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神の子  作者: 柘榴石
68/80

50 妹

 深夜とも言える時間。レクスはシエルの部屋にいた。


 ロジエがシエルに自分の軽薄さを謝って、「嫌いにならないで」と涙声で言えば、シエルは黙って腕を広げた。ロジエも何も言わずにその腕に身を預ける。いい子だというように頭を撫でで、シエルは「好きだよ、ロジエ」と言った。ロジエは「私だって好きです」と答える。

 仲直りだ。

 レクスはそう自分に言い聞かせ、嫉視は押し込んだ。

 その後はシエルにロジエを託し渋々ではあるが執務に戻った。やるべき事を片付ければもう女性を訪ねるには遅い時間。シエルがいるのだから大丈夫だと思ってもロジエの事が心配で、様子だけでも訊こうとシエルの部屋に訪れれば、仕方がないとロジエを呼んでくれた。

 ロジエは幸せを集めたような顔で部屋に入ってきた。

「眠るのが怖くないか」と訊けば「大丈夫そうです」とにっこり笑う。そして恥じらいつつ「でも折角なのでおまじないが欲しいです」と言う。「まじない?」と問えば、シエルがこうやるんだよと、ロジエの額に口付けた。思わず「おい!」と言いかけたところにロジエが「レクス様も下さい」と上目遣いをしてくる。レクスは、ああ、もうこいつには敵わないと心で両手を上げ、ロジエの肩に手を置くと「おやすみ。いい夢を」とシエルがしたようにロジエの額に口付ける。ロジエは額に手を当てて頬を染め幸せそうな顔をして「いい夢しか見れなそう……おやすみなさい」と部屋を出ていった。


 もしかしたら、また魘されるかもしれない。その時に出来れば傍にいてやりたいと思っていたら、シエルが「飲むだろう?」と誘ってくれたのだ。



「ロジエの父親はどうしたんだ?」


 氷の入った酒を前にしてレクスは訊ねた。


「死んだよ」

「どうやって?」


 シエルは酒のグラスを手に持ち、窓辺に移動した。銀の月光の射す窓を僅かに開ければ、夜の涼しい風が中に流れてくる。


「ロジエが生まれて間もなくのことらしい。ロジエの父は大きな力のある精霊師で、その当時王の…僕の父の密偵として働いていて、サフィラスのことを探っていた。そして亡くなった。仕事に失敗したのであればそういうこともあると片付けられたし、密偵なのだから死んだことも連絡が取れなくなってそうだろうと憶測されるものだが。ロジエの父は何者かに殺される寸前に精霊の力を借りて自分の身体をルベウスに飛ばしたようだ。発見された時」


 シエルは一度言葉を切り、先を続けた。


「心臓が抉り取られていたらしい」

「!!」


 暴虐な殺し方にレクスは眉を顰めた。意味があるにしろないにしろ内臓を抉るなど猟奇的過ぎる。行った人物は異常だ。


「ロジエの父は密偵として優れた人で立場を捨てて逃げる様な人ではなかったらしいし、逃げてきたというよりは、その身体を見せて何かを伝えたかったのだろうと思う。何か…心臓を取られたということだと僕は思う」

「取られた……何かに使うのか?」

「おそらくそうなのだろうが、何にという事はまだわからないんだ。心臓を使う魔法や呪法のようなものがあるのか、僕が調べた限りでは見つからなかった。もしかしたら紛失した書に書かれているのかもしれない」


 魔法と呪術は違う。呪術は(まじな)いだ。叶うともわからない強い願い。ロジエにした悪夢を見ないまじないも同じこと。唯の祈りだ。それを叶えるべく酔狂な者は怪しげな物を使うことも侭ある。

 精霊の力を使う魔法は、心に訴えることは出来ない。出来るとしたら闇の精霊を用いて夢を見せ上手く誘導することだ。精霊の力は基本、自然現象を起こすか、土や水、火、風を使って直接攻撃するか守るかだ。媒介は自らの力そのもので、そこに物が加わることはないのだが、心臓を何かに使う魔法があるのだろうか。それこそ心臓(それ)を使って人を操る方法があるのかもしれない。


「ロジエは父の事は?」

「母から仕事で亡くなったと聞いていたようだからそのまま」

「そうか……」

「ロジエの父母は駆け落ち同然で一緒になったんだ」

「駆け落ち!?」


 突然の話の転換よりもその内容にレクスはまた驚いた。

 シエルの母とロジエの母は伯爵家の娘で、他に兄弟がいなかった。姉が王家に嫁いだため、妹が婿をとって家を継ぐことになったのだが、妹は婚儀近くになって一人の男と恋に落ちた。それが王の密偵でロジエの父となった人物だ。相手が王の腹心ということで王のとりなしが入ったが、婚約者だった者と跡継ぎの無くなった伯爵家に養子に入った者の手前ロジエの一家は母の生家とは疎遠になった。

