。
話が通じないと言うよりも話をする価値のない者もいた。
人ならば欲があって当然。欲とは希望。善いものの悪いものもある。それを悪欲だけ助長して何を言うのか。レクスは腹立たしさに奥歯を噛んだ。
「さあ話は終わりだ。お前も私の贄となるのだ。銀の徴は王の花嫁。さあ、その至宝を差し出せ」
ゾッとするほどのゼノの渇望にもロジエは怯まない。決然と宣言のように言い放つ。
「いいえ!! 貴方は王ではない!
王の花嫁が銀の徴を持つ者と決まっているのならば、私が選んだ相手が王ということ!
形こそ違えど私が愛しているのはレクス様とシエル兄様! 私は二人になら心臓を差し出せる。
だから、レクス様とシエル兄様が王です!!」
「俺は欲しくない!」
「僕も要らないよ!」
「ならば寄越せ!!」
「「断る!!」」
レクスが気合と共に足を踏み込み剣を振り下ろす。
その素早く重い一撃をゼノは口許に笑みを浮かべて素手で受け止めた。いや、素手ではない。素手に届く寸前に障壁のようなものがあった。
小さく舌打ちし、斬りつけた反動を利用し一度下がったレクスにシエルが言う。
「風を凝縮して盾を纏っている。彼処まで厚いと普通の剣では斬れない」
「分かった。……神剣よ。我は偉大なる蒼天の神の子 我は神の力を召還す。蒼き我が力を纏い、その穢れ無き力を示せ」
レクスの詠唱に神剣がその眩いばかりの蒼き輝きを増した。
「サフィラスの裔よ。神剣の力を使うか」
「ああ。この為に使うのだと教わった。ルベウスの王であった者なら知っているか? この剣は“無敗の剣”と同時“予定調和の剣”でもある。物事をあるべき姿に戻す剣だ。お前は無に帰すもの。なによりお前は人ではなく化け物! 神の力を揮うに躊躇は必要ない!」
「言ってくれる。だが正しきは神に近しい者だ!」
途端放たれる禍々しい焔の槍。
「水の精霊よ! 集い悪しきを阻む盾となれ」
レクスの後方から聞こえた可憐な声と共に青く清涼な力の塊が焔の槍に打つかり散開した。その衝撃波に耐え、レクスとシエルは振り向いた。
其処には右手を翳し、毅然とロジエが立っていた。
新月の真闇のなかで耀く姿は月の女神の様に神々しい。
「防御は私が!」
「恃む!」
毅く輝く銀の双眸を見てレクスはロジエに短く応え足を踏み出した。
ゼノが魔法を放とうとするが構わない。ロジエが防いでくれるからだ。
後方の人形共も気にしない。兄に側近達に任せられる。
将を討つため自分が馬を討つ必要はない。レクスはその将のみに焦点を合わせた。
空中から神剣をゼノに叩き付ける。またも片手で止められたかと見えたが、ゼノの表情が歪んだ。ゼノの後方の壁にレクスの剣筋と同じく亀裂が入り途端に崩れ落ちた。
ピシッとゼノの纏う障壁にも皹が入る音がする。その瞬間をレクスは見逃さなかった。二度三度と重く鋭い斬撃を浴びせればゼノの身体が揺らいだ。
「レクス下がれ!! 風の精霊よ! 千路に跳び狙いを定めよ」
声に、逆刃を振り上げ反動で距離を開ける。シエルが障壁の切れ目に鋭い風の矢を幾つも撃ち込んだ。
「まさか」という声と共に、ゼノの右手から赤い液体が滴り落ちた。
「ほう、化け物の血も赤いか」
「っ……調子に…乗るな! 何時の時代も目障りだな、蒼き神の子! レクス、お前は蒼皇に似すぎている!」
レクスが剣の切っ先を向けたまま、煩わしげに問う。
「蒼皇?」
「あやつも我が妙薬を獲るのを阻んだ! あやつの寵姫が妙薬であったのに!」
「それは寵姫が選んだのが蒼皇だっただけの事だろう! 王は蒼皇でお前ではない証拠だ!」
「黙れ!! 闇の精霊!!」
「水の精霊!」
ゼノの右手に宿る闇をロジエの聖なる水が弾き飛ばす。
「一人の貴方がレクス様とシエル兄様に勝てる訳がありません」
憎々し気にロジエを睨む。余裕が無くなって来ているのか、赤い瞳に喜悦以外の感情が乗り始めている。無尽蔵と思われた魔力も陰りを見せ始めた。神の血を濃く継ぐ二人の王子に加え、神の祝福を受けた娘の相手をまともにできると侮る方が愚かだ。
「お前も何故いつも我を拒む!」
「いけすかないからです!」
いつかのレクスとシエルの言葉。この状況でも二人ともふっと口許が緩んだ。
「教えてやろうか? お前が王ではないから好かれないんだ!」
「貴様も! 我の裔であろうが! 貴様ならば尊き妙薬の価値が分かろうに!」
叫ぶゼノを今度はシエルが見下した。
「愚かだな、ゼノ。千年の命より、たった一人の少女を大切だと想う者は沢山いるんだ。永く生きているだけでちっとも賢くはならないんだな」
「全くだ。お前がお前の欲を満たすと言うのなら
俺達もそうする。俺達は俺達の欲を通してお前を倒す!」
蒼い瞳には侮蔑と怒りの焔がちらつく。
焼き尽くされそうな程の激しさに、ゼノは叫んだ。
「四人分の精霊の力を持つ我に敵う訳がない!」
「では身を以て確かめろ!」
蒼髪を靡かせ、レクスが雄叫びと共に奔る。
「火の精霊よ! 我が元に来たれ慈悲深き炎の王! 神の裁きを与えんが為 武神の剣に更なる加護を与えよ!」
シエルの詠唱に神剣を清浄なる蒼き炎が纏う。
床を蹴りゼノの懐へ飛び込んだレクスの神剣が、ゼノの障壁ごと胸板を貫いた。
レクスはゼノの見開かれた目を鋭く見据え、赤い軌道を引いて剣を抜き去った。
「「ロジエ!!」」
レクスもシエルも同時にロジエを呼んだ。
何故彼女に任せたのかは分からない。けれどそうするべきだと悟っていた。
「光の精霊よ! 闇を払う浄き月光の女王を招け。その貴き耀きで昏き闇を充たせ!」
二人の呼びかけに心得ていたようにロジエがゼノの開いた胸を目掛け光の槍を放った。
「ぐ、ッ……は……!」
闇を払う銀の光がゼノの身体の中を灼く。
零れる光を止めるようにゼノの手が自らの胸を掻き毟る。
ゼノは濁りつつある赤い瞳で三人を一際強く睨め付け最期の言葉を口にした。
「我を倒したところで神と人の血が混じった以上異端はまた現れる!」
「ならばまた祓うまで!」
レクスがゼノの首を振り切れば、光が溢れゼノを消した。




