5-16. 記憶の結晶
久々にあの人登場。
ガチャリとドアを開けて店に入ると、一人の男性が三人を出迎えた。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
そう言ってゆったりと頭を下げるのは、装備店「泥棒の始まり」の店主ジョー。
「お久しぶりです、ジョーさん」
「お呼びたてして申し訳ございません、ハル様。今日はぜひご覧に入れたい装備がございますので、ご確認お願い致します」
「はい。イーズ、おいで」
「はーい」
棚を物色していたイーズは返事をして前に進み出る。ジョーと顔を合わせてお互いに、無音で猫のようにニシャリと笑いあった。
この半年の間に、二人には何かしらよく分からないライバル関係が築かれていた。
ジョーが扱ったことがない魔植物の食材を持ち込むイーズ。
イーズが持ち込んだ食材を街の店に卸して加工品として提供するジョー。
イーズは個人ではなくあくまでパーティーの一員だし、ジョーに至っては「お前、装備店だよな?」という反応だが、それでもなぜか互いに認め合ったライバルらしい。これはイーズ談。
しかし、ついに出発間際になってジョーは装備店の面目を保てる何かを完成させたらしい。
今日はその確認のためにそろって店に訪れたのだ。
「今回お渡ししようと思ったのは、お三方が装備できるものになります」
「三人とも?」
持ってるスキルや体格も違うため、三人とも使える装備とは何だろうか。
「こちらでございます」
ジョーがカウンター上に置かれたトレーの上に、三つのゴルフボール大の装飾品を並べた。
「魔石? いや、留め金がついているからチャーム?」
「こちらはアミュレットと呼ばれるものになります。一般的には厄除けですね」
「ジョーさんが作るものならば、ただの厄除けじゃないだろ?」
ハルがそう返すと、ジョーの薄い唇がぐにゃりと弧を描いた。
「ふふっ、ハル様にそういっていただけると嬉しいですね」
「で、いったいなんだ?」
「ハル様とイーズ様はすでにバングルをされていらっしゃいますので、その他の装飾で邪魔にならないものをと思い、こちらにいたしました」
相変わらず本題の前に解説が入り、ハルは組んだ腕の上に置いた指をトントンとする。
ジョーはそれに気づいていながらも、ゆっくりとアミュレットを持ち上げて説明を続ける。
「表面は丸いですが裏は平らになっていますので、ズレたり動きを阻害することもないでしょう」
――トントントン
「こちらは、ジャイアントタートルの魔石とバンブッシュの皮を使った防御盾となります」
「防御?」
「盾? この小さいのが?」
ハルとフィーダが思わずと言ったように声に出す。宝石としては大振り、だけど盾というにはあまりにも小さい。
「ジャイアントタートルの魔石は想像がつく。防御力が高いからな」
――その防御力が高いタートルを殲滅した人がここにいますけどね。
フィーダの発言を聞きながらイーズはハルに視線を向け、声を出さずに“キング”と唱える。
「だっ」
「どうかなさいましたか?」
声を上げた後に頭をさするイーズに、ジョーが不思議そうに尋ねる。
「いいえ。なんでもありません。バンブッシュを使ったのはなぜですか?」
「よくお聞きになりました」
イーズの質問に、ジョーはカウンターの反対から嬉しそうに前へ身を乗り出す。
「皆様のおかげでバンブッシュがたくさん手に入りましたので、何かお作りするときにはバンブッシュを活用しようと思っておりました。ですがなかなか良い案が浮かばず……」
嬉しそうな表情から一転、ジョーは目を閉じ、まるで舞台俳優のように片手を胸に、もう一方の手を斜め上に伸ばした。
「どうしようもないと思っておりましたが、先日大量のジャイアントタートルの魔石が市場に出まして」
その瞬間、三人の肩が一斉にピクリと震える。市場に出回った理由に心当たりがありすぎる。
