33.5 余談 美しい王妃
シエルとリアンです。
「ねえ、シエルさん。前にお兄ちゃんが『見た目と違って腹黒いけど大丈夫なのか』って言ってたけど、本当に恨みを買ったりしたらどうするの?」
「買わないように対処するんだよ」
「どうやって?」
シエルはレクスと酒を呑む機会と同じく、リアンとはお茶を一緒にする機会がたまにある。大抵はリアンが押し掛けてくるか、誘ってくるかで、今日も回廊でばったり会って誘われた。
クッキーを一つ口にしてシエルは答える。
「ルベウスではね、王妃は美人じゃないといけないんだよ」
「え!? 何で!?」
「何でだと思う?」
シエルにいたずらっぽく問われリアンは考えた。
「まさか! 美人局!?」
力一杯答えたリアンにシエルは吹き出した。
「行きすぎだよ! リアン」
行きすぎだけれど、思っていた通りの解答だ。
「な、何?」
「単に美人に労られたら気分が良いだろうという話だよ」
「ああ、なんだ。それでいいんだ」
リアンはほっとした様に長椅子に身を預けた。シエルはくすりと笑う。
例えば王が廷臣を叱責したとして、美しい王妃に「王が貴方を信頼しているからこそですよ」と言われれば、悪い気はしないだろう。まあ、これは一般論であり、実際ルベウスに王妃が美人でなければならないという決まりはない。
ただ、知叡の神を祖とする故か怜悧な者の多いルベウスの王族は敵を生みやすい傾向にある。冷淡な表情の王であれば猶更で、周りにそれを補える者が必要となる。その点シエルは貌が母親似で美しく柔和な為、狡猾さを隠すのに役立っていた。
そしてロジエの存在があった。シエルがロジエの事を大事にしていたのは廷臣の間でも有名で、大切な存在であればあれほど重用してもらえる、情の厚い人なのだと思われた。何よりもロジエが笑って、「兄様はとても優しいのですよ。皆さんのことも頼りにしているんですよ」と言っているのだから効果覿面だった。
「これまでは、そうとは知らずにロジエがその役目を自然としてたんだけど、これからはちょっと考えないといけないな」
「大丈夫だよ! シエルさんならきっと物凄く美人のお嫁さんが来てくれるよ!」
テーブルに手を付いて乗り出す勢いでリアンが言明する。そして、一呼吸置くとひどく情けない顔をした。
「だからロジエさんはお兄ちゃんにちょうだい……」
シエルは眼を細めて、リアンの頬を軽く抓った。
「いたいよ」
「君は随分とお兄ちゃん子だね。大丈夫だよ。ロジエがレクスを選んだんだ。僕に彼女を攫う権利はない。それに二人を会わせたのは僕だ」
「……シエルさんはロジエさんを好きなんでしょう?」
「好きだよ。大事な妹だ。誰よりも彼女の幸せを願っている」
「私はお兄ちゃんの幸せを願う様に、ロジエさんも、それからシエルさんも幸せになって欲しいよ」
「ありがとう。君も幸せになろうね」
シエルのゆったりとした優しい笑顔を見てリアンも屈託のない笑顔を見せた。
「それにしてもロジエは最近、甘くない菓子ばかり作るな」
先程のクッキーをもう一つ摘み、シエルが零す。
「ロジエさんが作ったってわかるの?」
「わかるよ。これも前に食べたことがあるし」
「ふぅん。シエルさんは甘い物も好き?」
「食べるよ」
「お兄ちゃんも食べないわけじゃないんだよ。それにロジエさんが作ったって言えば砂糖の塊でも食べそう」
「はは。食べそうだね」
「今度、ロジエさんと少し甘いお菓子作るから食べてね!」
天真爛漫にリアンは笑う。
「リアン。ルベウスの王妃に必要なのはお菓子作りの能力じゃなくて美しさだよ」
シエルの言葉にリアンは笑い顔のまま固まった。
「『物凄く美人のお嫁さん』になってくれるんだろう?」
紅茶のカップを取って、悪戯をする子供のような少し意地悪な微笑みでシエルは言った。
がたんっと勢い良くリアンは立ち上がる。
「シエルさんのばかぁ!! 低カロリーのお菓子の勉強するもん!!」
いつかのようにリアンは部屋を飛び出した。
「ほんっと面白いなぁ」
シエルは一人紅茶を口にした。




