45.5 余談 夢診断
レクスとシエルです。
今夜の酒席はレクスの部屋だ。
「なあ、シエル。夢って故意に見せられるものなのか?」
「言った通り、潜在意識にあるものを膨らますのはわりと簡単だよ」
「……………」
僕の返答にレクスは無言で視線を逸らした。
珍しい。
「何? 何かあったの?」
「……夢を見るんだ」
「どんな?」
「これは、物心付いた頃からなんだが、薔薇の花弁が舞う中で銀の髪の女性が泣くんだ」
「ふうん?」
「ロジエに初めて会ったときに、その夢の女性はロジエだと思ったんだが……お前が見せていたんじゃないよな?」
「……何の為に?」
「なんというか……俺がロジエを好きになるように?」
ぶはっ。思わずふきだした。酒を含んでなくて良かったよ。
でも、心配して損した。レクスまで操られる可能性があるとしたら本当に困る。
「おい……」
「いや、ごめん。じゃあ聞くけど、毎晩毎晩君がレティシアの夢を見ていたとする。好きになった?」
「……………」
起きたら忘れていそうな気がする……。そんな声が聞えそうだよ、レクス。
「その後でロジエに会ったとする。ロジエには心を奪われなかった?」
「いや、ロジエだな」
相変わらずはっきり、きっぱり、ロジエ一筋だな。いいけど。
「元々君はロジエを見たことがないんだし、潜在意識に訴えかけるのも無理だね」
「そうか」
「そもそも物心付いた頃からと言うならば、僕がロジエに初めてあったのが九つ、君は十歳だ。夢を見ていたのはもっと前からだろう? 更に言うなら休戦、婚約になるかもわかっていなかったし君にロジエを好きになってもらう理由がない」
「そうだな」
レクスは納得した様に酒を一口飲んだ。
それにしても、なんだろうな。銀の髪の女性って。レクスにも心当たりはないようだし。
僕の周りにいる銀髪の女性は母とロジエだ。銀の髪を持つ者は母の生家の流れに数名いるが、ルベウスでも少数。ロジエの母も銀髪だったらしいが、会ったことでもあるのだろうか。でも、薔薇の花の中で泣くっていうのもな……。
まあ、これは調べても分かりにくいだろうから、害が無いようなら放っておこう。
「で? もう一つは?」
「お前本当に聡いな」
「だって、『これは』と言うからには他があるんだろう? どんな?」
「いや、そのな、………」
顔を赤く染めて視線を彷徨わすレクスを見て、ピンときた。
「楽しい悪夢でも見てる」
「楽しい悪夢!?」
「ロジエが裸で「わあああ!! 言うな!!」
レクスは真っ赤になって叫んで、酒杯をダンっとテーブルに置く。
「当たりか。見たこともないだろうに想像力豊かだなぁ」
「裸にはなっていない!! 脱ごうとするだけだ!! ああ! もう言わせるな!!」
「勝手に言ったんだろう」
「それで!? お前の仕業じゃないよな?」
「君を喜ばしてどうするのさ」
「正直喜ぶというよりは憔悴している……。ロジエに申し訳なくて」
「真面目だなあ。男なら当然だろうに。しかも事に及んではいないんだろう?」
「夢だからこそ出来るか! 汚してしまうようで申し訳ない……」
レクスは膝の上に両肘をつき頭を抱え込んだ。なるほど、確かに憔悴しているようだ。
他の女性で発散させようとかそういう風には思わないのかな。
「お前の嫌がらせじゃないよな?」
嫌がらせ。……してもいいけど、するならもっと陰惨にするなぁ。僕なら。
まあ、でも、本当に困っているようなので誤解だけでも解いておこう。
「誤解は解いておこうかな。大前提として君に精霊の魔法がかけられないんだよ」
「なぜ?」
レクスは顔を上げ、訊ねてきた。
「弾かれるんだ。武神の加護なのかな。物理的な攻撃がどうかは分からないけれど、夢…遠巻きに精神面に訴えるのは効かないんだよ。だからその夢は単なる君の欲求だよ」
「……俺に何をしようとした?」
あ、気付かれた。何かしたことがあるって。本当に勘が好いよな。
「試しただけだよ。どうなるのかなって」
「だから何を試した?」
「……ロジエを嫌いにならないかな、と思ってちょっと」
「お前なあ」
レクスは無愛想だけれど、短気ではない。というよりは短気を抑え込む自制心がある。けれどロジエのことになると別だ。ここはちゃんと否定しておこう。
「僕もやる前から駄目なような気がしたんだよ。で、やってみたら案の定侵入すら無理だった。リアンにも試したけど君ほどじゃないが反発された」
「リアンには何を?」
「お菓子嫌いにならないかと」
「……それは効いた方が良かったかもな……」
「まあ、そんな感じでサフィラスの王族を操るのは神の血の濃い者ほど大変だね。特に君は無理。リアンは消耗するだろうけど出来る」
「なるほどな。そうなると、この剣でお前を斬るのも無理ということか? ちょっと試してみよう」
脇に置かれた神剣を手に取るレクス。
やっぱりロジエの事になると枷が緩い。
「冗談はやめろ!! それは斬れるだろう!!」
僕は立ち上がり扉まで逃げる。
まさか本当にやるとは思えないが、ロジエが絡むとレクスは人が変わるから怖い。
「やってみなければわからん」
「死ぬって!」
ドンッと鞘ごと壁に剣を突き立てられ、僕はそこに追い込まれた。
「直ぐに済むからじっとしていろ!」
「お兄ちゃん! お菓子持って来たよ~!」
凄むように顔を近づけられたその瞬間、リアンがつまみ用の菓子を持ち扉を開けた。
固まる三人。
リアン、年頃の娘がこんな時間に兄とはいえ男の部屋にノックもなく入るな。
「ああああああ!! あの! 大丈夫!! 私、誰にも言わないから!!」
「はい、シエルさん」と菓子皿を僕に手渡し、扉を閉めるリアン。
君はどういった教育を受けているんだ。
翌日、再び侍女、女官がキラキラとした瞳で僕達を見てひそひそ話をしていた。
どうやら僕はサフィラスでは平穏に過ごせないらしいことを悟った。




