5-7. キング・タートル
「我こそは! 亀の王! キング・タートル!」
「いよ! キング!」
「ケキョー!」
「ドロップは全部拾ったか? そしたら行くぞ」
「「はーい」」
「ケキョ」
四十六階の不人気エリアの奥、そこに広がる沼地。
そこは牛のように大きなカメが支配する領域だった。
「沼で足を取られる上に、硬い敵か。冒険者が嫌がるわけだ」
「ドロップは魔石、甲羅とたまご。え? たまご?」
「たまごに見える石だ。特に価値はないと言われている」
「価値がないドロップじゃ冒険者はさらに嫌がりますよね。防御力も高いですし」
「ハルの魔法が効けば、楽でいいと思ったんだが」
「その前に質問。これって、もし雷で一気に倒したら、ドロップは誰が拾いに行くんです?」
「それは考えてなかった……」
「ハルの風魔法で持ち上げられます?」
「突風で泥ごと巻き上げてもいい?」
「却下」
「……なるべく沼の端に誘導しましょう」
「それが一番か。それならできるだろう」
沼の縁に立ち、ハルはそこから一番近いジャイアントタートルに狙いを定める。
まず水魔法で水蒸気の塊を作り、風を送って少しずつ上昇させる。
やがてできた雲の中で、パチパチと静電気が弾ける音が聞こえてきた。
「も、もうそれくらいで良くないか?」
「じゃあ、カメの上に鉄球投げるから。なるべく沼から離れて。感電するかも」
フィーダとイーズは頷き、水気があるエリアから離れてしゃがみ様子を見守る。
ハルが腕輪から何かを取り出すのが見えた。
その数秒後――
――ドッガーン! バリバリバリ!
――ゴロゴロゴロゴロ!
――ピシャーン! ドーーン!
――バーン! バリバリバリバリ……ドカーン!
明らかに狙ったジャイアントタートルとは違う方向に、地面とほぼ平行に光が走る。
一度で鳴り止むかと思った雷鳴は激しさを増し、どんどん膨れ上がった。
「やっべ!」
ハルは叫び、あたふたとフィーダたちのところへ駆け寄りどかりと地面に座った。
その視線の先では、今も雷と光が沼地の上で荒れ狂っている。
「どうした?」
「雷がおさまらない」
「なんででしょう?」
「分からない。沼が影響してるのか……」
――ゴロゴロゴロ……ピカッ! ドーン!
「な、イーズ、ジャイアントタートルの様子は?」
「明らかにマップから次々と消えてます。拾うのが大変……」
「奥の深いやつは諦めろ」
――バリバリ、ドドーン!
「おかしいな。昨日の半分以下の大きさだったんだけど」
「何が原因かは鑑定で分からないか?」
「試したけど、何も」
「そうか」
――ピカッ! ゴロゴロゴロ……
「少し弱くなってきました」
「……また噂になるぞ」
「え? 冒険者いたの?」
「数名遠くに。音と光はわかる距離だ」
「絶対、バレないようにしよう」
「今後、ハルを雷王って呼んだら誰か気づきますかね」
「やめろよ? 絶対やめろよ?」
「古典ギャグ?」
「違う!」
隣で頭を抱え込むハルの頭をイーズはポンポンと撫でる。
マジックバッグからサトを出し、胴体を両手で持って目の前でフリフリすると、ハルは涙目で受け取って抱きしめた。
――サトは癒し系?
