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神の子  作者: 柘榴石
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53 花嫁

 レクス殿下がロジエ様欲しさに王に毒を盛ったそうだ

 プロド殿下は国が欲しいと言ったらしい

 やはり敵国の者は侮れない……まさかそんな方ではあるまい

 だがプロド殿下の治世では……馬鹿め我々は潤う


 こそこそと囁き合う声が城中で聞こえた。

 そうしてそれは、臥せる王の耳にも入った。

 処置が早かった為、命にこそ及ばなかったものの、“天空の薔薇”は強い毒で吐き気と頭痛、動悸等で元来体調のおもわしくない王は臥せってしまったのだ。

 けれども噂が耳に入ると、すぐに拘束を解く指示を出した。

「レクスも、ルベウスの王子も姫も毒を盛るなどしない。これは王である私の判断だ。拘禁を全てとけ!」

 と。そして

「世継ぎはレクスだ。それは変わらん」

 とも。


 けれど、一度生まれてしまった不和は燻り続ける。

 特に私欲に走る者達の中にはプロドを王とした方が利があると思い出したのだ。




 レクスは自室で一人考えていた。


 銀の徴

 王の花嫁

 不老長寿の妙薬

 そして、精霊師の心臓


 元来、難しい事を考えるのが苦手だからか浮かぶのは単純な事でしかない。けれど、それが恐ろしい。

 長椅子の肘掛けに背を預けて座ると鞘に収まった神剣を立て額を当てた。

 出来る事なら今すぐにシエルに自分の考えを否定して欲しい。そして、ロジエを腕に捕らえたかった。


 扉を叩かれ入室を許せば、入ってきたのは自らの兄だ。


「姫の言った通り、王の杯に“天空の薔薇”が混じっていたよ。僅かな匂いだというのに良く気付いたと薬師が関心していた」


 どういう意味だろうか。素直に関心なのか、知っていたからと言いたいのか。


「……ロジエ自身が毒に耐性が無いのでそういった教育を受けたらしい」

「へえ、そんなことを教えてもいいのかい?」

「邪推されたくない。解毒剤を常備しているのもその為だそうだ」

「備え有れば憂いなしか。流石だね。その解毒剤も同じものを貰って調べさせたら純度が素晴らしく高いそうだ」

「シエルが特別に作ったものだと言っていた」

「それは精製法を是非教えてもらいたいね。まぁ、そんなわけで王は臥せってはいるが大事無いよ」

「そうか。良かった……」


 レクスが安堵の表情を見せれば、プロドはふっと笑った。レクスは眉間に皺を寄せる。


「……なにか?」

「いや? そうそう、拘束は解かれたよ、レクス」

「犯人が!?」

「いや王の指示だ。王は自らの命を狙ったかも知れなくとも君が可愛いらしいな」

「兄上!……いや、いい。俺も犯人探しを手伝う。シエルとロジエの拘束も解かれたのだろう」


 レクスは立ち上がり、今にも部屋を出ていこうとしたが、プロドの次の言葉に脚が留められた。


「ロジエ姫に関しては拘束は解かれても部屋にいてもらおうかとね」

「どういう事だ?」


 レクスが眉を顰めても、プロドの表情は変わらない。寧ろ当然だろうとも言いたげに薄く笑っている。


「彼女はサフィラス王太子の婚約者だろう?」

「!?」

「父は世継ぎは君と言っているが、ちらほら反対意見も出ているんだよ。まだどちらのものになるか分からないから、君とは距離を取ってもらいたくてね。姫に溺れている君に既成事実を作られても困ると進言があったんだ」

「誰から!!」


 レクスは声を荒げた。


「分かるだろう。私に付いた者達だよ」


 為政者が全ての者に好かれるとは勿論思っていない。レクスに対する反発組織があることだって知っている。それでも政敵が確かにいることを思い知らされる。どれほどの者が兄に付いたのか。


「俺はそれに従う義務はない! ロジエと俺は正式に婚約をしている。彼女は世継ぎではなく俺の婚約者だ!」


 何処まで怒りを耐えられるだろうか。このままでは兄まで罵倒してしまいそうだった。


「わかってないな。また売国奴って言われるだけなのに。犯人を早く見つけ正しく君が王太子と認められれば済むことだ。大人しくしていたらどうだ?」

「断る!」

「では第一王子として命令だ。全てに決着が付くまでロジエ姫とは会うな」

「兄上!!」

「そう、兄だ。兄の命令にも背くか、レクス?」


 サフィラスには尊属や序列という考え方がある。王政を掲げる国のトップは勿論王で、レクス達の父だ。その下に王太子であるレクスがいるわけだが、レクスは第二王子。序列で言えば第一王子のプロドが上になる。『王太子』の方が権限が上だと言い張ればそれで済む。だが、ここで我を通せばまたレクスやロジエの悪評に繋げるのだろう。

