40.5 余談 王子と盗賊
レクスとジェドです。
よくある話です。
ジェドは孤児だった。
ある時までは孤児院に世話になっていたが、経営の苦しい孤児院の食扶持を減らすため自分から院を出た。そこからはお決まりのように転落の人生で、生きるために必要以上にあるところから盗んだ。それでも自分の命にかかわらない限り人を傷つけることは自ら禁じた。都合のいい言い分ではあるが人としての最低限の誇りは捨てたくなかった。
ある程度のことを器用にこなしてきた彼はある時とある盗賊団に目をつけられ、仲間に引きずりこまれた。彼は当時まだ少年と言っていい歳で割合大きな勢力だったその盗賊団に対して抵抗は許されなかった。盗みの手引きだけなら渋々受けていたが、あるとき彼の矜持を裏切る仕事を押し付けられた。忍び込んだ屋敷の住人を殺し、尚且つ娘を拐かせというのだ。自分が盗賊団から逃げることは無傷とはいかないだろうが可能だろう。けれど自分がいないだけでは計画は破綻しないしどこかに訴えたところで信じてもらえない可能性が高い。自分には関係ないと知らぬふりをするのは簡単だ。だが知ってしまった以上寝覚めが悪い。悪すぎた。だからジェドは行動に出た。
自国の王子の顔と彼が頻繁に城下に現れる事ぐらい知っていた。情報収集は盗みにも必要だからだ。王子に付き従う騎士ならばとクライヴに目を付けた。あいつならきっと気付くだろうと。わざとぶつかって懐を狙った。瞬時にその手が捻りあげられた。逃がしてくれればもっといい情報をくれてやると持ちかける。
「信じないなら死人と娘が犠牲になるだけだ」ジェドは言い捨てる。
この騎士に言って伝わらないのならばもう誰に言っても伝わらない、そう思った。だが、自分に出来る事はしてやったのだ。後のことは知るものか。
「屋敷に騎士を配して賊を捉えろ」
凛とした声で告げたのは自分より幼い蒼髪の少年、王子だ。
「俺の言葉を信じるのか?」
「わざと捕まった奴が何を言う。それを言う為に捕まったのだろう」
「なんでわざとだと分かるんだよ」
「捕まった瞬間顔が笑っていたぞ。それにお前が真剣に言っていることくらいは分かる」
驚いた。王子の観察眼にもだが、まさか王子が罪人の言葉をそっくり信じるとは思わなかった。だが、些かお人好し過ぎはしないか。これでは自分の首を絞めてしまうことがあるのではないか。……そんなことを考えたが、余計なお世話でありそれこそ自分には関係のないことだと考え直す。なにはともあれ彼の計画は上手く行った。これで奴らは捕えられ、自分は盗賊団から離れられる。この後はまたうまく生きて行けばいい。
しかし、彼の計画が上手く行ったのはここまでだった。
突然振り上げられた剣に、咄嗟に身体が反応して飛び退き暗器を構えた。
「いい動きだな」
「俺を殺すのか」
睨みながら言えば剣を振るった本人、王子は笑って剣を鞘に納めた。
「いや?そんなつもりはない。お前は自分がクライヴに捕まったことが賊どもに伝わったらどうするつもりなんだ?」
「なんの関係があるんだよ!」
「訊きたいだけだ」
「……俺はまだ子供なんでな、『相手が悪かった。泣いて謝って逃げてきた』で済む。奴らに笑われて話は終わる」
「なるほど。なら、頼みが一つある。一度一味に戻って知らぬふりでいて欲しい。お前が逃げたことで計画が変更されると面倒だ」
「……そのつもりだ。奴らが屋敷に忍びこんだところで俺は姿を消す」
「……お前、名は?」
「…………ジェド」
「礼を言う。頼んだぞ。ジェド」
何故本名を名乗ってしまったかはわからない。
大人びた微笑みを湛え王子は盗賊に礼を述べた。
忍んだ屋敷でジェドは信じられないものを見た。
討伐隊の騎士の中にあの王子がいるのだ。並み居る大人の騎士に混じって先頭で賊と対峙しているのは蒼い髪の子供だった。
自ら斬り臥した賊の血を浴びて前を見据える子供を見た。
どういう育ち方をしたらあんな風に真っ直ぐに物事を見つめることが出来るのか。