サトのお腹に頭をグリグリこすりつけながら、ハルが唸るようにくぐもった声でつぶやく。
「うーん、あの鉄球がいけないのかなぁ」
「破片が飛び散ってそれに落ちるとかあります?」
「そんな細かなものを雷が追尾するのかな?」
「もういっそのこと、鉄球使わず雷雲ごとぶつけちゃうとかはどうです?」
「え?」
「制御が難しいなら、制御できる雲を使えば早いかなって」
「どう思う、フィーダ」
「俺はそういうのは分からん。雷は神の領域、もしくは賢者の賜物だと思ってたから」
「ありゃ、そういう考えになるのか」
会話している間にやっと雷光と震動が止む。
数分待って、三人はよっこいしょと言わんばかりにのっそりと立ち上がり、シュウシュウと不気味な湯気が立つ沼へ近づく。
「ケキョ……ン」
「ドロップが全く見えん」
「この沼には触れたくないです」
「ちょっと水を移動させてみる」
「できるのか?」
「難しいけど、少しなら」
そう言ってハルは腰を落とし、沼に触れるか触れないかの距離に手を伸ばして虫を払うようにフイっと振った。
「あ、土が見えますね」
水が動きイーズが嬉しげに言った直後、一気に水がどんどん積み上がっていく。
「ん?」
なぜか不思議そうなハルの声が届く。
イーズはチラリとそちらを見てから、沼に視線を戻す。水はもうすでに高い壁のようにそびえ立っていた。
その壁はまるで津波を逆再生するかのようにどんどん奥へと進み、最後は波のように引いて消え去った。
そして、三人の目の前に残されたのは、乾いた土の地面。
「どこが少し?」
「あれ? おかしいな?」
「ハル、大丈夫です? なんか制御が無茶苦茶になってません?」
「まるで最初の頃のイーズだ」
「それも失礼ですけど、そんな感じです」
「最初のイーズ……鑑定のせい?」
ハルはフィーダの表現に小首を傾げながら呟く。
「あれから継続して使っているのか?」
「うん。ずっと視界に入るもの全て鑑定する状態。イーズのくれたアドバイスで、意識しない限り認識できない状態にはしてるけど」
「それが原因って事です?」
「でも、まだひと月だし」
ハルはあり得ないだろうという返しをするが、フィーダは少し押し黙ってから推測を告げる。
「昨日の魔力枯渇がきっかけかもしれん」
その言葉にハルとイーズはそろって首を左右に曲げる。
確かに昨日ハルは初めての魔力枯渇で昏倒した。
それと魔法制御の最適化はどのような関係があるのだろうか。
「うまく言えないが、一度魔力をゼロにすることで、それまで広かった蛇口が閉じられたというか……」
「あ、あれじゃないですか? 強制シャットダウンの後に自動更新が入る感じ?」
「おお! そういうことか! なるほど!」
「今ので分かるのか?」
「本人が分かったならば良いかと」
なるほどなるほどと頷き続けるハルを置いて、イーズは一歩前の乾いた地面に踏み出す。
手の届くところにあるドロップを恐る恐る拾い、問題がないか確かめた。
「どうやら、ドロップも集められそうですよ」
「この広い範囲から全部拾うのか……」
「ま、散歩のつもりで」
「ケキョ」
「ん? サトも手伝ってくれるの?」
「ケキョ」
「今なら大丈夫だが、誰か来たらすぐ土に隠れろ」
「サトには隠密かけてあるので大丈夫ですよ」
「そうなのか?」
「ええ。でも危ないので、戦闘やフロア移動中は出さないですけどね」
「それがいい」
三人はなるべくお互いが視界に入るようにしながら、ドロップを拾っていく。
イーズは時折腰を伸ばし、フィーダとハルを見て以前美術の時間に習った絵画をふと思い出す。
「落ち葉拾い?」
「落ち穂拾いだ」
「葉っぱで焼き芋でもするのかと羨ましかったんですけど」
「まさに花より団子かよ。授業で絵の説明はないのか?」
「作家と作品名と絵を線で結ぶテストですよ。それ以上はないです」
「情緒の欠けた授業だ」
「教育なんてそんなものです」
情緒のかけらもない会話をしながら、ドロップをあらかた集め終える。
数えてみれば、なんと五十頭近くのジャイアントタートルをあの一撃で倒していたらしい。
「タートル王爆誕!」
「まさに爆散させてたな」
「“ばくたん”だ。“ばくさん”じゃないぞ、フィーダ」
「どっちでもいいです。ハルはタートル王ですね」
「響きが悪いな。キング・タートルのが良くない?」
「どちらでも。厨二が疼く名前でどうぞ」
そんなこんなでこの日、ジャステッドダンジョン四十六階にキング・タートルが誕生した。
その存在の詳細を知るものは、いない。
「あ、奥にアイバーンさんたちがいます。あれ? ウォードンさんもいる気がします」
