27 しあわせ
晴れて互いに望んで婚約者となったレクスとロジエ。
レクスが青薔薇の花束をロジエに贈ったことは、既に城中の者が知っていて。漸く本当に漸く王子の想いが通じ、国の為に身を粉にして働く自慢の王子に幸が訪れたと人々は安堵し合った。
婚約式の日取りも迫り、今はまさに恋人期間真最中だ。殊にレクスの方は我が世の春を謳歌していた。
中庭の奥、蒼穹のもと様々な種の薔薇が今が盛りとばかりに咲き誇る。薔薇の芳香の中を薔薇よりも甘い雰囲気を漂わせレクスとロジエは腕を組み寄り添いながら散策していた。
「薔薇、すごいですね」
「ああ、今が一番見頃だな。薔薇が好きか? 部屋に届けさせるぞ」
「薔薇は好きですけれど……部屋にはまだ、青薔薇がありますから……」
ロジエは頬を染め不自然に視線を薔薇の花園へと移す。レクスは瞳を細めてロジエの横顔を見た。
自分の生涯で青薔薇を贈ることがあるとは思ってもいなかった。彼女を飾るために青薔薇はあるとさえ思えるくらいだ。
「青薔薇を毎日一輪贈るから髪に挿さないか?」
青薔薇は外庭と温室を使い年中どこかしらで咲くように栽植されている。大きな花束を毎日とはいかないが一輪ずつというなら可能なことだ。
「え……」
ロジエは更に顔を赤くしてレクスを見た。レクスは微笑みロジエの髪を一筋手に取ると口付けた。
「ロジエの銀の髪によく映える」
「それは、その、恥ずかしいです……」
王(王子)の愛の象徴を髪に挿して歩くなんて、余程大胆でなければ出来ないとロジエは思う。
「俺の愛が何処にあるのか見せつけてやればいい」
「む、無理を言わないで下さい!」
「俺に愛されるのが恥ずかしいのか?」
「まさか! そんな!……」
慌てて否定すれば、レクスは楽しそうに微笑んでいた。
「もう、意地悪しないで下さい……」
ロジエはレクスの腕に両手を添えて瞳を潤ませる。
レクスは空いている手で目許を覆った。
(可愛すぎるだろう!)
「レクス様?」
「すまん、何でもない」
手を口許に移して、落ち着けと息を吐く。
目に留まったピンク色の薔薇を手折りロジエの髪に挿した。
「何色でも似合うな」
「ありがとうございます。……あの、今の薔薇“ブライダルピンク”というのですが知っていますか?」
「いや、俺はそこまで薔薇に詳しくない。何かあるのか?」
「いいえ。何でもありません」
ブライダルピンクの花言葉は“愛している”。けれど、そこまで細かく花言葉を知る人はいないだろう。ロジエは小さく幸せそうに微笑んだ。
「ロジエは薔薇に詳しいな」
「ふふ。はい。私のロジエという名前、薔薇と言う意味なんです。だから色々調べてしまって」
「ほう、そうなのか。…ん? ちょっとまて、そうしたらお前の誕生日は何時なんだ?」
子供に華の名前を付けるという事は、その時期に生まれた可能性が高い。
「五月二三日です」
「三日後!? しかもその日は婚約式が……」
にっこりとロジエは微笑む。
「兄様が誕生日の記念にとその日に充ててくれたんです」
婚約式は聖堂で聖職者の立会いのもと、神と参列者に婚約を誓う儀式だ。誓約書に二人が署名し、婚約の誓いを立てて、男性から女性へ指環を贈る。これで漸く名実共にロジエはレクスの婚約者となるのだ。
日取りを決める会議の際にシエルがその日を指定してきた時は不思議に思ったが、理由を訊いても「別に?」で終わった。ただ、笑ってはいたが。
「シエル……。俺には一言もそんなことを教えないで……」
好きな女性、しかも婚約者の誕生日を気に掛けていなかったのは自分が悪いが、それでもそこは教えるべきではないだろうか。しかしシエルに言ったところで「君が甘いんだよ」としれっと言われそうだ。確かにその通りではあるが。
「すまん。準備が間に合わんな。何か欲しいものはないか?」
「何も」
ロジエはゆっくりと首を振る。
ロジエは物欲が無さすぎる。ルベウス王族の一員として何不自由ない生活を送っていた所為もあるのだろうが、それにしても装飾品の一つくらい強請ってもいいはずだ。
ロジエがレクスの想いを受け入れてくれた翌日、レクスはここぞとばかりに思い付く限りロジエに物を贈り付けた。だが、翌朝姿を見せたロジエは不機嫌だった。何か彼女の意に沿わぬ物を贈ってしまったかと思っていたら「国庫金を無駄遣いするなんて」とぼそりと言われた。そこは当然国の金ではなくレクスの私産から出していると言えば、多少態度が軟化したが、「必要な時に必要なものを用意していただくので過剰にはいりません」と窘められてしまったのだ。
これについてシエルに後で訊ねると、ロジエはルベウス王家に引き取られるまで庶民として生活していたことと、国では財務関係の仕事を手伝っていたと教えられた。倹約的な訳は何となく分かったが。
それにしても、誕生日の贈り物くらいは当然のものだろう。特に婚約者なのだ。それくらいは恋愛ごとに疎いレクスにだって分かる。
「大切な女性の誕生日だ。贈らせて欲しい」
真っ直ぐに気持ちを伝えてみれば、ロジエは頬を染めた。
「レクス殿下。私、今 幸せなんです。私は国とその王家のために嫁ぐのだと決めていました。それが私を育て慈しんで下さった国王一家へ恩返しになると思えば誇らしくさえあった。それで幸せなんだと思っていました。でも、間違いでした。大好きな人が妻にと望んでくれているんです。すごくすごく幸せで……誰かに幸せを分けてあげたいくらいです。だから、それだけで充分です」
幸せだと微笑むロジエは美しく、そしてどこか儚げで。レクスはロジエの細腰をぐいっと引き寄せ自分の身体に重なり合わせる。
「もっと、だ。もっと幸せだと思えるようにしてやる。だから俺の傍から離れるな」
視線を絡め促せば、朱に染まった顔で長い睫毛が伏せられる。甘い口付けを交わし離れれば、熱い吐息を零す。
「……プレゼント、貰いました」
呟いて、恥ずかしさからかロジエはレクスの逞しい胸にきゅっと抱き着いた。
レクスは柔らかで温かな華奢な身体を抱き留める。
「これは俺の方が貰っているんだ」
「……そんなことありません。幸せです」
「だとしても、足りないな」
贈り物も、幸せだという感情も、そして抱擁と口付けも、何もかも。
足りないのだ。
与えられたい。それ以上に与えたい。
何もかもを。
立ち込める薔薇の芳香の中、暫し二人は抱き合い、その世界を享受した。




