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神の子  作者: 柘榴石
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13 受け継いだもの

 ロジエとする話、それは雑多な事。国の事、城の事、自分の事、家族の事、そして今日はレクスの友人の話になった。

 レクスにはクライヴの他に側近と言える者が二人いる。二人はただの部下などではない。クライヴと共にレクスの手足であり懐刀だ。それぞれの立場から直接レクスに進言すらできる特別な臣下で友人だった。


「ウィルは七つの時だったか、父に伴われて行った城下の豊穣祭で知り合った」


 豊穣祭。これはその名の通り秋の実り、豊穣を祝う民の年中行事である。その年、どういうわけかレクスの父は民の豊穣祭に姿を現したのだ。


「武神の裔である王の御前ということで十歳から十三歳くらいの子供による剣術大会のようなものがあったんだ。民の祭りだからな、勿論心得の無い者達が多く、防具を付けて木刀を合わせる飯事みたいなものだ。本当に危ない箇所に当たりそうになったら立ち合いの騎士が止めなければならないからそっちの方が大変そうだったな」


 当時を思い出しレクスはくつくつと笑う。


「父に俺も出てみろと言われて、出場することになったんだ。相手は俺よりも年上になるが、俺はずっと剣術の教練を受けていたし正直本気でやれば多少心得のある者でも相手にならないだろうことは分かっていた。だから祭りの楽しみとして適当にやるつもりで防具すらつけなかった。案の定俺は難なく決勝に進んで、当たったのがウィルだったんだ」


 *****


 それはそこに居合わせた民にとっては色々な意味で胆の冷える対決であった。

 ウィルは商家の三男ではあったが、剣の手ほどきを受けていたらしくそれなりの腕前をしていた。なによりも王子という立場の自分に臆さず向かってくる姿にレクスは感心した。暫くはどの程度出来るのかと探るように剣を合わせていたが、何かを仕掛けようとするウィルに気付いて、レクスは本能のままにウィルの剣の柄近くに自分の剣の柄を合わせて押し返した。それはとても七つの子供の力ではなくてウィルは体勢を崩して倒れそうになった。更に悪いことにウィルの倒れる位置に大きな石があるのに気付いて、レクスは思わずウィルの腕を自らの方へ引いた。結果、レクスはウィルを自分の身体で受け止める形で転び、その際にウィルの持っていた剣が当り腕を切ってしまったのだ。

「申し訳ありません、王子様!」

 詫びるウィルの顔は真っ青だった。それは見ていたウィルの家族達も同じようなもので。息子を庇い怪我までさせてしまったのだ。どんな処罰が下されるのだろうかと蒼白になっても不思議ではない。だが、ウィルが青ざめたのは、自分の所為で怪我をさせた挙句、レクスの腕から流れる血が多かったせいだった。