「わたくしもこの機会にと思って購入いたしました。何に使おうかと考えておりましたところ、もしかしたらバンブッシュと組み合わせたらいいものができるのではないかと」
顔を正面に戻し、目も口も三日月形にしたジョーが声を潜めて二つを掛け合わせて何が起こったかを告げる。
「魔植物には魔石はありません。バンブッシュも採取されてしまえば大人しいものです。ですが、魔石にバンブッシュから加工した繊維を巻き付けたところ……跳ね上がりまして」
「跳ね上がる?」
「ええ。こう、ばーーーんっと。おかげで工房の天井に穴が開きました」
天井に指を向けながら、フフフとなんでもないように告げるジョーが怖い。
「そ、それを俺たちに?」
「まさか。そのままでは何にも使えませんからね。反応する条件を検証し、防御および攻撃に使えるようにしました」
「先ほどは防御盾と言っていたが、攻撃にも使えると?」
「ええ、天井に穴をあけるほどの反応ですから。攻撃にも使わないと勿体ないです」
なんとなく恐ろしくなって、イーズはカウンターから数歩距離を取る。
そんな攻撃が自分に飛んできたらたまったもんじゃない。
「大丈夫ですよ、イーズさん。これは一定以上の衝撃が与えられると反応して、その方向に同じ力を返す仕組みです。
バンブッシュは自分の範囲に入った動くものに対して反応します。魔石部分に魔力を通して身に着ければ、アミュレットに使われたバンブッシュはあなた方を自分の体の一部と認識します」
そう言って平らに加工された面を見せ、この加工のおかげで衝撃を出しても自分たちの体には影響がないことを説明する。
確かに攻撃を跳ね返した衝撃で自分の骨が折れるとか、攻撃を受けたほうがましだった事態になりそうだ。
「どこに着けるのがいい?」
「できれば、 皆さんがそれぞれつけていらっしゃる胸当てに」
その答えにそれぞれ自分の胸部を守る革の胸当てを見る。
肩や胴回りにつながるベルトに取り付ければ支障も出なさそうだし、攻撃への防御にもなりやすいだろう。
「取り付ける前に、実際の反応を見ることはできるか?」
フィーダの質問に思わずハルもイーズもぶんぶんと首を上下に振る。できれば自分の体近くに取り付ける前に見てみたい。
「ええ、勿論です。奥へどうぞ」
トレーを手に持ったジョーに続いて入った部屋は、これまでも何度も使ったことがある装備を試すことができる場所だ。
「こんな狭い場所で大丈夫か?」
「そんなに強く試すつもりはありませんから。三点ありますがどれを使いましょう?」
パッと見ただけではあまり違いはないが、アミュレットの付け根部分に水色、緑色、紫色の糸が巻き付けられている。
「イーズはどれにする?」
「選んでいいの?」
イーズが見上げると、ハルとフィーダは二人とも頷くので迷わず水色を指す。
「水色がいいです」
「俺は緑で」
「俺は紫だな。これを使ってくれ」
ハルは緑、フィーダは紫に決まり、フィーダはそのまま紫のアミュレットをジョーに手渡す。
「かしこまりました」
アミュレットを受け取ったジョーは、部屋の左隅に置かれた大人の身長ほどの人形にまず皮の胸当てを付け、その金具部分にアミュレットをはめた。
「では、私は攻撃魔法はできませんので、こちらの投げナイフを投擲させていただきます。念のため皆さんは離れてください」
そして続いて、今度は自分も金属製の胸当てをガシャガシャと装着し始める。
「え? そんなに危険なの?」
「あくまで安全のためです。届いた攻撃をそっくり相手に返しますので」
「なるほど……」
ジョーが怪我をしたら光魔法で治してあげようと心に決め、イーズは次のジョーの動きに注目する。
「では、行きます」
いつも細められた目を少しだけキリっとさせて、ジョーは手に持ったナイフを人形に向かって投げた。
その瞬間、
――パン!
