3-10. 宝石
読んでくださりありがとうございます。
第二部第三章 最終話となります。
短いサイドストーリーを17時にアップします。
明日からは第四章「C級階層編」となります。
引き続きよろしくお願いします。
屋台から宿に戻る短い距離で、イーズは授かったスキルのことはどう言うべきかフィーダに確認を取る。
闇魔法と光魔法という組み合わせは常識的に無さそうだからだ。
「基本、スキルのことは直接的に質問されないな。数と一般スキルなのかくらいか」
「魔法スキルとか特殊スキルの場合には言わない?」
「言う奴もいれば、言わない奴もいる。ただ、イーズの場合は既に身体強化系のスキル持ちだということが噂されているから、それ以上の情報は出さないでいいぞ」
「身体強化が確定したと匂わせればいいってことですか?」
「ああ、それでいい」
フィーダの説明にハルとイーズ揃って頷く。
イーズの兄役であるハルにも探りが入る可能性はあるため、同じ答えを出せるようにしておくべきだろう。
「――前から思ってたんだが」
少し口ごもりながら立ち止まって、フィーダが話を切り出す。
「何か?」
二人で同じような首の角度でフィーダに聞き返す。
何だそのポーズは、と思いながらもフィーダは手短に考えを伝える。
「お前たちが兄弟設定なのは少し無理ないか?」
「なんで?」
「どうしてです?」
「ハルは八月頭の生まれだよな。で、今日は四月の頭。同じ母親生まれなら難しくないか?」
「難しい……」
そう呟いてハルが指で何かを数え出す。
その横でイーズは反対側に首を傾げた。
「……これは盲点だった。いっそイーズをめっちゃ早産の未熟児設定に」
そう言ってチロリとイーズを見る二人に、やっとイーズは話を理解して真っ赤になる。
「予定日より遅く生まれたらしいけど、健康優良児です!」
「ダメか」
「貴族なら腹違いはありそうだが、一緒に父親探しの旅には出そうにないな」
「それは無さそうですね」
急に降って湧いた難題に三人して暗い顔で頭を悩ますが、今はいい解決方法は見つからない。
「――今日は一旦忘れよう」
自分で言い出したくせに、最初に匙を投げたフィーダ。
ハルとイーズは恨めしそうな目で睨むが、自分たちも何も案が出ないので大人しくフィーダの言う通り忘れることにした。
年長者の言うことは従っておくべきなのだ。普段は気にもしていないが、重要なルールである。
ダンジョン攻略より早いけれど、休息日より遅めに帰宅した三人をエッタは嬉しそうに出迎えてくれた。
「イーズちゃん、おかえりなさい。成人おめでとう。ハル君もフィーダさんもおめでとう。これで一安心ね」
「エッタさん、ありがとうございます。えっと……気づいてました?」
「それは内緒。でも冒険者相手に宿屋長いことやってるからね、相手が言うまでは聞かないのがマナーなの。覚えておいて」
クスリと内緒話をするように声をひそめるエッタに、イーズはそれが彼女なりの許しだと気づく。
小さな声でありがとうございますともう一度告げると、エッタは彼女が作るパンのようなふんわりと温かな笑みを浮かべた。
「で、今日はご馳走だと思ったんだが」
「フィーダ、そんな食いしん坊だったっけ?」
「食いしん坊はハルだけで十分ですよ」
「え? 俺? イーズじゃないの?」
「ハルだろ」
「ハルです」
ハルのツッコミに、両側の凸凹コンビが示し合わせたかのように声を揃えた。
助けを求めるようにエッタを見ると、彼女はにっこりと笑う。
その笑みにホッとしたハル。
「さ! 食いしん坊のハルが餓死する前に料理を出すわね!」
一瞬で期待は裏切られた。
「こここここれ!」
「鶏か?」
「ピ、ピ、ピ、ピザ!」
「雀か?」
「「フィーダは黙って!」」
エッタが運んできた料理の中にあったのは、なんと、この世界では初めて見るピザ。
薄くカリカリに焼かれたクラストの上に赤い絨毯。その上に広がる白い柔らかなパールの煌めき。トマトとチーズの背徳的な重なり。
さらにその上に、冒涜的にも不遜なたたずまいを見せるオーク肉の厚切りベーコン。そしてそれに数で挑まんとする色とりどりの野菜の群れ。噛み砕いてしまうには惜しい戦いが口の中で繰り広げられる。
「ぐうううう! エッタさん、天才!」
「はふっはふっ! くううう、ビールが飲みてえ!」
「ん、美味いな。パン生地とは違うのに、しっかりと噛みごたえとボリュームがある。上のソースも酸味とチーズの濃厚さのバランスがいいし、具材で全く味が変わりそうだ。まさか丸く薄いパンが出るとは思わなかったが、賢者のレシピとは素晴らしい」
「フィ、フィーダがグルメ記者みたいになってます」
「宝石箱とか言い出したら、何者かの憑依を疑おう」
「宝石箱がどうした?」
「こっちの話です」
「気にしないで、ピザを楽しもう」
エッタの話ではまだ試験的に作っていて種類は無いが、これから具材の組み合わせを研究していくらしい。
