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神の子  作者: 柘榴石
36/80

28 仕度

「殿下よりお届け物でございます」


 そうして目の前に並べられたのは深い青色をした豪奢なドレスとそれに映える同じく青い色をした煌めく装飾品一式、更にサフィラス王宮にしか咲かないと言われている青薔薇の花束だ。


「これは……」

「これをお召しになり今夜の婚約発表の披露目に参会して欲しいとのことです」

「……青い…ですね」

「はい。赤には見えません。お気に召しませんか」

「いいえ! とんでもない! そうではなくてですね……」


 青。濃い青である。

 それは彼の瞳と髪の色であり。これを纏うということは如何にもロジエが誰のものであるかを主張しているようではないだろうか。

 しかもロジエの左の環指には日中の婚約の儀で贈られた大きな蒼い金剛石が光っているのだ。

 蒼い金剛石を中心に抱くティアラのようなデザインで、白金の滑らかな曲線細工と脇石の透明の金剛石が繊細さと上品さを醸していた。ロジエも指に填められた時には魅入ってしまった程だ。


「全て殿下がロジエ様の為に選ばれました」

「え? ええ!? 殿下がご自分で!?」

「はい。殿下はこういったことは不慣れでございますれば、リアン様の助言を受けつつ大層苦労して選ばれました」


 選んだといっても出来上がった物をではこれをと購入したわけではない。気に入ったデザインと色生地で、一から作らせたものである。王侯貴族の纏う服に既製品というものは殆どない。それが社交用のドレスとなればなおさらだ。


 苦手なんですね、とロジエは心で思う。

 王子ともなれば贈り物なんて贈り慣れていそうではあるが。ちなみにシエルはそういったことにそつが無い。ロジエの心情を察したのか女官長は言葉を続けた。


「レクス殿下は女性への贈り物をご自分で選ばれたことはございません。返礼品に関しましても侍従長やクライヴ殿に任せきりでございましたから」

「そ、そうですか……」


 もう一度贈り物の数々に目を遣る。そして置かれた青い薔薇が目に入る。その意味を思い出し、かぁと顔に熱が集まる。頬を冷ますように手で覆ってみるが、その掌すら熱かった。


「薔薇は髪飾りに致しましょう。ロジエ様の銀の髪によく映えましょうから」

「え!? 髪に!? 会場に身に付けていくのですか!?」

「勿論でございます。殿下の心が何処にあるのか示すのにこれ以上のものはございません」


 青いドレスと装飾品、そして青薔薇に慄くロジエを前にして、にっこりと、これまで見たこともないほどに女官長は微笑んだ。

 先日レクスも同じような事を言っていたけれど、サフィラスの人はわりあい大胆なのだろうか。


「ではお支度にかかりましょう」


 女官長は背筋を伸ばし、控える女官と侍女に声を掛けるとロジエをまずは浴室へと連行したのだった。



「ふうん。似合うなあ」


 身支度の終わったロジエを、これまた正装に身を包んだシエルがしげしげと眺めた。


「へー、これをレクスがねぇ、ふーん」

「兄様、何が言いたいのですか」

「いやいや、青ってあんまりロジエが着たことないけど似合うなぁと。それにあのレクスが選んだと思うとなんかこう、ね?」


 にっこりと笑うシエルに、ロジエは「なんなんですか」と少し焦れたように尋ねる。


「成長するんだなぁと、なんだか感慨深くて」

「どうしてそんな孫を見るような視線なんです?」

「だって、あの国一番の絶食系と言われ、三ヶ月ももだもだとロジエに碌に気持ちを伝えられなかったレクスがさ、女性の服を選ぶようになるなんて。しかもそれが良く似合うものだからさ」


 シエルは長椅子に腰かけていたロジエの手を取り、立ち上がらせる。


「感心したと共に、少し悔しくて寂しいな」

「なんです。レクス殿下のこと親離れみたいに思っているのですか?」


 ふふっとロジエが笑うとシエルは少し困ったように笑い返した。


「悔しくて寂しいのは君のことに関してだよ」

「え?」

「僕のエスコートもここまでだと思うと寂しいし、他の男にここまで綺麗に飾られるのは思った以上に悔しいね」

「兄様」

「君は肌が白いし髪がとても美しい銀色だから、濃い青が良く映える。……サフィラスの色が似合うよ」

「……嬉しいですけど……そんな突き放す様な言い方をしないで下さい」


 ロジエの眉尻が下がると、シエルは「ごめん」と言ってロジエの手を自分の腕に廻させ、歩き出した。


「突き放すつもりはないよ。君はずっと僕の可愛い妹だし。それに、今だってたかが婚約中だ。レクスのことが嫌になったらいつでも破棄して僕の処に帰ってくればいい。勿論結婚してからもね」


