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神の子  作者: 柘榴石
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55 夜

 闇の精霊を召喚出来る者ならばその闇を纏い暗闇を人に気付かれず移動するなど容易いことだ。

 麻酔作用のある花の香りを風に乗せれば、護衛も付き人も眠らせられる。

 新月の夜

 ゼノは王の寝室に一人立ち、瞳を閉じる王を見下ろした。


「王よ。もういい。安らかに眠れ」


 ゼノは酷薄に微笑み、手にした小瓶に入る赤い液体を王の口元に流そうとした。

 パンっとその手が叩かれる。弾かれた小瓶は床に落ち砕け中身が零れた。


「ゼノよ。まだ眠るには早い」


 王は泰然として起き上がる。身に付けている物は寝衣ですらない。

 ゼノは眼を見開く。その瞳は黒ではなく怪しいまでに赤かった。

 赤い瞳が面白そうに笑った。


「流石は僅かであろうが神の血を引く者か。何か感じるものがあったのかもしれんが、結果は変わらん。お前にあるのは死という運命だ。安らかにと言ってやったのに痛みを選ぶとは愚かだな」


 その手に闇の精霊を召喚しようとした時、首筋にピタリと冴えた刃が当たった。


「言い逃れは出来ないぞ。ゼノ!」


 凛としながら低く剣呑さの滲む声で告げるのはレクス。首筋に当てられたのは当然サフィラスの至宝の神剣だった。


 闇の精霊を召喚出来る者ならばその闇を纏わせ人を暗闇に隠すことなど容易いことだ。

 まして警戒もしていない相手を欺くのも容易なこと。

 シエルの魔法により隠れていた騎士が次々とゼノを取り囲む。当然そこにシエルも並び立つ。


「観念しろ、ゼノ」


 その言葉にゼノは一層高く笑った。


「逃れて、観念してどうする!? 全て始末すればよい。筋書きは出来ている! 愛欲に溺れた王子が父王を弑した。それを止めようとしたのが私とプロドだ。王も蒼き王子ももう用済み。サフィラス王は神の血の所為かどいつも根が善良で楽しめない。が、プロドがいる。王家を忌む彼は更にこの世を楽しいものにしてくれよう! 私の傀儡の王はプロドに決めた!」


「風の精霊! 狂乱せよ!!」

「下がれ!!」


 張り詰めた空気に危険を感じ、ゼノの詠唱と同時にレクスも叫んだ。途端ゼノを中心に風が渦を巻く。

 直接の接触は避けられたが一番近くにいたレクスの皮膚は数か所裂傷を負った。他にも数人の肌に血が流れている。


「王を安全なところに避難させろ!」


 レクスの声に数名の騎士が王を取り囲み部屋を出た。

 ゼノのあざ笑うような声が響く。


「久しぶりに戦うも面白い。土の精霊よ! 邪悪なる形を為し我に従え」


 詠唱に石床が人型を取り出す。


「水の精霊よ! 結束し邪悪を打ち消す聖水となれ!」


 シエルが詠唱すれば洪水が人型を押し流した。

 凄いと感心した直後、更に次々と人型が現れた。

 シエルがゼノを見れば、見下すようにこちらを見ていた。


「腹が立つ……」


 精霊を召喚する詠唱は複雑な程、威力が高まる。だと言うのに、ゼノの詠唱は簡易であるのに凄まじく強い。


「ああ、ムカつく。お前が言う通りあいつは消滅が相応しい! 来るぞ!」


 構えろという様にレクスが側近と騎士に指示を与えた。

 襲い来る土人形に剣を振るう。肉を斬る感触も骨を断つ感覚も伝わらない。砂を斬る感覚だけだ。だが、振り下ろされる人形の拳は床を砕く程に重い。次々に土人形を斬り臥せ、魔法で押し流す。けれど幾体倒そうが、その度に人形は溢れ出た。


「レクス! 切りがねえぞ!」

「わかっている! だが、退くな!」


 ジェドが叫ぶ声にレクスが答える。人形を打ち倒しながらゼノをみれば、高みの見物のように余裕で口元に笑みを浮かべている。この無尽蔵ともいえるような魔力はどこから来るのか。レクスは小さく舌打ちする。