 夫婦は王都の外れで慎ましく幸せに暮らしていた。やがてロジエが産まれた。胸の徴は報告されなかった。『叶うところまででも普通の娘として育てたかった、申し訳ない』と王と姉王妃に残された手紙にあったらしい。

 そして、父親が殺され、ロジエの母は夫から何か聞いていたらしく、各地を転々とし出す。ロジエが七つの時王家宛に娘を頼むと連絡をして姿を消した。


「ロジエの夢の通りゼノに殺されたのだろうね。遺体は八つ裂きの状態で見つかった。そしてやはり心臓がなかった。ロジエには旅先で急死したと言っただけだが、追求はなかった」

「そうか……」

「ロジエの母も精霊師だったんだ。もしかしたら精霊師の心臓が必要なのかも知れない」


 レクスは組んだ手の親指で米神を押さえると深く溜め息を吐いた。


「ロジエの父母の心臓を取ったのもゼノだと思うか?」

「他に考えられない」


 シエルの答えは決然としたものだった。シエルの詮索と考察の結果がそうならば間違えが無いはずだ。


「昼間、プロド殿が蒼皇の寵姫の話をして行ったよ」


 シエルは酒を一口飲むと、窓枠にそれを置いた。また話が変わったことにレクスは訊きかえす。


「蒼皇の寵姫?」

「レクスは寵姫の話をどの程度?」

「蒼皇に側室がいたことは知っているがその程度だな。側室については口承で書物はほぼないんだ。何か関係があるのか?」

「ルベウスの巫女で銀の髪をしていたらしい」

「ルベウスの巫女!?」

「そうだ。蒼皇はおよそ五百年前の人物。その頃確かにルベウスにも王家の血脈の巫女がいた。が、史書では若くして病死したことになっている」


 シエルは冷静な瞳でレクスを見た。グラスの中の氷がからりと音を立てた。


「そして巫女は銀の徴を持っていた」

「それは!!」

「ロジエと同じ徴だ。その女性が寵姫だったとして、蒼皇は彼女を随分と溺愛していたらしい。この部屋に監禁するぐらいにね」

「監禁!? いや、俺はそんなつもりは無いぞ!! この部屋が婚約者用とは知っているが、それ以上に女性用の部屋では一番豪華で外の見張らしもいいんだ。だから」

「プロドも君は知らないだろうとは言っていたけどその通りのようだね」

「……そもそも、何で兄が知っているんだ?」

「さあ、ゼノに聞いたんじゃないの?」

「何故ゼノが知っているんだ?」

「さあ、見てたんじゃないの?」


 ゼノが千年の時を生きているとしたら五百年前の出来事も見ていた可能性は十分にある。そしてそれに関与していた可能性も。


「……どうして機嫌が悪いんだ?」


 レクスの問いにシエルは窓枠に両肘をつき身体を前に傾ける。そうして正直に今の気持ちを口にした。


「面白くないだけだよ」

「何が?」

「全てが」


 自分が知らないことを敵とも言えるような人物が知っていることも。

 銀の娘が蒼き王に囚われることも。

 従妹が自分の手を離れていくことも。

 そして自分が目の前の男を嫌いになれないことも。

 全てが面白くない。


「俺はロジエを渡す気は無いぞ」

「分かっているよ。これは僕が招いた結果だ」


 レクスはいつものように眉根を寄せ憮然と言う。シエルもさらりと受け流す。瞳を閉じ、自分の心の奥底を確かめるようにした後で、真っ直ぐにレクスに向き直った。


「僕はね、サフィラスの王太子を利用しようとしたんだよ」

「利用?」

「銀の徴、“王の花嫁”の王はルベウスの王とは言われていない。サフィラスの王でもいいのではないかと思ったんだ。ゼノが僕の思った通り千年も生きているのだとしたら、僕の知らないことを知っている侮れない相手だ。僕一人の手で間に合わなくなった時の為にサフィラスの王太子(レクス)を利用しようとした。ロジエをみて欲しがらない男はそうはいないからね」

「ロジエを守る為か……買われていたと思っていいのか」

「……会わせて駄目そうなら直ぐに破棄した。親書の遣り取りから君が信頼できるであろう人物だとは思えたけれど、ロジエが無理だと言えば両国の関係が悪化しようが連れ帰るはずだった。けれど思った以上に君達は互いに惹かれあってしまったから」