 歩きながら横に並ぶロジエをみていつもの様に少し意地悪く笑う。


「本気で言ってます?」

「当然。ただ、レクスは離してくれないだろうなぁ。それに君もレクスから離れる気はないだろう」


 にやり。今度こそ本当に悪い笑顔を向ける。


「……兄様はいつから気付いていたんです?」

「いつからって……初めて会わせた時から? 二人して一目惚れだったじゃないか」

「……本当に意地悪ですね」

「だからそういう性分なんだよ。それにこんなに可愛い妹を盗られると思うと面白くなかったのも本音だ」

「私、兄様の事も大好きですよ」

「知ってる。でもレクスに聞かれたら斬られるかも知れない」

「じゃあ、レクス殿下には言いません」

「そうだね。彼は思った以上に嫉妬深いみたいだから気を付けて」

「そんなことを言って……。兄様がレクス殿下のことを信用しているのも知っていますよ」

「でなければ君を任せたりしないさ」


 大広間に続く控えの間の扉が、控えている騎士によって開かれる。

 中にいるのは重い盛装を纏ったレクスだ。


「さあ、ここからは彼の仕事だ。僕は先に会場に行っているよ」


 シエルがロジエの額に軽く口付けると、腰かけていたレクスが立ち上がる音がした。シエルはレクスに笑うと「頼んだよ」と言って部屋から出て行った。


「ロジエ」


 レクスが声を掛けるとロジエは少し悲しそうな表情で振り返った。


「レクス殿下」


 しゃらり、と上質な絹と宝石が涼しげな音を立てた。レクスはロジエのむき出しの肩に手を置いた。


「どうした?」

「いえ、なんだか兄様がこれで最後のようなことを言うので……」

「なにが最後なんだ。すぐにルベウスに帰るわけでもないし、あいつがそうそうお前を手離すとは思えない」


 その言葉にロジエははたとして、くすりと笑みを漏らした。


「今度はなんだ?」

「ふふ、兄様も同じような事を言っていましたので。私はレクス殿下と兄様に同じように大切にされて、とても幸せです」


 微笑むロジエに対してレクスは面白くないという顔をする。


「同じじゃない。俺の方がロジエを大切に思っているし、愛している!」

「ふぇ!? あ、ありがとうございます……」


 真っ赤になって俯くロジエを目にして、漸くレクスはロジエの全身が目に入った。正しくは、“改めて”目に入った。

 部屋の扉が開かれた際にその美しい姿は目に焼き付いた。だが、シエルがロジエの額に口付け、しかもロジエがなぜか悲しそうな顔をするものだから一瞬にして気が逸れてしまったのだ。

 ロジエが身に纏うのは自らが選び贈ったドレスと装飾品だ。色々見たドレスの中で一目見てロジエに似合いそうだと思ったのだが、ビスチェタイプのドレスは如何せん胸元と背中が空きすぎている。と思ったがそんなのは当たり前の範疇だと妹に一蹴された。

 実際に着用した彼女を見れば、本当に良く似合っているし、似合っているが故に人目に晒したくないというのも本音だ。

 白く肌理の細かい華奢な躰にその色はとても良く映える。首飾りと耳飾りも青く輝き、彼女の美しさを引き立てる。更には輝く様な銀の髪には青薔薇が飾られて花神のように美しい。

 青色のドレスを纏い恥じらうロジエはこの上なく愛らしく、レクスはロジエの肩を掴んだまま固まってしまった。


「あの、レクス殿下……ドレスも、装飾品も、薔薇の花も、その、いろいろありがとうございます。……えと、似合いますか?」

「ぅあ、ああ。この上もなく綺麗だ」

「ありがとうございます」

「……このまま攫ってしまいたいくらいだ」


 レクスの心情がぽろりと口を滑り出た途端、ロジエの顔が一気に赤くなる。「さ、さらう……!?」とぱくぱくと口を動かしている。


「ああ。本当にすごく綺麗で可愛らしい」

「……言い過ぎです……」

「言い過ぎなものか。自分の言葉が足りないのが口惜しいくらいだ」


 ロジエはふいっと視線を逸らすとそのまま目線を下げたまま上げようとはしない。普段の彼女らしくない態度に「どうした」と問えば、朱に染まった顔を僅かに上げた。自分の肩に置かれたレクスの手から上衣の銀糸の刺繍、勲章、宝石飾りを眺め漸く視線を合わせる。が、またも真っ赤になって逸らされた。


「そこまで恥ずかしいか?」

「は、恥ずかしいです。……でも、えっと…それ以上にですね……」

「ロジエ?」

「だからですね、レクス殿下が素敵で緊張します……」


 今日の夜会は正式な婚約の披露目で、主役がレクスとロジエなのだ。その為、確かにいつもの夜会以上に飾り立てられてはいるのだが。


「そ、そうか?……装束は確かに重苦しいが、中身は変わらんだろう」

「それなら私だってそうです……」

「いや、ロジエは常に可愛くて綺麗だからな」

「ですから! 殿下もいつも素敵なんです!」


 真っ赤になって、「わかっていない」というようにロジエは怒る。

 この場に控えの者がいればさぞかし居た堪れないであろう甘ったるい雰囲気だが、二人は至極真面目だ。

 ロジエの必死な様子にレクスもつい「すまん」と謝ってしまう。声を吐きだしたからかロジエは一端落ち着いて、肩の力が抜けた。と、レクスの蒼髪の中で銀に光る装飾品が目に入る。


「……耳飾りもしているのですね……」

「え? あ、ああ。普段はしないのだが……いい色だろう?」


 レクスの耳元で揺れているのは銀色の透かし細工の耳飾り。おそらく材質は白金だろう。レクスの蒼い髪の中で良く映える。


「ええ。お似合いです」

「ロジエの瞳と髪の色だ」

「え……」


 ロジエの耳(というよりは全身だが)を飾るのはレクスの色である青で。

 そしてレクスがロジエの瞳の色の耳飾りをしているという事は。

 その意図を悟り、またもロジエは赤薔薇のように赤く染まった。

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