「これくらい稽古をしていれば普通にする怪我だ」

 ざわざわと囁きあう観衆にレクスは溜息を吐いてもどかしそうに言った。

 ざわり。一際ざわつきが大きくなった。王が立ち上がり王子とウィルの元へとやって来たのだ。ウィルをその場で手打ちにでもするのではないかと辺りは固唾を呑んで見守った。

 しかし、王は王子(レクス)に向き合った。


「お前の負けだな。レクス。敵を庇うなど少し甘いのではないか?」

「本当の敵なら庇う訳がない。彼は守るべき民だ」

「良くぞ言った」


 そもそも王は民に次々と酒を注がれ大分酔っていたのだろう。にこやかに笑って手にしていた酒杯に残った酒をレクスに振りかけようとした。

「うわっ」とレクスではない声で悲鳴が上がる。ウィルがレクスを自分の身体で庇い酒を浴びたのだ。


「ほう。お前も祝いの酒を浴びたいのか?」


 王が面白がって尋ねると。


「違います! 怪我人にお酒を浴びせるのはどうかと思います!」


 強い酒の匂いに咽ながらウィルは王に進言する。ウィルの家族は更に胆を冷やしたが、王は益々笑みを深くした。


「はははは!! 酒は消毒になると誰かこの少年に教えてやってくれ!!」


 王の楽しげな笑い声に民たちの間から喝采と歓呼がどっと沸きあがった。何処からともなく王に新たな酒が手渡され、結局二人ともまた酒を振りかけられた。

「うっ。目に沁みる」ウィルの呟きにレクスも笑った。それをみてウィルも笑う。

 王は二人を荒々しく抱きしめた。そしてまずはウィルに向かって微笑んだ。


「息子を庇ってくれて父として礼を言う」


 ウィルは一国民である自分を自らの子(王子)と同じように抱きしめ礼を述べる王を目を丸くして見つめていた。

 王は次にレクスに言った。


「レクス、サフィラスの民はこんなにも温かい。彼らを守るのが王族の務めだ」


 それは母の教えと共にレクスの金言となった。


 *****


「その後、髪が傷むとクライヴに水を浴びせられたり、ウィルの親にしみる消毒薬をたっぷりと腕に掛けられたり大変だった」


 今も傷が残っているぞと痕をロジエに見せると、ロジエは白く筋になったそこに指を這わせて「負けず嫌いでやんちゃだったんですね」とやはり笑った。


「そんなことがあって、ウィルが父に気に入られてな、騎士の見習いとして城に入ったんだ。普段の穏やかさからは想像しにくいほど剣技は優れているぞ」


 確かにウィルは人懐っこい笑顔をした優しそうな人で、人と戦うことなど無縁そうに見える。それでも王太子(レクス)の側近なのだ。腕が確かでなければ務まらないだろう。


「ジェドはなぁ……」


 言い掛けてレクスはちらりとロジエを見た。その視線を受けてロジエはふわりと微笑んだ。


「密偵ですよね?」

「分かるか」

「動きで。足音を殆どさせませんし、気配も消すのが当たり前のようになっています。兄様も腕が良さそうだと言っていました」


 ジェドは飄々とした気さくな人だ。レクスに側近だと紹介された時、「ロジエ様」と呼ばれ、ジェドもウィルもレクスを呼び捨てにしているのに自分(ロジエ)に「様」をつけるのはおかしいと言えば、ウィルは躊躇ったものの、ジェドはあっさり笑って「ロジエ」と呼んできた。スパンっとすぐにクライヴが頭を叩いていたが、そんなやり取りが面白くて笑ってしまった。


「お前達には隠し事も出来んな」

「隠そうともしていないようですが?」

「正直なところ、もうシエルとロジエならいいかとな。ジェドはクライヴの懐をわざと狙って捕まったんだ」

「わざと」


 ロジエが復唱するとレクスは含むように頷いた。


「ジェドは子供の頃、盗賊団に無理やり引き入れられていたんだ。そこで矜持に反する仕事を押し付けられそうになって、わざとクライヴに捕まるように自分から仕向けた。盗賊団の狙いをこちらに全て話して、俺に力まで貸してくれた。密偵としての能力がありそうだからと今度は俺が仲間に引き入れたんだ」

「ジェドさんは振り回される運命なのですかね」

「言われてみるとそうだな。一番自由そうで一番縛り付けられているんだな」


 悪いことをしているのだろうが、あいつの力は必要だから手放せんな、とレクスは腕を組む。ロジエはその姿を見て笑みを漏らした。


「皆、レクス殿下の事が好きだからいいんです」

「ん?」


 レクスがロジエに語るのは事実のみで居合わせた人がどう思ったか、そしてその話が人づてにどう伝わったのかはロジエにはわからない。けれども話に隠されているレクスの昂然とした態度や温かな心が感じ取れて、とても誇らしい人だと思った。


「皆、レクス殿下の事が好きで力になりたいのだからいいのですよ」


 本当にジェドが自由になりたいのなら彼ならばそう言い、レクスも受け入れるはずだ。主従の関係にあっても双方の態度は友人と言えるほど近くみえる。

 ジェドもウィルも貴族ではないから生まれながらに王家に忠誠を誓っているわけでは無く、レクスは嫌だと言う者に無理強いするようには思えない。

 だから、単純な話、ジェドにしろウィルにしろ、レクスの元で働くことを望んでいるのだ。


「もっと頼っていいんです。レクス殿下は責任感の強い方ですから何でも自分が背負い込もうとしているようです。貴方を支える為に皆がいるのですから一人で何でもやろうとしなくていいんですよ」

「書類仕事は一人では出来んぞ」

「そうではありませんよ。わかっているくせに」


 レクスは国を背負うものとしてそれが染みつき当然と受け入れている。選択も責任も全てを一人で背負おうとしているように見える。それが“王”だと言われれば返す言葉もない。けれど彼にそんな寂しい王になって欲しくない。


「“人を信じ恃むのことで己の弱さを知りまた強くなれる”といいます」


 彼を支えてくれる人は沢山いる。それを分かって欲しい。

 自分も彼を支えられるような妃になりたい。ロジエはそう思うのだ。


 レクスの側近の二人は平民だ。そして二人のそのまた友人ともレクスは懇意にしているという。

 貴族達の中には「王太子ともあろうお方が身分違いの友人を持つなど分別に掛ける」と言う者も勿論いる。だが、反対に国民の多くはこれを歓迎した。レクス王子は王と王妃から掛替えの無いものを受け継いだ。

 それは父王の民を愛する心と、母王妃の優しさだと。

『人を信じる者は己の弱さを知っている故に強者となる

 人を信じない者は己を強いと思い込む故に弱者となる』

という引用不明の格言です。

逆に『自ら恃みて人を恃むことなかれ』などもあり、格言って難しいと思います。


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