13.5 余談 兄と妹
朝食の後、「また後でな」と言ってリアンの兄レクスは婚約者ロジエの頭を撫でた。リアンはじっとそれを見ていた。
シエルとロジエが連れだって部屋を出て行くのを兄は無言で見た後で、執務に向かうべくラウンジを出る。
リアンはその兄レクスの隣を歩く。
「お兄ちゃんってロジエさんに普通に触るよね」
「……何だ? いきなり。お前の頭も撫でるだろうが」
「私は妹だもん。ロジエさんは婚約者でしょ。時々、妹みたいに接してるよね」
「それは……そう見える時があるしな」
あれは何時だったか、シエルの嫌なところ転じて“シエルのイラッとするところ”を話していた時だ。
「……で、夜会にいつまでも出たがらない私に、『教えられたことが出来ないんだろう。もの覚えが悪いな』って挑発するんです。思わず『できます』って言ってしまったら、『じゃあ、やってごらん。出来たらドレスと装飾品をプレゼントしてあげるよ』ってすっごく人を見下して笑うんですよ」
「それでロジエは?」
「言われた通りに夜会デビューしまして……なんとか卒なくこなして、ドレスも装飾品も嫌と言うほど貰うに至りました……」
むうっと眉を寄せて当時の事を語るロジエが可愛らしく思わずレクスも笑みを漏らす。
「こういうところが掌で転がされていると思うんですよね……レクス殿下…今の話面白いですか」
笑われたのが面白くないらしく彼女は不満そうな顔をした。それがどこか幼く感じ可愛らしくて。
「いや。なかなか負けず嫌いなんだなと思って……」
言いながら思わず頭を撫でようと手を伸ばしてしまい、宙で止めた。
これは自分がよく妹にしている行為であり、他の女性にしたことなど一度もないし、したいと思ったこともない。していいことだとも思わない。でも正直ロジエにはしたいし、それこそ触れたい。そんな葛藤をしていると。
「殿下? なんですか? 叩こうとしてます?」
「違う!! 頭を撫でようとして……!!」
予想外のロジエの言葉に思わず本音が出てしまい。
「撫でる?」
「う、…そうだ。だが、嫌がられたらと思って手を止めた……」
「ええと…。別に嫌ではありませんが。兄様にも良くやられますし。そういえばレクス殿下もお兄様ですものね。妹にはしたくなるものなのでしょうか?」
「まあ。褒めるなりする時には自然に手が出るな」
「褒められるような話はしていませんが」
「可愛い時も撫でたくなる」
「ふふ。まるで動物ですね。……えっと。撫でますか?」
「……ロジエが嫌でなければ」
「どうぞ」
恐る恐る触れてみれば、柔らかく艶やかな髪と小さな頭がそこにあった。ロジエは「すこし擽ったいですね」と笑った。
嫌がられないと分かれば何度も触れたくなる。だが、どこまでしていいのかという葛藤もある。なにしろ自分は“婚約者”ではあるものの、未だロジエの気持ちが自分にあるとは思えなくて、下手なことをして嫌われたら元も子もないのだ。だから基準を設けた。
――― 妹に触れる基準でロジエに触れる ―――
ロジエも妹ならばこれくらいは義兄であるシエルと普通にしているだろうということを基準にして触れることにした。だから頭は撫でるし、城下に出れば手も繋ぐ。だが、夜会のエスコート以外で肩や腰に手は廻したことはない。ロジエの方もやはりその程度なら抵抗が無いらしく嫌がるそぶりは微塵も見せない。
「ふうん。妹みたいに見える時もあるんだ。でも私とはもう手なんか繋がないよ?」
にやり。リアンは横から兄を見上げ人の悪い笑みを浮かべた。
「繋いで欲しいのか」
兄を揶揄いたいだけなのに、レクスも流石に妹にはやり込められたりはしないらしい。笑い返して、手を差し出してきた。リアンは「いらないよ」と言ってその手をパチンと払った。
「この歳でお兄ちゃんと手なんか繋がないよ。お兄ちゃんだって妹っていう口実でロジエさんと手繋いだりしてるだけなんでしょ。わかってるよーだ」
「はは。そういうお前だってロジエの事を随分気に入ってるよな。お前は外面はいいが、あまり友達を作ろうとはしなかっただろう」
「だってロジエさんはちゃんと私を見てくれるもん。お兄ちゃんは知らないかも知れないけどさ、私と仲良くしようとする人はたいていお兄ちゃん目当てだよ。私にお兄ちゃんのことばっかり訊くの。でもロジエさんは最初から私を見て、私と話をしてくれたよ。それだけでも私としてはお兄ちゃんの結婚相手として合格だよ」
「すまん。お前に嫌な思いをさせていたんだな」
「ううん。お兄ちゃんの所為じゃないし、おかげで人を見る目には自信があるんだ!」
「そうか」
レクスは久しぶりにリアンの頭を優しく撫でた。リアンも擽ったそうに微笑む。
「でもさ、それ以上になんかロジエさんって可愛いんだよね。なんかこうぎゅっとしたくなる時があるっていうかさ。お兄ちゃんもわかるでしょ?」
その言葉にレクスの脚がピタリと止まった。
「わかるが。お前が弟じゃなくて良かったという事も分かった」
どうやら兄と妹は人の好みが似ているらしい。
「あははは! お兄ちゃん余裕ないね! シエルさんに嫉妬してるのもわかってるんだよ! 私は応援してるからさ、頑張ってね!!」
リアンは笑い声をあげて兄と別れ、自分の部屋へと戻って行った。




