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神の子  作者: 柘榴石
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9  武神の裔と知神の裔

 レクスの婚約者として王城に滞在することになったロジエは城内の図書室に足繫く通った。

 目にしている多くの書物は過去のサフィラスの内外情勢や政に関する資料や書物。

 それはロジエにとって、サフィラスで過ごす以上必要な知識を得て、人になるべく迷惑をかけないようにする為と、自国に無い書物も多くあり興味をそそられた為であったのだが、周りの人々には王子の花嫁となるべく学んでいるのだと思われているようだ(間違いではないのだが)。


 政略的な婚約とされてはいたが、周囲の人々はレクスの心は既にロジエのものだと囁き合った。

 日々レクスのロジエに対する態度が明らか過ぎるほどそれを物語っていたからである。

 レクスは病床に伏せることの多い父の代わりに執務に就き、一日の多くをそれに割かねばならない。それでもその合間の時間にロジエを訪ねたり、呼んだりして共に過ごす時間を作っていた。纏めた時間が取れれば城内城下を案内したり、馬に同乗させて城近くの森に出かけたりと、それはもうそれまで宮廷の美姫たちに目もくれなかったレクスからしたら甲斐甲斐しいとさえ評された。

 なによりも常は無愛想なレクスがロジエを目を細めて愛おしそうに見るのだから気付くなという方が無理であった。


 レクスの婚約者ルベウスの王女ロジエ。

 ルベウスはつい数か月前までは血で血を洗う戦争をしていた敵国ではあるが、その戦いはあまりにも長きにわたり続きすぎた。

 互いの国力を削りこのままでは隣国どころか第三勢力に攻め込まれる危険性すらあった。膠着状態が続く今、政略とはいえ婚姻により両国の縁が結ばれ和平が齎されるのであれば、それは歓迎されるものだった。

 一部、外戚の地位を狙う貴族やルベウスに恨みのある者からは勿論反発もあるが、レクスが誰と結婚することになろうが全く反発がないということはありえない。


 そもそもロジエ自身には非の打ちどころがないと言える。

 地位は王女。容姿も美しく所作も洗練されており、貴婦人として申し分ない。図書室に通う姿を見れば勉強家であることが、接すれば控えめで優しい人柄がうかがえる。彼女は人と接するのが上手いのだ。不思議なほど誰にでも平等に優しく物腰柔らかに接する。貴賤の差はないと言っていい。貴族だろうが使用人だろうが常に丁寧口調で穏やかだ。それに対しては一部虚栄心の高い貴族やその子女から反発があるが、反対に侍女や女官、騎士や侍従にはすこぶる受けが良かった。

 何よりも当の王子が惚れ込んでいる様子なのだ。迂闊なことを言って不興を買えば、それこそ我が身が危ないことになる。


 そして、ロジエの護衛兼両国の仲介者として城に滞在しているルベウスの王子シエル。美麗な顔立ちに常に穏やかな物腰を崩さない彼もまたサフィラスの人々に受け入れられるのが早かった。

 なにより自国の王子と元敵国の王子がいつの間にやら争っていたことをおくびにも出さずに懇意にしている。系統は違うが美形の王子が並び立つのは眼福で、(女官侍女を中心に)両国の明るい未来を思い描いていた。


 だが

 そんな中、どうやらロジエはレクスの気持ちに気付いていないらしい、とこれもまた人々の噂に上った。


 ロジエは今のレクスしか知らない。

 些か無愛想と評されてはいるが優しく誠実な好青年。ルベウス王の養女であり政略とはいえ婚約者となった自分を蔑ろにすることができないから、他の人より少しだけ構ってくれているのだろう。その程度の見解の様だ。


 違うから! どう考えても貴女だけ特別だから! という周囲の心の言葉は彼女に届かない。


 レクスもレクスで求婚までしておいて自分の気持ちをはっきりと伝えたことは無い。所詮温室育ちの王子様であり、恋愛経験のない彼はその面の技量がすこぶる低い。求婚したのだから気持ちも伝わっているだろうくらいのものだ。


