36.5 余談 王子と側近
レクスとウィルです。
城下の巡回を終えて王子の執務室に報告来たら、丁度いいというようにレクスが笑った。
「ウィル 付き合ってくれ。肩が凝った」
そう言われ執務室近くの広いバルコニーに出て剣を合わせる。暫く打ち合い、レクスは言った。
「城下はどうだ? 何か変わったことがあったか?」
「え!? 合わせながら話すの?」
「平気だろ。どうだった?」
「城下自体は平和だよ。君の婚儀に向けて沸いてた。ただ、南部で雨が続いてるから野菜の出来が悪いってさ!」
一度剣を弾いて距離をとる。
あんまり平気じゃないんだけどね。レクスと剣を合わせながら話すのって。本気じゃ無くても力強いし、隙はないしさ。
「来い」という視線を送られたので再び打ち合う。ほんとに昼間書類仕事ばっかりしてるのにちっとも鈍らないな。こっちはこれが生業なんだけど。稽古を付けられているみたいだよ。
「価格に影響が出そうか?」
「これ以上続くとまずそうかな。後、東部で荷馬車を襲う盗賊が出たって」
「規模は?」
「僕が聞いたのは四~五人程度だけど、後ろがいるかも知れないから調べた方が良さそう、っと! ちょっと加減してよ!」
レクスの剣が胸すれすれを横切る。慌てて下がった。ふっと影を感じた時には頭上から剣を振り下ろされ、咄嗟に受け止める。
「お前相手にこれ以上加減できるか! 人の隙をちょくちょく覗いているくせに! ジェドに調べさせるか?」
「調べるだけならジェドの下の者でもいいと思う、よ!」
剣の柄近くを合わせ鬩ぎ合う。子供の頃は相手にもならず撥ね飛ばされた。
「………常々思っていたんだが、」
「なに?」
「お前、ムカつくな」
「え?」
思わず剣を持つ力が抜けてしまった。レクスはニヤリと笑うと僕の剣を弾き飛ばした。
「俺の勝ちだ」
「ズル! なにそれ!」
「だから、こうでもしないと中々難しいんだ。お前から一本とるの。いつの間にか追いつかれている。ムカつくだろ?」
何が難しいんだか。こっちは肩で息してるのに平然としてるし、本気になればろくに相手にならないことくらい知っている。素地も才能も違うのは分かっているけど、強くなりたいと思う気持ちは負けていないと思うんだけどな。覚悟の種類も違うだろうが、その固さも負けていないと思いたい。
「やはり剣を振るう時間が短くなっているからか? そのうち抜かれそうで嫌だな」
「……僕は一応王子の側近で王子を守らなければならないんだけどね?」
「部下の足手まといになりたくない」
「こっちの台詞だよ」
いつまでも王子に守られていてどうする。
十歳のあの時、守られたあげく怪我まで負わせた。それなのに王に礼を述べられ、この王子にはちょくちょく話し掛けられ友人とまで言えるような関係になった。
これでも、王に為るべくして生まれたこの人を守りたいとあの時に思ったんだ。尊敬するに値する王と王子。騎士として守るとの誓いに嘘はない。
レクスが国を民を守りたいと思うように、僕はレクスを守りたい。
「王子なんだから大人しく守られてればいいのに」
「俺が大人しかったら変だろう」
「……まあね……」
落ちた剣を拾い鞘に収める。
「あーあ、何時になったら守ってあげられるのかなあ」
「何だ? 好きな女でもできたのか?」
「王子様の事だよ」
「お前が俺を守ろうとしてくれるのが分かるから、余計にもっと強くなりたいと思う。お前達が慕ってくれるのが分かるから誇れる主でありたいと思うんだ」
「……充分過ぎるよ。息抜いてよ」
子供の頃から変わらない。上に立つものの姿勢。蒼い瞳はいつも澄んでいる。
「抜いてるさ。お前達の存在でどれ程俺が助かっているか」
それでも王子としての最低限の態度は崩していないよね。
「あ、ロジエだ」
「なに!?」
でも最近それが少し崩れつつあるんだ。
高欄から下を見ればレクスの婚約者の姿があった。ロジエとリアン、そしてレティシア嬢。お茶会でもしていたのかな。
「ロジエ!」
バルコニーから大きな声で呼び掛ける。下で微笑み手を振る婚約者を見て顔を綻ばすレクス。こんな幸せそうな君は見たことがなかった。こちらも嬉しくなってしまう。
鷹揚でいるようで常に王子としての威厳を保つレクス。身に付いてしまっている習性。それを尊敬しつつも少し哀しいと思っていたんだ。ずっとこうなのかなって。
本当の【レクス】は何処にいるんだろうって。
「そういえばロジエがな」
「うん」
「手合わせ中のお前を見て格好いいって言ったんだ」
「え?」
「だから絶対にお前には負けたくない」
苦笑する。
本当のレクスは唯の溺愛者だってわかったよ。嫉妬丸出しとか。こんなことがあるとは思ってもいなかった。
彼女と出逢ってからレクスはとても穏やかな顔をするようになり、許される範囲で自分自身の為に時間を使うようになった。
良かったと思うんだ。君の婚約者が彼女、ロジエで良かった。
だから彼女に好意を持っていることは内緒にしておこうかと思っていたんだけど。
「じゃあ、僕もいつかレクスに勝てるように頑張ろう」
「なに!?」
「僕、ロジエの事好きなんだよね」
「ウィル!?」
「本人には伝える気もないよ。ぶっちゃけて言うと君と一緒にいるロジエを綺麗だなって思ったんだ。それでも君の好きな相手じゃなかったら伝えるだけ伝えていたはずだ。今はそのうち風化するのを待ってる。でも、君に伝えたかった。何が言いたいか分かる?」
「……お前がお人好しということだろう?」
「あはは! それでもいいや」
とにかく僕は君の側近を離れるつもりはないから黙っておくのもやめたんだ。言いたいことは伝わったようで安心したよ。
「ところでさ、僕、レクスに一つ相談があるんだよね」
「俺に? 珍しいな」
「他の人には言うのをちょっと躊躇うんだよね」
「何だ?」
「最近、ある女性に言い寄られてるんだ」
「珍しい事じゃないだろ」
確かに王子の側近だから爵位がなくても言い寄る女性もいるんだけどさ。
「いや、その相手がさ、レティシア嬢なんだ……」
「なんだ。良縁じゃないか。次期侯爵、俺も助かるな」
「いや! 僕、一般庶民だからね!」
「爵位は俺が王になれば与えようと思っていたんだ。結婚するのに必要ならすぐにでも与えるぞ」
「そうじゃなくてさ! 爵位は要らないし! 断るのが大変って言うかさ」
「断る必要が何処にあるんだ? 嫌いというわけじゃないんだろう? 最近わかったがレティシアはいい女だぞ。ロジエともリアンとも親しいし、その夫がお前なら文句ない。侯爵にとりなしが必要なら言ってくれ」
「わー、もう、相談にならないよ!」
こんな話をするようになるとも思わなかったな。なにしろ“絶食系”だったしね。
ただまあ、そうだね、家族ぐるみの付き合いも悪くないかな。そうも思うよ。