 レクスは怒りを隠すことなく蒼い瞳で兄を見据えた。プロドはレクスの殺気にすら怯まない、ごく少数の人物だった。同じ血を分けた兄弟だからか表情からは読み取れないほどに敢然たる態度をしている。


「そんな顔をせずとも部屋の外でも彷徨けば顔くらい見られるかもしれないよ? さて私はロジエ姫との距離を縮めに行こうかな」


 部屋を出るべく歩き出したプロドの腕がグッと取られた。


「ロジエに何かしたら例え兄上だろうと許さない!」

「どうやって? 益々自分の立場を悪くするだけだろう?」

「……兄上は何がしたいんだ!」

「国の洗浄かな?」


 レクスが怪訝な顔をすれば、プロドは離せという様に捕られていない方の手でやんわりとレクスの腕を払った。

 プロドは正面を向き、レクスとの距離を詰めると揶揄するような眼差しでその顔を覗き込む。


「この国は神の血に頼りすぎていると思わないか? 飾りとなりつつある神剣に何の意味があるのだろうな? お前こそ、両国が和平を結ぼうとするなか、その剣で何をするつもりなんだ?」


 言葉は言外の意味を重く含んでいるようにレクスの耳に響いた。

 プロドはレクスの肩を一つ叩くと部屋を出て行った。




 ロジエは窓から庭を見ていた。

 ロジエに宛がわれた部屋からは、正面からでないにしろ王族の庭、中庭が見える。青く見えるのはベロニカだろうか。サルビアだろうか。風に揺られている。

 いつもならばレクスと共に散策に出られるのに、と詮無いことを考える。

 王は命に別状がないらしい。薬学の知識のあるリアンが付いているし、彼女自身からの手紙に書かれていたのだ、大丈夫だろう。

 嫌疑者としての拘束は解かれたが、部屋から出ないように指示された。レクスが心配しているのかとも思ったが、それなら彼本人が言いに来るだろう。彼はまだ現れない。別の者の指示だ。

 何の為かもよく分からないが、同じ棟内にシエルがいるので心配することは無いだろう。


「ロジエ様、プロド殿下がいらしています」

「……ご用向きは?」

「ただのご挨拶だそうです……」


 言いづらそうに侍女は言う。レクスから取り次がないよう言われているのかも知れない。が、侍女の身分で第一王子の訪問を断れる訳がない。


「シエル兄様は?」

「解毒剤のことで呼ばれていまして、今は……」

「プロド殿下お一人ですか」

「はい」

「……応接室でお会いします。控えの間にいてください」



 応接室でプロドは開け放たれた窓の前に立っていた。


「外の風は嫌いかな?」

「いいえ」


 ロジエは長椅子に腰掛ける。


「ご用件は?」

「せっかちだな。顔を見に来たんだよ、花嫁の」

「?」


 花嫁。レクスのだろうか、とロジエはプロドを見やる。プロドはロジエの視線を笑顔で受け止めて、徐にロジエの前に移動し見下ろした。


「君はサフィラスの王子の婚約者だろう?」

「!? 私はレクス様の婚約者です!」

「君はサフィラス王太子の婚約者だ」

「いいえ!! レクス様です!」


 ロジエは否定して、立ち上がろうと腰を浮かせたが、それは叶わず長椅子に押し倒された。

 あまりに突然の出来事に喉が塞がって声もでない。驚愕に見開かれた銀の双眸に戯れだとでも言いたげな男の愉快そうな顔が映った。

 渾身の力で抵抗しようとしても拘束された両手はびくともしない。脚を絡められ、恐怖のあまり涙が浮かびそうになる。“本気になった男に女が叶うわけがない”それを思い知る。


「既成事実をつくったらどうなるのだろうね」


 プロドの顔がロジエの首筋に埋まる。その距離はレクスだけのものだ。


「いや……」


 やっとの思いで絞り出した声は掠れ小さかった。

 両手を頭の上で拘束された。プロドは空いた片方の手でロジエの服を強引に引き裂いた。


「!!」


 プロドの視線が晒された肌に刺さる。そしてぽつりと言った。


「銀の徴か」


 喉の奥で笑う気配と共に、ロジエの徴に冷たい指が触れた。


「いやあぁ!!」

「ッ!」


 プロドは走った痛みに身を引いた。

 痛みを感じた頬に触れれば、ぬるりと滑る液体が指に着く。見るまでもない。血だ。

 組み敷いていた女はその隙を見逃さず、開け放たれた窓まで走っていた。


「私を自由に出来ると思わないで!」


 止める間もなく女は翔んだ。

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