Side Story7: 不思議な集い
この話では下記の言葉が出てきます。
同担
同じキャラクターやアイドル等の人物を応援するファンのことを指す言葉。
同担拒否
同じ対象を応援する他のファン(同担)と交流を持ちたくないという姿勢を指す。
冒険者向け宿が連なる中で、一際多くの客が集う宿屋「賢者の食卓」。
以前から人気店だったが、最近新作が続々と登場し宿泊客の冒険者以外も食事に訪れるようになった。
夜が更け、明日もダンジョン攻略をする冒険者はすでに部屋に戻っている。
しかし五人の冒険者が座るテーブルはある話題で盛り上がっていた。
「今日も可愛かったなぁ、イーズちゃん」
「ボア鍋一生懸命食べてたな」
「口に入れた瞬間とろけた顔してたぜ。俺にあの顔を見せてほしいなぁ」
「おい、変態発言には気をつけろよ」
「なんだよ、お前らだってそう思ってるだろ。いやぁ、ミルクトードの串を食べてるのも可愛かったなぁ。トードだってのを考えなければ、あのアングルと表情は突き刺さるぜ。なんなら俺のを――」
「――誰の、ナニを?」
「あら、駄目よ、オーデリヤ。こういう輩は問答の時間ももったいないわ。即刻駆除よ」
「エレネ、それでは周囲に示しがつかないじゃないか?」
「大丈夫。そうよね、あなたたち?」
最後の発言をした男の後ろに立ったのは、C級冒険者のオーデリヤとエレネ。
エレネの視線を浴び石化していた四人の男たちは、彼女の言葉に激しく首を振って同意を示す。
しかし、オーデリヤの前に座った男はいまだに石化したまま。彼の両肩にはオーデリヤの両手が乗り、ギリギリと指先が見えないほど食い込んでいる。
他の四人の顔を見渡した後、エレネは歌うような声で続ける。
「イーズは可愛いわよ? あの子の可愛さを分かってくれるのは嬉しいわ」
「そうだな。ハルが言うには私たちは『同担』というやつだ。みな等しくイーズを愛でたいという思いを持っている」
いまだに力を籠め続ける指とは裏腹に、うっとりした表情で語るオーデリヤ。
彼女の言葉に、男たちも一同に顔をとろけさせて脳内でイーズを再生させる。
「でもね? 害虫はいらないの」
「そうだな」
一オクターブ低くなった声でエレネとオーデリヤが呟く。
メキメキと音を立てる肩に、もう失神寸前の男。
ついに耐えかねた男は絶叫と同時に謝罪の言葉を叫んだ。
「ぐああぁ、ごごごごごめめ、な、さあああい!」
「本当に反省しているのかしら」
「エッタさんに言って出禁にしてもらう?」
「そうねぇ、あなたたちはどう思う?」
脂汗と涙と鼻水を流す男を汚物の塊を見るようにしながら、エレネは柔らかな声で尋ねる。
その誘いに屈しそうになりながらも、四人の男たちは必死に仲間をかばった。ここで見捨ててしまっては、もう仲間としてやっていけないかもしれない。
罪を一緒に背負う覚悟を決め、彼らはエレネと対峙した。
「お、俺たちが更生させます」
「イーズちゃんのファンなのは確かなのです」
「せ、せめて、ボア鍋を食べる権利はく奪ぐらいで」
「そう、そうね。イーズの故郷の味をしばらく味わえなくなるのは妥当な罰かしら」
「角煮もだな。あれを食べてイーズを思い浮かべるのは至福の瞬間だ」
「ええ、華やかな笑みが浮かぶのは角煮ね。ボア鍋はもっと力が抜けたホニャっとした笑顔よ」
「そう! そうですよね! エレネさん! やっぱり少し違いますよね!」
「あら、あなたもわかるのね、あの違い。素敵な目をお持ちな方」
男の一人がエレネの言葉に食いつき、同じファンを見つけた喜びを満面に表す。エレネも同志発見に心動かされ、オーデリヤを見た。
「同担の語らい! いいねえ!」
「ええ、どうぞどうぞ。お二人とも!」
バタバタと椅子を動かしたりテーブルを綺麗にして男たちは女性二人を迎える。
こうして同担集会、つまりファン会合が始まった。
「お二人がイーズちゃんの成人の儀を整えたんですよね?」
「ハルに頼まれてね。兄馬鹿だからな」
肩を少しすくめながらオーデリヤは質問に答える。その答えに男性たちは納得したようにうんうんと頷いた。
「さすがハル。あの演出の裏で糸を引いていたとは」
「それでもってお二人に目をつけるところもすごいな。 やっぱ鑑定師」
