10.5 余談 人の重み
シエル視点の話です。
サフィラスに滞在して数週間。
最近、このサフィラスの王子レクスと夜酒を飲みつつ話をする機会が増えた。
「ロジエは軽すぎないか!?」
突然の切り出しに酒を口にしたまま止まってしまった。ごくんと呑みこみ、テーブルにグラスを置く。
「何? すぐに口付けでもさせてくれた?」
「違う!! 身体の重さの話だ!」
わかってるよ。ロジエはそこまで軽くない。揶揄っただけだよ。
でもこんなことで真っ赤になるかな。婚約式こそ済ませてないけど婚約者ではあるんだし、しても不思議はないんだけど。
サフィラス王家の房中術の仕込み方は直系が続いているだけあって半端じゃないって聞いたけど。
面白いな。
「顔赤いよ。もう酔ってるの?」
「一口で酔うか!」
だよね。君は好んで呑むわけでは無いようだが酒に強いらしい。
「今日、ちょっと抱き上げてみたら異様に軽かったんだ! あれは普通なのか?」
ちょっとってどういう状況だ。
二人きりにさせるの問題あるかもなぁ。
「君が力がありすぎるんだろう?」
「それも確かにそうだが、リアンより軽いって可笑しいだろう」
「さあ? リアンを抱っこしたことないし。なんとも言えないけど」
「軽いって思うだろう?」
「軽いとは思うよ。実際華奢だしね」
「いや、絶対に可笑しい。あんなに軽いなら一日中でも抱いていられる!!」
それって単なる君の願望じゃないの?
つくづく思うけど、こんなに馬鹿正直で大丈夫なのかな、この王子様は。
元敵国の王子と二人きりで酒とか。よく誘うよ。
まあ、来る僕も僕だけど。
この間も信用してるとかさらっと言ってたし、こうまで真っ直ぐだと周りの人間は不安になるだろうな。クライヴとか早くハゲそう。
「ルベウスの者は皆ああなのか?」
「いや、基準が分からないんだけど。普通に太った人もいるよ。重そうな」
「じゃあ、やはり徴を持つ者だからか?」
ああ、ロジエ話したのか。
短期間で随分信頼したなぁ。
「胸の徴、見た?」
「見る訳がないだろう!!」
しかめっ面で赤くなるとか。
本当に面白いなぁ。
こんなに純情な王子っているんだな。
絶食系って本当だったんだ。
ロジエの相手としてはいいけど。
しかし、この王子と戦争してたと思うと不思議だな。
正直馬鹿らしくさえ感じるよ。
「なあ、シエル」
「何?」
「ちょっと抱かせてくれないか?」
「はあ!? 嫌だよ!! 何言ってんの!?」
驚いて酒を吹き出すかと思ったよ。
「お前が軽ければ徴のある者の特徴で片付くだろう。確かめさせてくれ」
「嫌だって! そんなこと確かめてどうすんの!?」
「ロジエの事を知りたいだけだ!!」
「それを僕で確かめてどうするのさ。ああ、もう! じゃあ教えてあげるよ。なんでロジエを軽く感じるかというとね」
「ああ」
「君がロジエの事を好きだからだよ」
「……はあ?」
「まったく同じ重さの“荷物”と、“子供”を女性に渡して階段の上まで運んでくれというと、高確率で、子供は運べるけれども、荷物のほうは重たくて無理だと言うんだ。心理的な影響が強いんだよ。だから君がロジエを抱いていたいと思っているだけだ」
「……なるほど。一理あるかもしれんな」
納得するし。単純だな。好きってことも否定なしか。
「それは分かったが、とりあえず確かめたいから抱かせてくれ」
「なんで!? 必要ないだろう!」
「確かめないと気が済まん。男同士なんだからいいだろうが!」
男同だから嫌なんだろうが。
本当に酔ってなくてこれなのか。
なんでもかんでもそんなに飛び込まなくてもいいだろう。
考えるより行動とか、それって武神の血のせいなのかな?
僕とは真逆だな。
勘弁してくれ。
「嫌だって! もう今日は帰るよ」
酒の杯を置いて立ち上がる。
「待て! いいから抱かせろ!!」
「軽食をお持ちしました」
壁際に追い込まれ怒鳴るように言われたその時、横の扉が開いた。
無言で固まる食事を持って来た侍従、そして僕達。
そして再び無言で閉まる扉。
翌日僕達を視る侍女女官の視線が異様に輝いていた。
レクス、君の所為だと言うのに、なぜ君は気付かない。
こんなに驚かされたのは人生で初めてだ。
聡明さが際立つルベウスの王太子シエル。
ある程度のことはその知性で予測を立て対応することができる彼をこんなにも動揺させたのは、やはり元敵国の王太子レクスなのだった。
本編10話まできました。
話数の区切りのいいところで、お礼を。
ブックマーク付けて下さった方、感想下さった方 本当にありがとうございます。




