15.5 余談 武神の血
シエルとリアンの他愛もない話です。
「シエルさん 一緒に食べよう!」
ノックと共に部屋に入って来てのはこのサフィラスの王女リアンだ。
彼女は茶器と焼き菓子の乗った台車を押していた。
それはまあいい。でも今返事を聞かずに扉を開けたよね。
ここは僕に宛がわれた部屋で、今僕は一人でこの部屋にいるんだよ。無防備すぎないか。
別に何かしようとは思わないけどさ。
「どうしたの、これ?」
「お兄ちゃんとロジエさんが城下に行ったおみやげ~! お兄ちゃんの婚約者がロジエさんで良かったってこういう時ほんと思う~」
リアンは楽しそうに自ら菓子を並べ、茶葉の入ったポットにお湯を注ぐ。
「何で?」
「だってお兄ちゃん前は城下の視察に出てもおみやげなんて持ってきたことないもん。それにロジエさん以外が婚約者だったら城下に行こうって誘ったりしないだろうから~」
「……リアンってさ、ロジエのことどう思っているの?」
「へ? 可愛いな~って思ってるよ」
慣れた手つきで茶漉しを使い、濃さが均一になるように最後の一滴まで二つのカップに注ぐと、一つを僕の前に置いた。
一口飲めば、明らかに「どう?」という様に瞳を煌めかせる。「おいしいよ」といえば(その紅茶は建前でなく美味しかった)、満足した様に笑って焼き菓子を一つ取り皿に取った。
「一応元敵国の者なんだけどね」
「う~ん。私だったらロジエさんと戦争しようと思わないけど。シエルさんは私とお兄ちゃんの事嫌い?」
「いや? 一緒にいて面白いよ」
「私も!」
フォークに焼き菓子を刺しつつリアンは屈託なく笑う。彼女のこの天真爛漫さは随分とレクスの援けになっているのだろうな。僕がロジエに感じていたように。
支配階級にあるものにとって、見返りを求めず掛け値なしに自分を慕ってくれる存在はとても大きいのだから。
「ホントなんで戦争なんてしてたんだろうね?」
「……本当になんでだろうね」
何百年と続く争いの始まりは何だったのだろう。
その間にこうして和睦の話もあったはずなのに、蒼皇の百年の他は数年、長くて数十年しかそれは維持されていない。
「これからずっと仲良くしていこうね!」
こういう話が過去にもあっただろうに。
僕はレクスやリアンを屈服させたいとは思わない。
レクスにしても征服欲があるとは思えない。
現在のサフィラスの王もルベウスの王も、野心はない。
なのにどうして。
過去を知るのは悪い事ではない。それを基に対策を練って未来に活かせる。
でも深く調べるのは今でなくていい。大凡は分かった。
ならば大事なのは今とこれから。
レクスは先しか見ていないところがあるから少し無謀さも感じるんだよな。
けれどあの真っ直ぐさは眩しいくらいだ。
それは妹であるリアンも同じだ。
好きなものを好きだと曇りのない瞳で伝えてくれる。
「食べないの~?」
「リアンって美味しそうに食べるよね」
「だっておいしいもん!」
「でももうじき夕飯だよ」
「平気だよ。一つくらい」
二つ目だよね。それ。
なんかこうリアンって。
「太るよ?」
嗜虐心をそそるんだよな。
からりとリアンの手からフォークが空の皿に落ちる。
リアンはカップに残ったお茶を一気に飲み干すと勢いよく立ち上がった。
「シエルさんのばかあ!! 走ってくる!!」
涙目で捨て台詞を吐いて部屋を出て行くリアン。
兄妹揃って、即断、即決、即実行か。
しかも身体を動かす方に。
武神の血って面白いなぁ。
僕は静かにリアンの淹れてくれたお茶を飲んだ。




