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神の子  作者: 柘榴石
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21.5 余談 騎士日記2 砂の味の食事

18.5の苺の話が出てきます。

 俺は今、とある町の砦に視察に向かう王子御一行の警護の任についている。

 そして、その事件は視察の都合上早めに摂ることとなった昼食の時間に起きたのだった。

 割合少人数の視察団のため、とある食堂を半分貸し切り食事を摂る。レクス様も妹姫のリアン様もこういった時は特別な待遇を望まず、我々と同じ場で同じものを食して下さる。しかも態度が気さくでとても僭越な事だが、嬉しくもある。

 食堂で通路を跨いだテーブルにレクス王子とロジエ様、その他側近の方々が座っていた。当然ロジエ様はレクス王子の隣に座らされ、楽しげに食事をされていた時の会話だ。


「あら? レクス殿下。そのお野菜苦手なんですか?」

「……なんでだ?」

「渋いお顔をされてますから」


 渋い顔ですか? レクス王子いつもその顔ですよね? しかも普通に口にされてましたよね。


「よく分かるな。普通に食べているつもりなんだが」

「ふふ。ずっと朝食を一緒に食べていますし、わかりますよ。レクス殿下は出されたものはなんでも口にしますが、その中でもあまり好みではない物にはそういったお顔をします」

「そうか。顔に出ているんだな……」


 いえ。出てませんよ。全く。クライヴ団長ですら「ほう」って顔してますから。


「苦手な物もきちんと食べるのは偉いですけど、ちゃんと美味しく食べないと可哀想ですよ?」

「可哀想?」

「はい。みんな、レクス殿下の身体を作って守ってくれる大切な栄養ですからね。お野菜も命を殿下に捧げているんですから美味しく食べてあげてください」


 可愛らしく諭すロジエ様。ああ、可愛い。

 言っている事はお母さんの様だが、ロジエ様に言われたら嫌いなものでも素直に食べてしまいそうだ。

 こんな嫁が欲しい。

 おっと、この思考が読まれたら闇討ちにあう。

 あの会話は聞こえない。聞えないんだと自分の耳に言い聞かせる。


「野菜の命か。すごいことを言うな」

「子供の頃私も言われたんです」


 貸して下さいとロジエ様はレクス王子のフォークを手に取ると、さくりと野菜を刺し取った。


「はい。どうぞ」

「…………」


 目前に差し出された野菜にレクス王子が固まった。というより、視察団が固まった。


 止めろ。馬鹿ども。

 眼にしたらヤられるぞ。

 色んな意味で。

 俺の心の忠告は意味をなさず、視線はレクス王子とロジエ様に集まった。

 ちなみに俺は通路を挟んだ反対のテーブルの正面に座っていた。見ないためには後ろを向くしかないが、後ろは壁だ、不自然すぎる、無理な話だった。


「……えっ?」

「どうぞ? 美味しく食べて下さいね」


 にっこりと天使の微笑みを向けるロジエ様。居合わせた俺達の心は鷲掴みにされた。

 美味しく食べちゃっていいんすかね!? てか食べたいです!!

 おっといかん!そうじゃない。

 というかですね、ロジエ様! そういう事は二人きりの時にやって下さいよ。レクス王子も心でそう思ってるはずですから!


 我々が固唾を呑んで見守る中、リアン様はうきうきそわそわし、ジェド様とウィル様はにやにやと動向を見守り、クライヴ隊長は無関心を押し通す。シエル様は……何か悪いことを考えているようににやりと笑った。怖っ!


 そして当のレクス王子は非常に困ったという感じで眉を顰めつつも顔を赤くして、ロジエ様から視線を外した。

 その様子は初めてですね。初めてなんですね!?

 ああ、初めてがこんな公衆の面前で……。


「もう! 好き嫌いは駄目ですよ。どうぞ?」


 駄目ですよと一度は怒りつつも(怒り方も可愛いな!ではなくて!)にっこりとそれはもう可愛らしく、フォークに刺さった野菜の下に手を添えて促すロジエ様。

 いや、もう、レクス王子食べないなら、俺代わりに食べますけど。

 何て声が、(断じて俺の心からではなく!)そこかしこの男どもから聞こえてきそうな中。


 がっとレクス王子の手がロジエ様のフォークを持つ手をとり、そのまま口に入れました!

「うおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 という声にならない歓声が聞こえる中。

 レクス王子は赤い顔を俯けてもぐもぐと野菜を咀嚼します。

 未だ自分のした事に分かっていないロジエ様は「美味しいですか?」とにこやかに訊いていらっしゃいます。


「……ああ、甘い、な……」


 甘い! 甘いですとも!!


 つうかどうしてくれるんすかこの空気! 

 もう俺らの食事、砂の味しかしないんすけど。


「ロジエ」


 そこにシエル様の声がしました。


「これあげる。好きだろう?」


 にこやかにシエル様が差し出したのは自らが使っていたフォークに刺さったデザートのイチゴだ。もうお腹いっぱいになっちゃったからさと差し出されたそれを、ロジエ様は「ありがとうございます」とフォークごと受け取られました。そして……

 ぱく…とその小さな口に入れてしまわれたのです!!!


 途端 発せられる不穏な気配。

 レクス王子を見て高みからにやりと笑うシエル様。

 美味しそうにイチゴを頬張るロジエ様。

 拳を握りしめ俯いたまま顔を上げないレクス王子。


 寒い。寒いです!!


 その日、我々は氷点下に感じる店内で砂の味の食事をすることになったのです。

(大切な食糧を粗末にすることは許されませんからね)


 その後、ロジエ様が俯いてレクス王子の馬に乗っているのを目にして、おそらくご自分のした事の行為の説明を受けたのだろうと推察いたしました。


 更に後日、レクス様がロジエ様のいない食事の席で同じ野菜を食された時、

「苦い」

 と言っていたのが忘れられません。


 野菜が苦いのか、思い出が苦いのか。

 どちらなのでしょうか。


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