 鈍感と奥手では進展もなかなか難しく周りはモヤモヤとしながら二人を見守っていた。


 *****


「ルベウスでは退役する者はどうするんだ?」


 何時ものように四人で朝食を摂った後、聞きたいことがあるとレクスはシエルに切り出した。


「ルベウスは徴兵制だから、普通に報奨を渡して帰すよ」

「帰る土地が無い者は?」


 例えば長期化する戦争は農地の荒廃を招く。

 一番の働き手である家長の男性が徴兵されれば、残った女子供老人が農作業をすることになる。しかしその乏しいともいえる働き手の家族に何か病気など起こればまともに農業が続けられなくなるか、持っている農地全部を耕作できないという状況が生まれてくる。そうなれば金策の為に農地を売り離農し、職を失くしたために更に金を求め住んでいる土地を売るという悪循環になる。従軍していた者が帰国してみると、働く土地も住む土地もない、ということが起こってくるのだ。そして最終的に彼らは最下層に身を落とすことになるのだが、出来る事ならそれは回避してやらねばならない問題だ。


「ルベウスは戦役に巻き込まれそうな土地を国家の預かりとして一時金を渡したり、手離したい土地を国で買い上げるんだ。で、落ち着いた頃返したり難民に分け与えて暫くはちょっと高い税で徴収することになる」

「その土地の領主じゃなく国が買うのか? 流石に金のある国は違うな」

「露骨な言い方するなぁ。君らしいけど」


 ルベウスは資源に恵まれた国で貿易が盛んなために財政事態は随分と潤っている。だからといって私腹を肥やすわけでなく、国が潤うということは貧富の差も大きくなるため貧民の対処が問題になったりとなかなか上手くいかないのだ。


「そもそもルベウスは貴族の占有できる土地が決まっているんだよ。それ以上は国家に返還させる。勿論例外もあるけどね」

「なるほど、それだと貴族の力が大きくなりすぎるという事もないのか。だが、反発はないのか」

「あるよ。代わりに栄誉や恩賞を与えたりしてなんとか言いくるめるんだよ」

「ああ、お前得意そうだな。で、例外と言うのは?」

「人道的に寄生地主制を行えて、国家に多くの税を納められること、かな」

「前者は見極めが難しいだろう?」

「今のルベウスで王家に虚偽の申告をすることは命取りだよ。僕はそんなに甘くない」

「お前は本当に見た目と違って腹黒いよな。大丈夫なのか、それで」

「策略的だと言って欲しいな。僕としては君の方が心配だけどね。真っ直ぐ過ぎて危ういって言われない?」

「流石に誰も彼もを信じる訳じゃないさ。その辺りは諜報員がうちはしっかりしているからな」

「だからさ、そうやって家臣を信じすぎるのが危なくないのかって話だよ」

「俺は自分の人を見る目には自信があるぞ」

「根拠は?」

「勘だ」

「本気で言ってんの?」


 ぽんぽんと飛び交う容赦の無い言葉と、呆れたように言うシエルの様子を見て、ロジエとリアンは視線を合わせくすりと笑う。


「ああ、本気だ。だからシエル、お前の事も信頼している。戦役が終わって退役する者が多いんだが何かいい手がないか?」

「うーん、サフィラスって徴兵制じゃないんだろう? 君のカリスマ性によって来るって聞いたけど」

「人を虫媒花みたいに言うな。だが、確かに基本志願兵だな。サフィラスはもともと武勇を誇るから騎士隊の規模が大きいし、騎士としての誉を大事にする国柄、貴族からの私兵や物資の提供も多い。それは大凡そちらに任せてもいいんだが、志願兵の兵卒で退役する者の職がな」