 シエルは再び視線を足元に落とした。


「妹扱いは失敗だったなぁ」

「シエル」


 レクスの険しさを醸す声にシエルはふっと笑った。


「怖い顔をしなくてもいいよ。そう思う時があるというだけだ。僕はロジエの幸せを心から願えるんだ。彼女と出会ったのは九つの時だ。その時は互いに幼くて妹にするしか彼女が僕を頼る方法を見つけられなかった。そして、今のロジエを見れば、それが正しかったと思える。僕は彼女の兄であり、彼女の恋人は君だ。ロジエはとても満ち足りた顔で笑うんだ。きっと僕達のどちらが欠けても駄目なんだよ。ロジエは心底から拠り所を求めているからね」

「俺はお前のことは好きだが、ロジエを譲ることはできない」

「僕も自分の中でだいぶ男としてより兄としての領分が大きいんだよ」


 (ロジエ)の幸せを願い、目の前の男に任せても大丈夫だと思える程に。

 シエルはレクスにならロジエを託せる。

 でも、レクスは自分以外の者に委ねることなど到底出来ない程にロジエを欲している。

 ロジエを幸せにするのは自分以外にはないと決めている。

 二人の愛には差がある。


「面白くなくても受け入れるさ」


 彼女の幸せの為ならば、彼女が愛する男と一緒になることを赦せる。それほどシエルもロジエを愛している。

 けれど一つレクスに言わないことがある。恋人、夫婦の絆は切れることがあるけれど、兄妹、血の関係は切れることはない。ロジエは生涯シエルの妹だ。


 シエルは窓辺に置いたグラスを持つと、レクスの正面のソファに座り直した。


「一つ確かめたいんだ」

「何だ?」

「プロドは精霊師だということは隠しているのか?」

「……分かるのか?」

「ルベウスの王族は精霊師を統べる者だ。隠されても会えば何となく分かる」


 プロドは確かに隠していた。だが、肩に触れられた一瞬に確信できた。

 しかもあれは、ばらすように触れてきた。何の為なのか。自分の力を誇示しただけか……双国の力を持っているとでも言いたいのか。


「兄は水の徴を持っている。国では主だった者は知っているから特に隠しているということもないが、力を使ったことは無いし、話にも上ったことは無い。民は知らない者がほとんどだろう。諸外国には暗黙の了解のように黙している感じだな。皆、腫物に触れるような対応だ」

「わりと強い力だよ。だからこそ、王との血の繋がりを疑われているのかな」


 第一王子プロドには王の子ではないとの噂があった。確かに武神の血脈に精霊師が生まれれば疑われもするだろう。


「しかも、本当の父はゼノじゃないかと言われているとか?」

「……察しが良すぎる。黒髪黒瞳と精霊師ということでな。だが、兄の母も黒髪黒瞳だ」

「王はなんと?」

「無論、父は自分の子だと。兄の母も必死だったらしいが、……ゼノは特に否定しなかったらしい」

「なるほど」

「状況も悪かったんだ。兄の母は父の添い臥しを勤め、その一度で懐胎してしまったらしい。その後、正妃として迎えた俺の母は婚姻後三年子どもに…俺だが、恵まれなかった」

「王族っていうのはどこも大変だな」


 ルベウス王家にはシエルの他に子供がいない。シエルの母も次子を望まれたり、側室を等と嫌な思いをしたらしかった。


「サフィラス王家に至っては操られた節もある」

「ゼノにか?」

「薬を使えば子供を出来なくすることも、出来やすくすることも出来る」

「疑い出すときりがないな」


 レクスはグラスを弄びつつ、溜め息混じりに言った。


「疑うというよりは敵はゼノで決定だ。そしてプロドは(ぬえ)


 鵼……正体がつかめない物や人。今の兄はレクスにとっても確かにそういった存在になっている。彼は何がしたいのだろうか。


「何が目的で何を仕掛けて来ると思う?」

「王位が目的なら君の暗殺か失脚。その為にロジエを利用すると考えるのが常例だが」


サフィラスを手に入れ、精霊師という事実でルベウスも掌握する気か。


「そうだな。だが、ゼノの目的はロジエそのものなのだろう。その為には何が仕掛けられるんだ?」

「君と僕の暗殺かな」

「どちらも易くないだろう」


 レクスもシエルも警戒しているのなら尚更簡単には殺すことなど出来ない相手だ。


「どう出てこようとロジエが的になるのは間違いない」

「守るさ。ロジエも。国も」


 レクスの覚悟はいつも揺らぎ無く、潔い。


「僕の思う壷だな、君は」

「なんとでも言え。大事なんだ、どちらも」

「僕もだよ。王太子として国を守るのは当然。男として女を守るのもだ。サフィラスの世継ぎが君で良かったと思っている。ロジエを一緒に守ってくれ」

「こっちこそ頼みたい事だ」


 月明かりの射し込む部屋でグラスを合わせる澄んだ音がした。

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