 数体の人形と対峙しながら周囲を窺う。クライヴ、ウィル、ジェド、かすり傷を負ってはいるが、騎士達に指示を与えながら人形を倒している。目が合えば、大丈夫だと微かに頷く。まだ、そのくらいの余裕はあるようだが……シエルを見る。彼も不可解だという様に眉を寄せ頷いた。

 侮ったつもりはない。だが、相手はゼノ一人だ。レクスにシエル、加えて側近を中心に精鋭を揃えた。それでも防戦一方だ。

 にやり

 ゼノが不穏に笑った。警鐘が鳴る。レクスは叫んだ。


「下がれ!」

「火の精霊よ! 焼き尽くせ!」

「水の精霊! 海練を上げ炎を呑め」


 レクスの退避を告げる声と同時、ゼノの攻撃とシエルの防御の詠唱がぶつかる。だが、シエルの方が人形に対峙していた為詠唱の錬成が低い。灼熱の炎の波が襲う。駄目かと思った瞬間炎の波より高い水の壁が炎を阻んだ。


「……銀の娘か」


 ゼノの視線の先には右手に魔力の残照を残すロジエの姿。レクスは下がっていろと言ってあったが、出ずにはいられなかったようだ。それに。


「「ロジエ! 助かった!!」」


 レクス、シエル二人が礼を言えば、「はい」っと快活な声が返る。ただ、それだけで心が強くなる。


「風の精霊!」


 その様子に薄ら笑いを浮かべ、次の精霊を召喚しようとした時、ドッと、ゼノは背に衝撃を受けた。


「ちっ。やはり駄目か」

「……何……? プロド……?」


 ゼノが振り返り見れば、そこには黒髪の男がゼノの背に剣を突き立てていた。けれど与えられたのは衝撃だけで、刃は皮膚手前で止まった。


「悪いなゼノ。俺は傀儡にも王にもならないよ。俺は十九年前から仕えるべき王を決めているんだ。サフィラスの王はこの世にレクスが生を受けてより彼と決まっている」


 至近距離、そのままゼノの目前に手を翳し水の精霊の力を振るう。

 バシャンっと水はゼノの周りで弾けプロド本人に返る。既でそれを弾いたのはシエルの魔法だ。


「こっちも駄目か」


 プロドは呟いて、ゼノと一旦距離をとり体勢を整える。


「クライヴ、ウィル、ジェド! 恃む!」


 レクスは僅かに気がそれたのか勢いを弱めた土人形を側近達に恃み、プロドの前でゼノに剣を向ける。

 シエルも無言でプロドの前に立った。


「はは…ふはは!! そうか、お前ら組んでいたのか」

「組んではいないさ。真意に気付いて道を同じくしただけだ」


 レクスもシエルもプロドの真意に徐々に気付いた。プロドは端々でレクス達を助け、助言をくれていた。


 見てもいないのに「仲違いか」と言った。あれは見られていると教えるため。

 シエルの肩に触れた際には己の力を示すように流してよこした。随分と形式は違うがあれは精霊師の王に対する忠誠の誓いでもある。王族は相手の力に僅かでも触れればその身の内の力の大きさを推し量れる。自らの力の嵩を曝し服従を示す行為だ。プロドの場合は服従ではなく仲間と示したかったのだろう。

 他にも外から姿が見えるかもと、ロジエを窓から逃がすことを示唆した。

 そして神剣の使い方も……。


 ロジエの時もそう。首筋に顔を埋めて小声で言った。

「そのまま聞け。風は扱えるな? 窓は開いている。――― 今夜、王の間だ」

 と。ただ、行動自体がロジエを必要以上に怯えさせてしまったのだけれど、反って逃げられたという信憑性を加えられただろう。



「レクス、シエル殿。化物の相手は二人に任せる。後ろは気にするな」


 プロドは二人に背を向け人形に対峙する。


 レクスはゼノに神剣の切っ先を向け

 シエルは魔法を放つ利き手をゼノに翳した。

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