「騎士団に入るのって貴族にしても家を継がない長男以下が多いもんね。ある程度貯蓄が出来るほどの優秀な者はいいけど、困るのは一兵卒か」

「ああ、それこそ優秀な者は団に残ってもらうし、逆に一兵卒程、貯蓄なんてしていない者の方が多いからな」

「だって。何かいい手はない? ロジエ」

「え?」


 蚊帳の外だと思っていたら、突然話を振られ一瞬ロジエも驚いたが、直ぐに思考を巡らせた。


「ええと、そうですね。まずは彼らが何をしたいのか訊いてみないといけないですよね。何か特技があればその職に付けるように斡旋するとか、基本そういう方たちは元農民が多いですから特に希望が無ければ一定期間兵役を務めた者には土地を与えて自作農として生きていけるようにするとか、それ以外の者には、いっそ国家の土地を大農場として経営するか何かの産業工業を国家経営で行うって方法もありますよね。孤児院や学校経営もいいと思います。後はルベウスもですけれど、医療院ですね。傷痍軍人も多いですから」


 当然、戦争等の武力衝突は死者と共に負傷者が生まれてしまう。

 治療とそれを行える人と施設、更に社会的援助が必要になる。定職に就く事が難しい者は犯罪者と化す事もあり、社会的な不安も取り除いていかなければならない。


「それぐらいしてやれば国家に対する忠誠度も上がりそうだね」

「すごいな。そんな考えが咄嗟に浮かぶのか」

「兄様が突然話を振るのがいつもの事なので。それに言うのは簡単ですよ。行うのは金銭面や思惑、色々反発もあるでしょうし」

「戦後復興はある程度の強引さも必要だよ。ところでサフィラスは孤児院とか充実してるよね? どうなってるの?」

「それは主にリアンの管轄だな。慈善事業はもともと王妃の仕事なんだ。ルベウスの教育関係はどうなってるんだ? 随分と水準が高いだろう」

「ルベウスではそれが王妃の仕事だよ。ロジエも手伝っていたから、ロジエの方が詳しいよ」

「では、そちらは二人に任せて話を聞くか」

「うん。いいんじゃない」


 二人が傍に居たロジエとリアンに振り向くと、二人はくすくすと笑っていた。


「なんだ?」

「え~? だってねえ?」

「はい。レクス殿下も兄様も言いたい事を言いたいように言い合って、なんだか長い付き合いの友人同士のようで」

「本当~。なんか戦争してたのが嘘みたいだよ」

「……ああ。そうかもしれないな」


 戦争に個人の意思など通じない。大きな渦に巻き込まれていくだけで。

 敵対していた者でも意見を交わせば隔たりが埋まることもある。

 シエルとならば両国の復興も早く進むはずだと思える。


「そもそもさ~、お兄ちゃんもシエルさんも戦争に勝ってどうするつもりだったの? 属国とかにするの?」

「いや、俺はそこまでは……」

「僕も。妥当な賠償金貰って、後は手出しするなって講話で終わりかな」

「俺もそれでいい」

「戦争必要ないじゃん」

「………」

「………」


 リアンの問いも答えも最もだ。

 レクスもシエルも生まれたときには既に両国は啀み合っていた。

 武神と知神。そもそも両極の神の裔。

 いつから隔たりが生まれたのか。当初からなのか。

 憎むべき敵であり、戦うことが当たり前だった。

 そうあることが平常だった。

 終わらせる為には勝つしかないのだと思い込んでいたのだ。


「知らない者同士が互いを信じて話し合うということが難しいのでしょうか」


 ロジエが穏やかな声で言った。


「全ての人と話が通じるとも限りませんけれど、まずは顔を見て話し合う事が大事なようですね」


 ロジエの声と言葉は何故かすとんと心に落ちる。

 彼女という存在がなければ、レクスとシエルがこうまで腹を割って話をすることは無かっただろう。

 もしもシエルとリアンが婚約となっても、レクスがルベウスに行き、長期で滞在することは不可能だ。

 シエルにしても、サフィラスに嫁ぐことになるのがロジエ以外の王家の血脈の者だとしたらここに居なかったに違いない。


 この時間は彼女無くしては存在しなかったのだ。


「ロジエの存在は大きいな」

「そうだね」


 脈絡のないレクスの言葉をシエルが自然と肯定する。

 彼も同じような事を考えていたのだろう。


 当の本人は訳が分からないというように首を傾げていた。


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