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神の子  作者: 柘榴石
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34 甘い特効薬

 王太子の執務室。の隣の休憩用の私室。

 眉間に皺を寄せて稟議書に目を通すのはサフィラスの第二王子レクスだ。彼は今些か不機嫌だ。先程まで開かれていた会議がくだらないことで紛糾し議題が纏まりきらなかったのだ。苛つく気分を宥めるようにと、執務に戻るまでの時間をロジエと過ごすように側近が手配してくれた。故に彼の隣には婚約者のルベウス王女ロジエがいる。

 側近の気遣いに感謝して愛しい婚約者の傍でお茶を飲みつつ荒んだ心を慰めていたところ、突然目を通してほしい書類があると飛び込みの仕事が入ってしまった。ただでさえ一日の内で限られた愛しい女性との時間を邪魔されたのだから、不機嫌にならないわけがない。その剣呑さを察して稟議書を持って来た政務官は繋ぎの間まで下がってしまった。一枚の書類に目を通すだけだからとロジエも下がらずに部屋にいることが許されのだが。


(難しい問題の書類なのでしょうか……)


 ロジエはレクスの顔を覗き込む。


「うん? どうした?」

「何か大事な書類ですか? 下がった方がいいなら行きますが」

「いや? これなら判を押して終わる」

「ええと、それなら……」


 ロジエはずいっと身を乗り出して、レクスの眉間にほっそりとした白い指を伸ばした。


「皺が刻み込まれちゃいますよ?」


 はにかんで笑うロジエを目を見開いて見つめてしまう。


(ああ、可愛いな)


 伸ばされていた手を取ってそのまま嫋やかな指に口付ける。驚いて手を引こうとするロジエをそのままぐいっと引いて腕の中に捕えた。こんなにも細く頼りなげな身体だというのにレクスの全てを温めるような心地よさを与えてくれる。


「れ、レクス様……書類を待って…」

「急にやって来たのは向こうだ。少しくらい待たせても文句は言えんだろう」


 ほっそりとした甘い香りのする首筋に顔を埋めると、掛かる銀の髪を除けてそこにも唇を寄せた。


「っあ!…レクス様…」

「大丈夫だ。痕は付けていない」


 本当は強く吸い付いて己のものだと言う証を残してしまいたい。だが、身体を重ねた事実がなくとも婚姻前にそんなことをすれば「身体を使って王子を誑かした」などとくだらない事を言い、ロジエに対する悪評につなげる輩もいるかもしれない。そしてロジエが邪な目で見られるのも我慢ならない。だから触れる程度で我慢している。


「そういう問題では……」


 ロジエはこれだけでも戸惑い赤くなる。想いを告げて以来、毎日口付けている。唇は当然。頬も額も首筋も、髪にも。今の段階で許されるところなら何処にでも。それでも彼女は慣れずに恥じらう。まったく可愛らしい。その一方で自分が女性にこうしたことを進んですることに驚いている。おそらくロジエ以外の女性には“世継ぎを儲ける”こと以外で触れることは無かったはずだ。ロジエに関しては先にロジエ、その後で子供の順になる。懐胎させるために触れるのではなく、愛し触れ合いその結果として子が授かればいい。ロジエは自分がどうしようもなく欲する相手。レクスとしては本当に片時も離したくはないのだが、ロジエは人前で触れられることに抵抗があるらしい。言い辛そうに「人前では控えて下さい」と言われてしまったこともある。その時の可愛さに免じるのと嫌われたくはないので頷いたが。

 ロジエがロジエで良かった。もしロジエが妃になるのにふさわしい身分が無かったとしても自分は彼女を離せなかっただろう。彼女が身の置き所のない思いをしようとも妃の地位に置いただろう。側室などという呼び名では自分が我慢できない。彼女は自分と同等の立ち位置にいるべき者。正妃以外では有り得ない。だから彼女が王女の地位をもち、その教養を身に付けていたくれたことに感謝する。

 一度身体を離して、啄むような触れるだけの口付けをひとつ。「書類を渡してくる」と立ち上がった。


 繋ぎの間に控える文官に「遅くなって悪かったな」と稟議書を手渡すと、文官は一瞬呆気にとられたように立ちすくみ慌てて頭を下げた。


「此方こそ休憩中に申し訳ございませんでした。お呼び下されば取りに参りましたものをお手ずからとは恐縮です!」


 文官が開かれたままの扉からこっそりと中を窺えば、王子の婚約者が頬を染めていた。成程と些か納得して王子に視線を戻す。


「次からは気を付けてくれ」


 王子はにこりと笑って労わるように声を掛けてきたので、文官は益々深く頭を下げて退室した。


 レクスが休憩室に戻るとロジエは自分の頬を両手で覆っていた。頬はまだほんのりと赤く、もしかしたら熱を冷ましていたのかもしれないと思うとますます可愛らしく思ってしまう。


「……レクス様のご機嫌は直ったようですね?」

「ああ。ロジエといると癒されると言っただろう。そのうちお前を膝に乗せて仕事をしろと言われるかもしれないな」


 頬に口付けながらそんなことを言えば、瞬時に真っ赤になった。

 あの文官には分かったはずだ。何故自分の機嫌が治ったか。


「そそそそんなこと言われるわけがありません!!」


 まあ、言われるわけはないだろう。だが、自分の機嫌を直す特効薬がロジエ以上に無いことは確かであり、いずれ皆も気付くだろう。いや、既に気付かれているかも知れない。


 レクスは甘い甘い特効薬にもう一度顔を近づけた。

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