ハルとイーズは候補になりそうな具材を頭の中で思い浮かべながら、今は目の前の宝石、いや、ピザを堪能することに五感全てを集中させることにした。
夜、風呂も終わって部屋でくつろぐイーズの髪をハルが乾かす。
「編み込み取れちゃったな」
「解くの大変でしたね」
風呂に入る前の三人の騒動を思い出し、イーズがクスクスと笑う。
イーズの髪の毛はあまりに細かく編み込まれていて、ハルとフィーダが二人がかりで解いた。イーズも手伝おうとしたが、何しろ自分の頭は見えないので仕方なく声援を送り続けた。だがイーズ渾身の力作「ジャステッドマンのマーチ」は残念ながら二人には不評だった。武器がミルクトード串だったのが敗因だろう。
ハルは元々イーズの髪を乾かしてくれていたが、フィーダは最初触れるのも躊躇していた。彼の太い指があまりに慎重にイーズの髪を解く姿は、大型のクマが戯れる姿を思い起こさせた。
「……髪の毛、一度オーデリヤさんに相談してみる?」
「カットですか?」
「そう。できれば俺の髪も切ってもらいたい」
「明日、フィーダに聞いてみましょう」
「そうだな」
二人ほぼ同時にボスンっとベッドに倒れ込み、長かった今日を思い返す。
「闇魔法……ぷぷぷ」
「うるさいですよ」
「少しは何か試した?」
「まだです」
「光魔法は?」
「まだです」
「え〜、なんでさ〜。早く魔法少女やらないと。せっかくステッキもあるんだからさ」
「ステッキって……杖と言ってください」
そう言いながら、バングル型にしてから今まで一度もその役割を果たしてこなかった杖を元の松葉杖に戻す。
ハルの鑑定によれば、魔法の威力を高める効果があるはずだ。
「杖は杖でも松葉杖……ぷぷぷ」
「うるさいですよ」
再度バングルに戻して、イーズがハルに尋ねる。
「魔法は楽しいです?」
「楽しいよ。今ちょっとやってみたい事あるんだ」
「へー」
「聞いてくんないの?」
「タメシタイコトハナンデスカ?」
「え〜、仕方ないから教えようかなぁ。なんと! 水魔法と風魔法を融合させて、雷魔法を作りたいのです!」
語尾にババーンとつけながら、ハルは重大発表をしたかのように得意気な顔をする。
「雷魔法?」
「うん。何となくできそうなんだよね。パチっとなら出る時あるんだ。思った場所に落ちないのが難点だけど」
「うまく制御しないと、フレンドリーファイヤ起こしそうですね」
「それなんだよな。イーズの魔法を試すのにダンジョンいくだろ? どっか人があまりいない場所で特訓したいな」
「それも相談ですね。攻略日に、半分を訓練に充てさせてもらうとか?」
「休息日に、攻略はしないけどダンジョンに行くってありかな?」
「それは、休みの日にも会社に行かないと死んじゃう人みたいで嫌ですね」
「ぐあ! 日本人気質がここに!」
撃たれた人のように胸を押さえて喘ぐハルに、イーズは人差し指の煙を吹く仕草をしてみせる。
「明日は休息日ですよね?」
「そうだな。予定としてはイーズのギルドカードとランクの更新。資料室で闇魔法と光魔法の基本情報を集めること。あとはいつも通りにヒロとタケのところに行って乗馬訓練かな」
「その乗馬訓練を明日はスキップして、少しだけダンジョン行けますか?」
「ん? 魔法試してみたい?」
「そうですね。午前に情報を揃えたら、午後少しは試し打ちしてみたいです」
「了解。それも明日フィーダに相談だな」
「ありがとうございます」
横になったまま、ハルの顔を見て感謝を伝える。
その瞬間のハルは、いつもよくできましたと言っているようで胸がざわつく。
「――ハルは、日本でもお兄さんでした?」
「分かる?」
「髪を乾かすのが手慣れているので」
「下に妹がいて、いつも下僕のように扱われてた」
「下僕って……何歳差?」
「七歳。だからワガママ言われても怒れないし。腰まである長い髪が自慢で、切っちまえって言ったら太ももに大きなアザができるくらい蹴られたよ」
「それは怖い」
「めっちゃ怖い。二十歳になったらすぐ結婚して海外行っちゃって。で、子供ができたら、あんなに大事にしてた髪をイーズくらいにバッサリ。母親なんだなって思ったよ」
「強いなぁ。いいな、ハルみたいなお兄ちゃんがいて」
「そうか? 本人は絶対そんな事言わないな、きっと。それに――」
ハルは言葉を止めて、目を細めてイーズを見つめる。
不思議に思ってイーズも見返すと、ハルが続ける。
「高田遥の妹は、結婚して家を出て、今は旦那と子供があいつの家族。
――この世界のハルの家族、たった一人の妹なのはイーズだから。それはちゃんと覚えておいて」
茶化すでもなく、強く声を出しているわけでもなく。
ただ事実を告げる声が、スッとイーズの中に染み込む。
今まで飲み込めなかった何かが喉を伝い落ちて、血液の一部になって身体中に運ばれていく。
「――うん。うん、しっかり覚えた」
「よし。じゃ、寝るぞ」
「はい。おやすみなさい」
長かった一日が終わる。
周りの人にたくさん祝福されたイーズは、今日本当の意味でこの世界の一員になれた気がした。