攻略最終日、三人はサトの故郷である四十九階を訪れている。
階段から出た後、イーズの感知に知り合いが映った。
「どうする?」
「今日は顔を合わせない方がいいだろう。重要な検証をしている最中だ」
「ウォードンさんがいるなら、安心ですね。もちろん、アイバーンさんたちもB級なので強いと思いますけど」
「いや、治癒師を護衛しながらだと、戦闘中の連携もいつもと変えないといけない。その点、ウォードンが治癒師を守っていれば余裕ができるだろう」
「そっか。守りながらだと動きが違うのか」
「さすが、元護衛ですね」
「冒険者を続けていれば、そのうち護衛依頼もある。覚えておいて損はない」
早口で説明するフィーダを、イーズがニヤニヤしながら見ている。
ハルはイーズの後ろからつむじにチョップを入れると、フィーダに次の動きを確認する。
「で、攻略は引き上げる?」
「そうだな……その前に一応サトに伝えとくか。カバンから出たら宿だと落ち込むだろ」
「優しいですね、フィーダ。よいしょ」
イーズは指輪から飛び出してきたサトを両腕で抱きかかえ、その目を正面から見つめる。
「サト、今ね、サトの仲間に会いにきている人たちがいるの。邪魔しちゃいけないから帰るけど、いいかな?」
「キョ?」
サトは不思議そうにふるふると葉を揺らし、ふと森の奥を見つめる。
「あっちにアイバーンたちがいるのか?」
「そうです。サトも何かを感じるのでしょうか」
「キェキェキョ! ケケケキョ!」
と、突然サトが大きな声で鳴き出した。
その高い声は周りの森に響き渡り、遠くまで広がっていく。
「え!?」
「キェキェキョ! ケケケキョ! キェキェキョ! ケケケキョ!」
「ちょ、サト!? どうしたの?」
葉を激しく揺らし、丸い体をくねらすサト。
イーズはそれ以上抱えていられず、サトを地面に下ろした。
するとサトは叫ぶのをやめ、あっという間に森の中へと駆け出していく。
「くそ! やっぱりそうなるか!」
「追うぞ!」
「はい!」
木々の間や藪の下をものともせず、丸い体のサトは一直線に進む。
続く三人は同じルートはたどれず、少し大回りをして様子を見ながら追いかける。
ぴょこぴょこと木の間から見える特徴的な葉っぱと白い体が目印だ。
「あと二十秒であちらと合流します!」
「くそ! 下手したら攻撃されるぞ!」
俯瞰スキルでアイバーンたちの様子が見えるのか、フィーダの声に緊張が走る。
その瞬間――、
「ケキョーーーーー!!」
サトの声が高らかに響き渡る。
そして呼応するように、木々の奥から似たような声が返ってきた。
「クピョ!」
「ゲゲゲゲゲゲゲゲ!」
「ヂャーーーー!」
「コキョコキョ、コッキョ!」
「デュルデュルデュ!」
「ケキョ! ケキョ!」
賑やかな声に続き、最後にはサトの声が聞こえる。
無事、サトは仲間に会えたようだ。
フィーダの指示でイーズたちは走るのをやめ、開けた方へゆっくりと足をすすめる。
その先に見覚えのある大きな体と、数人の人影、それからサトの周りに集まる五体のシュガーマンドラゴラが見えた。
「ケキョ? ケッケ?」
「クゥゥゥーイ、ピョ!」
「ゲゲゲ! ググゲ!」
「ヂャンディヂャン、デョ!」
「コキョ! キョンッタキョ!」
「デュル、ペッポン、ペェーペ!」
「だあ! お前ら、うっせーぞ!」
「ウォードン、うるさいのは貴方です。可愛らしいじゃないですか、この姿!」
ウォードンに向かって物おじせず話す女性。彼女は土に膝をつき、シュガーマンドラゴラの様子を嬉しそうに観察している。
女性に対して失礼かもしれないが、アイバーンたちとあまり変わらない年齢、おそらく四十代半ばくらいだろう。
あと数歩で木々の間から出る、と言うところで別の方向から声が飛んできた。
「おお! イーズ、林の中から出てくると小ささが増すな!」
「うっさいよ、ポー! ちゃんと仕事しな!」
飛んできた声の方へ飛んでいく、イーズの体。
「また、あいつは……」
「よ、フィーダ、あのマンドラゴラは?」
「うちのイーズのペットだ」
「やっぱりか。あそこのシャロエラさん、デュリスさんの奥さんね、マンドラゴラに気に入られちゃって、ずーーっと一緒。今日は朝からどの子を連れていくかで揉めてんの」
「そりゃ仕方ないですよ。回復魔法大好き(ハート)だから」
「ああ、ハル。その情報、最初は半信半疑だったんだけど……効果はすごかった」
全く喜んでいない顔でアイバーンがため息をつく。
治癒師もなかなか個性的に見えるし、どうやら極秘任務は大変だったらしい。





