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神の子  作者: 柘榴石
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34.5 余談 楽しい悪夢

登場人物はレクスとロジエです。

 雨季の空模様は変わりやすい。

 中庭の散策を始めたときには晴れ間すら見えたというのに、百合、サフィニア、マーガレットと花に誘われ庭の奥まで来たところでしとしとと細い雨が降り始めてしまった。

 急いで四阿まで戻ったが、その時にはもう全身がしっとりと濡れていた。


「大丈夫か、ロジエ?」

「はい。濡れましたけど、寒い時期ではありませんので。でも本降りになってしまいましたね」


 ロジエが言う通り、雨は花々を包むように絶え間なく振り、地面には波紋を作りながら水溜りが広がっていた。

 既に全身濡れてしまっているのだ、このまま雨の中を戻ってしまおうかとレクスが空を仰いでいると。


「くしゅん」


 と可愛らしいくしゃみが聞えた。寒い時期ではないと言っても濡れた身体は体温を奪われ冷えてしまう。


「すまん。貸してやれる服もないな」


 せめてもと抱きしめてみても互いの身体すら冷たかった。


「レクス様も寒いですか?」

「いや、俺は平気だが……」


 視線を腕の中のロジエに落とせば、雨に濡れた銀の髪から雫が頬を伝った。頬に張り付く髪をそっと除けてやれば、礼の代わりににこりと微笑む。

 濡れた髪か、伝う雫か、しっとりとした肌か、露を含み赤みを増した唇の所為なのか、何故か全てがいつも以上に扇情的で。レクスは居たたまれず視線を反らした。


「レクス様?」

「あ、その、濡れたままだと風邪をひいてしまうし、思い切って戻ってしまわないか?」


 全てを遮断するような雨の中、愛しい女と二人きりという状況は、(特になんだか今日は変に)危険な気がしてレクスはそれを回避しようとした。


「……温まる方法がありますよ」

「ん?」


「裸で寄り添えばいいのです」


「………は?」


 言葉を理解するのに時間を要する間にロジエはレクスの上衣の釦を一つ二つと外していく。


「ろろろろロジエ!?」


 狼狽するレクスを余所に晒された無駄のない筋肉質な素肌にピタリと冷えた頬を寄せた。


「ほら……素肌は温かい、です……」


 どかんっと一気に体温が急上昇する。血液が煮えてしまったのではないかと思うほどの体温は雨ですら蒸発できそうだ。


 違う! 違うだろうレクス! ロジエはそういうつもりはなくて! 暖を取りたいだけだろう!!


「ロジエ、っあのな……」

「あ、すみません、私ったら……」


 ロジエも自分のしたことに気付いたのか身体を引いた。ほっとしたのも束の間。

 ロジエは羽織っていたボレロをはらりと落とした。中に着ていたのはビスチェタイプのミニドレス。露になった白い肩と腕にどくりと心臓が波打つ。そしてロジエは長く美しい銀の髪を纏めて前に持ってくるとくるりとレクスに背を向けた。浮き出た肩甲骨と滑らかな背中。レクスはごくりと喉を鳴らした。


「レクス様」


 知らずに伸びていた己の手が宙でぴたりと止まった。


「っなんだ!?」


 不自然なほど大きな返事をして、意思の力で腕を下ろす。だというのにロジエの言った言葉は。


「後ろのスピンドル(ひも)解いて下さい」

「!?」


 何!? 何を言った!?

 紐? 紐ってこの背中の紐の事か!?

 ロジエのドレスの肩甲骨の下からウエストまでは紐で編み上げられている。しかしこれを解いてしまっては……。


「あのな、ロジエ…、何を、その、するつもりなんだ……」

「何って……濡れた服を着たままではレクス様を温められませんから……」


 憤死するかと思った。

 落ち着け 落ち着け 落ち着け


 レクスは呪文のように唱えて心を平常に保つように努めた。


 ロジエはそんなつもりじゃない。寒いのだ。そう暖をとるだけが目的なのだ。

 だったら風邪をひく前に温めてやらなければ。

 邪な考えは捨てるのだ。


「っ解くぞ?」

「はい。お願いします」


 レクスがその紐を解くと上半身の部分の服がストンと括れた腰まで落ちた。


「レクス様、やっぱり温かいですね」


 その言葉で我に返る。レクスはロジエを後ろから抱き締めていた。華奢な両肩を抱き込んでいるため、レクスのむき出しの胸板とロジエの露になった背がぴたりと重なっている。


 俺は! 俺はいつの間にロジエに抱きついた!?

 このまま少し手を下ろせば、そこには魅惑的な膨らみが…って違う!

 温まる! 温まるのが目的だ! このまま暖をとればいいんだ!


 だというのにまたもロジエは。


「レクス様? 前から抱き締めて……」




「ロジエ!!」


 レクスは豪奢な寝台で掛布を抱き締め目覚めた。


「……………」


 薄暗い中でぐるりと部屋中を確認し状況を把握すると半身を起こし、立てた右膝に額を付けて深々と溜め息を吐く。

 そこにあるのは

 そんな夢を見てしまった事とどうせ見てしまったのなら最後までと僅かにでも思ってしまった後ろめさと、清らかな彼女を汚さずに済んだ安堵感、そしてどうしようもない焦燥。

 夢にまで見る愛しい婚約者に会うまであと僅か。

 どうにか彼女を正面から見詰められるように自分を落ち着けなけれならない。


 朝の剣の鍛練の前、彼は最近精神鍛練を強いられていたのだった。

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