「あら、本人に聞いたけど、明らかな悪人でない限り、鑑定を勝手にかけないのがポリシーらしいわよ。だから知らないで私たちに声をかけたのね」
「おお、そんなところもさすがだな。紳士だぜ、 ハル。くそう、悔しいがイーズちゃんの兄として認めてやる」
「お前に認められなくても兄だろ」
「ハルはエッタさんに聞いて、私たちなら信頼できると思ってくれたようね。そこはエッタさんにも感謝しないと」
「女将の観察眼は鑑定を超えるからな! 料理の腕もだけど!」
オーデリヤはそう言いながら野菜巻きに手を伸ばす。薄く切って茹でられたオーク肉で野菜を巻き、各種ソースでいただくというスタイルだ。
簡単かつソースや野菜の組み合わせでバリエーションも多いこの料理は、最近一般家庭でもはやっているらしい。
賢者が残したマヨネーズで食べるのもうまいが、ニンニクや唐辛子のペーストで食べるのも良い。なんなら両方の掛け合わせは素晴らしきマリアージュ。
攻略後はもっとがっつりがいい。だが食後の酒にはちょうどいいアテだ。
「あの服で歩いている姿は、伝説の妖精かと思ったな。照れた顔も可愛かった……」
「いいなぁ、あの日はダンジョンにこもってたんだよ。成人の儀と知っていれば残ってたのに!」
「ふふふ、そうねえ、今度一緒に出掛ける日がいつか知りたい?」
「おい、エレナ」
「いいじゃない、今度も可愛くするのよ? せっかく完璧に仕上げたイーズを見てもらいたいわ」
「それはそうだな。なんなら、次の髪型のリクエストあるか?」
「ハイハイハイ!」
手を挙げて野太い声で叫ぶ男。
うるさそうにしながら、オーデリヤはスティック状のニンジンを向ける。
「はい、どうぞ」
「前に一度見た、頭の横にちっちゃい団子がある奴がいいです!」
「ああ、ツインテールにするには長さが足りなくて、仕方なく耳横で団子にしたやつだな。ふむ」
「俺は、片方だけ編み込んだのがよかったな。見る角度で表情が違う」
「あれは私も好きよ。少しやんちゃな感じと、大人になりかけが入り混じったイーズそのものな髪型ね」
「ふん、確かにあれは評判がいいな」
これまでのイーズの髪型を思い出しながら、オーデリヤは次のヘアスタイルをどうするか考える。どうせならばイーズに似合う髪型がいいが、前と一緒なのもオーデリヤ的には納得いかない。
「あら、ハルだわ。珍しいわね、こんな時間に」
階段が見える位置に座っていたエレネが、降りてくるハルを見つけ声をあげる。
「たまに女将と料理の話をしてるぜ」
「そうそう。でも長くなりすぎるとフィーダが回収しに来るよな」
「フィーダが言うには、前変態に絡まれたことがあってイーズちゃんが心配するらしいぜ。そんなとこも可愛いよな」
「俺見たことある。階段の前で心配そうにしてたから、一度フィーダの代わりに呼んであげた」
「まじか! 直接話したのか!」
「へへん、いいだろう?」
イーズと話したことがあるという男は自慢げにグラスを掲げて飲み干した。
「ハル! 終わったらどうだい!?」
大きな声でオーデリヤが声をかけると、エッタと話していたハルは会話を続けながら小さく片手を上げて了承する。
「いちいちなんか育ちが良い感じだよなぁ」
「叫んで返さないところがな」
「前アイバーンとしゃべってるところで一緒になって少し話したけど、ありゃそうとう頭が切れるな」
「へぇ、どんなとこだい?」
「アイバーンも魔法使うだろ? 制御訓練の話してたんだけど、あっという間にコツつかんで、手の上で小さな竜巻作ってたぜ」
「まじか。すげぇ制御だな。あれ? ハルって水魔法じゃなかった?」
「あ、やべっ」
そう言った男は口を押さえ、見えている眼だけをきょろきょろ動かす。
「あらぁ、やっちゃったわね」
「まじか、トリプルかよ」
「兄妹そろってすげえなあ」
もう敵わないというように冒険者が脱力する。
「オーデリヤさん、お待たせしました。パーティーの皆さん以外と飲んでいるのは珍しいですね」
「フフフ、こいつらはな、同担というやつだよ!」
「……イーズのファンですか?」
ピクリと眉を動かし、周りにいる男性陣を順番に眺めるハル。
同担拒否はしないが、ハルはファンクラブ入会の厳しい審査員筆頭だ。