王子なんてもっと安佚な生き方をしているものだと思っていた。
ドカンっと一際大きな音と共に壁がガラガラと崩れた。
(……マジかよ……)
見ていた自分だけでなく周囲にいた者達もその様子に呆けたように動きを止めた。王子の振り下ろした剣が目標を逸れて壁を粉砕したのだ。王子は煩わしげに剣を振って改めて対峙していた賊にその切っ先を向けた。
「……大人しく捕縛されないか。悪いが力の加減がまだ上手くできないんだ」
「…ッ…誰が!」
「そうか。では殺されても恨むなよ!」
素早い動きに、また一人抵抗する間もなく斬り触せられる。
その時後方から王子に向けて矢が放たれた。気が付けば、王子を庇って矢を振り払っていた。
「レクス殿下!!」
周りにいた騎士が突如現れたジェドを取り囲もうとする。
「構うな! こいつは俺の密偵、仲間だ!!」
凛と響く王子の声に騎士は直ぐに脚を止め賊に向き合う。騎士より余程驚いているのは賊達の方だ。呆けた後一様にジェドを怒りの形相で睨んだ。
「なんてこと言いやがる……」
「はは!! 前を見ろ! 次が来るぞ!」
この状況でなにが面白いのか王子は快活に笑って見せた。
「助かった。礼を言う」
盗賊団を縛り上げるのを確認し王子はジェドに言葉を掛けた。
「……もういい。終わったんだ。俺は行く」
「何処へ?」
「さあな。お前に関係ないだろ」
「行き場所があるのか? お前は仲間を裏切った。裏世界では生きにくくなったんじゃないか?」
「~~~~!!! 全くな!! しかもお前が密偵とまで言いやがった! 生きにくくてしょうがねえよ!」
「だったら俺の元で生きればいい」
「はあ!?」
「俺の諜報員として働いてほしい。お前は信用できる」
「お前はどこまでお人好しなんだ!! 罪人を信じるとか自分の首を絞めるぞ!」
「綺麗ごとだけで王族は務まらない。使える罪人を使役することはその歴史上良くあることだと教わった。そういうわけでよろしく頼むな。――― ジェド」
ぽんと肩を叩き微笑みながら俺の名を呼ぶその声は澄んでいながら重さも含んでいた。
この自分よりも幼い少年は王子という事を受け入れて、自分の進むべき道をはっきりと捉え見据えているのだ。だが、それはこの王子には些か危うい道でもある。
「おい! 決定かよ!」
「クライヴ。仕込んでくれ」
「話を聞け! 俺は王族に対する礼儀なんて知らねえぞ!」
「構わん。そういう相手がいた方が気が疲れない」
「いつか寝首を掻かれるぞ!」
「きっとまたお前が守ってくれるさ」
「~~~~。あんた王子の側近だろ? どういう教育してるんだよ」
「お言葉ですが、レクス様の人を見る目は確かです。それよりもみっちりと仕込ませて頂きますので覚悟をお決めください。盗賊団などより余程逃げることは叶いませんよ」
「ああっくそ!! 好きにしろよ!!」
とんでもないのに捕まった
我流だった技を一から磨き上げられた。所詮人を秘密裏に弑する為の訓練で、それは過酷以上で良く根を上げなかったと今更ながらに思う。俺は無闇に人を殺したくは無かった。それを言えば「当たり前だ」と返された。その辺りの判断は任せる、自分の心に従え、自分の密偵の能力は情報収集に長けていればいい、ただ、身を守る術だけはしっかりと身に付けるように、と。そんなことを言うから猶更熱心に訓練せざるを得ない。
誰がこの王子を守るのだと。
時々様子を窺いに来るそんなレクスにイラついて文句を言えば、「そういう時は甘い物でも食べるといいらしいぞ」と菓子を笑って与えられた。後から分かったが、泣き虫な妹をあやすようの菓子だったらしい。俺は幼児か!! 最近レクスが、リアンが菓子を食べすぎると零すことがあるが、菓子好きにしたのは自分だとは分かっていないらしい。
大人びていると思ったんだがな。
ジェドは当時の事を思い返す。
今更子供かと思うことがあるとは。
ジェドは壁に背を擡げ、閉じられた控室の扉をみつめ、ふっと笑みを漏らした。