部屋の右から左に飛んだはずのナイフが、逆再生するかのようにジョーのいる場所まで跳ね返る。それをさっと体をひねって避けたジョーの横を通り、ナイフは壁にカンっと高い音を立ててぶつかり床に落ちた。
「ふぅ。 まぁ、こんな感じになります」
「えええ……」
「おお」
「これは体に身につけて問題ないのか?」
「問題ありません。冒険者に聞き取りをして、反応を大分制御してあります。今は自分の体重以上の衝撃、鋭利なナイフや爪などの攻撃に反応します。
先程は人形に取り付けたので反応が過敏になっていますが、体重の関係上フィーダ様がつけたらもう少し反応は鈍くなるかもしれません」
そう聞き、三人は少しだけ安心する。
盾になってくれるのはいいが、何でもかんでも攻撃認定して反撃に出られると、こちらの動きに支障が出る可能性がある。
ジョーが人形からアミュレットを取り外し、胸ポケットから出したハンカチでそっと拭いてからトレーの上に乗せなおした。
「では、いかがでしょう? 私としては良い作品ができたと思っておりますが、皆様が不要とおっしゃるのであれば押し付けるつもりは毛頭ございません」
そう言われてイーズはトレーの上に乗るアミュレットを凝視する。
三人で採取した十八階のバンブッシュ、そしてハルが雷魔法を轟かせた四十六階のジャイアントタートルの魔石で作られたアミュレット。
ジャステッドダンジョンで活動した自分たちの記憶のカタチがそこにある。
「欲しい、です」
思わず口から出た言葉に、イーズは慌てて語尾を付け足す。
「このアミュレット、欲しいです」
イーズは顔を上げ、正面からジョーに向かって今度ははっきりと意思を伝える。
ジョーはその視線をしっかりと受け止め、彼にしては珍しい心のこもった笑みを浮かべた。
「そう言っていただけて、大変嬉しく思います。お二方はどうされますか?」
「俺も欲しいな」
「俺も付けよう」
「かしこまりました。誠にありがとうございます。こちらは今付けて行かれますか? お包みしましょうか?」
ジョーの質問に三人はお互いの胸当て付近をなんとなく確認する。
きっと三人とも考えていることは同じ。ここにあのアミュレットを付けたらどうなるか想像しているのだろう。
その姿を思い描き、ハルはニヤリと口の端を上げる。
「どうする?」
「どうしましょうね?」
「分かってるだろが」
お互い答えは同じなのに、期待を込めた顔でフィーダに決定を委ねる。
フィーダは小さく息を吐きながらジョーに向き直り、
「今、付けていこう」
と答えた。
それに対してジョーは柔らかな笑みで、ゆったりと頷いてみせた。
胸当てを装着したままアミュレットを取り付けるかと思ったが、一度脱いでほしいとジョーに言われた。
そしてそれぞれ外した胸当てを恭しく受け取り、ジョーはしばらく奥の工房に引っ込んだ。
「何か加工してくれるんでしょうか」
「そのままだと揺れたりするから、動かないように固定かな」
三人でジョーが戻ってくるのを待つ間、店の商品を確かめていく。出発前にここに来られるのは最後になるため、店内の商品で買い忘れがないか確認だ。
ほどなくしてジョーが店に戻り、カウンター上に一つずつ胸当てを置いた。
その心臓近いベルトの横に、アミュレットがしっかりと縫い付けられている。 もちろん、その糸の色は先ほど選んだアミュレット本体の色と同じだ。そして――
「これって……」
イーズはつぶやきながらそこに刻まれた文字を指でなぞる。
「僭越ながら、お三方のお名前の頭文字を刻ませていただきました」
アミュレットの隣に、気づかないくらいの大きさでイーズの頭文字が刻まれている。
――英語のアルファベットで。
翻訳機能が働いているのかとじっと見つめるが、文字は変わらない。つまり、これはそのままジョーが刻んだ文字ということだろう。
イーズは困惑してハルを見ると、ハルも分かっていないようでジョーに文字の正体を尋ねた。
「――この、文字は?」
「これは賢者様の多くが使用したといわれている文字です。どの文字がお三方の名前に該当するか色々パターンがあるようですが、一番近いものを選ばせていただきました」
そう言われて納得する。
賢者の中には、わざわざ自国の言葉を使って書き物をした人が何人もいたようだ。
必ずしもこちらの言葉で残したいものばかりではないだろう。しかし、その内容には触れたくない気がする。
「お気遣い感謝する」
まずフィーダが胸当てを受け取り、いつも通り肩に通してベルトで止める。
左胸上部に光る魔石がかっこいい。
「おお、男っぷりが増しましたよ、フィーダ」
「うるさいぞ。 お前らもとっとと着ろ」
ハルとイーズもそれぞれ自分の胸当てを取って着込む。
二人で向き合うと、お揃いの魔石が目に留まり、なんとなく同時に照れ笑いを浮かべる。
「うん、カッコいいです」
「イーズもな」
「お気に召していただけたようで何よりでございます」
カウンターの奥で微笑むジョーは満足げだ。
三人は彼に向き直り改めて礼を告げる。最初はびっくりしたが、これは自分たちを守る大切な装備だ。
アミュレットの名の通り、きっと自分たちを災厄からも守ってくれるだろう。
「ジョー、良いものを作ってくれてありがとう。大切にする」
「こちらこそ、この冬は大変楽しい日々を送らせていただきました。またいつでもジャステッドにお越しください。そして気が向いたら、この店にも顔を出していただければ幸いです」
「絶対にジョーさんにも会いに来ます」
「ジョーさんを大笑いさせる食べ物をお土産に持ってきますから!」
最後にそうイーズが言えば、ジョーは両目を大きく見開き固まった。
そして数秒後、店主の仮面を脱ぎ捨て、三人にとってお馴染みとなったバカ笑いを披露したのだった。