男たちは思わず脱力していた体に力を入れて背筋を伸ばした。
ハルはそのうちの一人の顔の所で視線を止め、記憶を探るように目を細める。
「……ああ、あなたは前呼びに来てくれた方ですね。イーズが感謝していました。ありがとうございます」
「お、おう。良かった。階段前で青い顔していたから心配だったんだ」
「まだちょっと階段は苦手なので、一人で降りようとしなくて良かったです。助かりました」
「まだ駄目かい?」
「大分良くなりましたよ。段数が少ない所は大丈夫です」
「最初のころの降り方も可愛かったけどなぁ」
「降り切った後のほっとした顔も可愛いよな」
口々に可愛いを連呼する男たちに苦笑しながらもハルは同意を示す。
「成人の儀の後、大分自分を素直に出せるようになりました。エレネさんとオーデリヤさんのおかげです」
「そうか? そうならいいけどね」
「未だになかなか本音を言わない意地っ張りは抜けないですけど」
「兄妹だからこそ意地はっちゃうんじゃない?」
「アタシも兄貴には絶対弱み見せられねえな」
女性二人からの意見にハルは頷きつつも反論を返す。
「故郷から出て二人きりなので、強くなろう、頑張ろうっていう気持ちは分かるんですが……もう少しだけでも力を抜いてくれたらって思うのはエゴですかね」
「それも分からないでもないけどね」
「でも、成人の儀はとりあえずいいきっかけになったんだろ?」
「はい」
「俺たちもあの後からのイーズちゃんは大分リラックスして見えるからな。笑顔も毎日輝いてるぜ!」
「それは良かったです」
ハルは安心したように肩の力を抜いた後、手にしていた器をことりとテーブルに置く。
「お、それはなんだい? 新作か?」
「エッタさんに頼んで作ってもらったんです。角煮の煮汁にゆで卵を漬け込んだやつです」
「ほう、美味そうだな」
「美味しくできてます。一個ずつはないですけど、切って分けて食べていただければ」
「いいのか!」
「おお! やったぜ!」
「新作に近いじゃねぇか!」
茶色に染まったゆで卵を不審そうに見ていたメンツも、切り分けられた卵を一切れずつ口に含む。
「何これ、本当にゆで卵なの?」
「そうですよ?」
「甘いけどうまいな」
「角煮の味だぜ」
「辛目の酒と相性が良さそうだな」
「うわ、一個全部食いたい」
「女将に定番で出してもらわないと」
目を輝かせて食べる冒険者たちに、ハルは朗らかな顔で料理の説明をする。
「これだったら残った煮汁を多少薄めても作れますし、角煮よりも手軽に同じ味を楽しめるので良いと思って。
塊のチーズを漬け込んでも美味しいし、ゆで卵よりも手間はさらに少ないですね。エッタさんの反応も良かったのできっとメニューに載りますよ」
そう言った後、ハルはイーズが心配する前に戻りますと告げて去っていった。
階段を上っていくハルを見送りつつ、冒険者たちはつぶやく。
「女将の美味い料理の陰にはハルあり、だな」
「あれで十五歳か。本当にしっかりしてんなぁ」
「イーズちゃんはまだ十二歳に見えるけどな。ギャップがまた可愛い」
「ん? ハルも十五歳?」
「そうだろ。確か八月に成人の儀を受けたって言ってたからまだ十五だな。それがどうかした?」
「イーズちゃんも十五歳だろ?」
「そうだな?」
「ってことは今同い年?」
「あれ?」
「え、それってつまり……」
「……おい、あんま触れない方がいいんじゃないか?」
「そ、そうだな」
「ハルも複雑な人生送ってそうだなぁ」
「俺はこれからも見守るぞ!」
誓いを立てて力強く頷きあう冒険者たち。
しかし、女性二人の発言が彼らを絶望に叩き落とす。
「ハルたち、あと一ヶ月でジャステッド出る予定みたいよ?」
「だな。冬が過ぎて成人の儀が終わったら移動って聞いてる」
「「「ええええええええ!」」」
その日、賢者の食卓で涙を流し悲嘆にくれる冒険者が続出した。
オーデリヤとエレナは想像以上の数の男たちが飲んだくれているのを見て驚いたが、女将は全く動じた様子も無く。
さすが、長年冒険者たちを見てきた観察眼。
隠れファンすら見抜いていたらしい。
何気にハルの評価が高いなぁ。
第二部第四章これで完結です。
明日からは第五章「新発見編」となります。
引き続きよろしくお願いします。





