3-5. 贈り物
少しずつ季節は春になり、ベッド上部の窓から入る陽が眩しい。
イーズが起き上がって伸びをすると、隣でも同じようにハルも起きてきた。
「おはよう、イーズ。それと誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。それとおはようございます」
イーズの変な挨拶に、ハルは少し空気だけで笑って朝食へ行く支度を始める。
イーズもそれに倣って、一旦はいつも通りの格好に着替える。
「おう、早いな。おはよう」
小部屋からフィーダも出てきて揃ったので、みんなで部屋を出る。
「――ハル」
呼びかけると、階段の前でハルが後ろを振り返った。
「今日は、手だけでいけそうな気がします」
「そうか? 怖くなったらすぐ言えよ」
そう言いながらハルが左手を伸ばすので、イーズは右手をその上に重ねた。
ゆっくり、一段ずつを確実に二人で降りる。
踊り場で一旦二人を待つフィーダも、どこか緊張した面持ちで見守っている。
「――ふぅ、時間がかかってすいません」
なんとか一階まで降り切ったイーズが少し力を抜くと、横にふらつきそうになるのをハルが支える。
「大丈夫。大きな成長だ。宿は段数が多いけど、ダンジョンはもっと少ないからきっとすぐだな」
「そうだといいです」
「おし、じゃあ出かける支度もあるし、とっとと食うぞ」
「「はーい」」
ハルがいつもの席に向かって歩き出すと、視界にケニスのパーティーのテーブルが入った。
後ろのイーズを少し前に押し出し、ハルは手振りで「支度をお願いする」と伝える。イーズも軽く会釈をすると、女性二人組が歓声を上げた。
その様子にイーズは少し驚きつつも、恥ずかしそうにはにかんでハルを見上げた。
良かったなとハルがイーズの頭をぐしゃぐしゃにしながら、二人はやっと朝食につく。
「フィーダさん、ハル君、イーズ君、おはよう。イーズ君にはおまけ付きよ」
そう言いながら各自の前にエッタが朝食プレートを並べていく。
イーズの前に置かれたプレートはいつもと変わりないように見え、イーズは少し首を傾げる。
「ふふふ、食べてのお楽しみ」
本人が楽しそうに言って、配膳を終えて調理場に戻っていく。
「なんだろうな?」
そう言ってハルもイーズの皿を覗き込むが、何も不思議な点は見つからない。
いつものサラダ、オーク肉のベーコン、スクランブルエッグとバターたっぷりのパン、それに日替わりスープ。
「とりあえず食べてみます」
一つずつ、いつもと何か違うのかゆっくり確かめて食べていくがなかなか分からない。
まだ温もりの残るパンに手を伸ばし半分に割ると、濃厚なバターの香り以外に甘い果実の匂いが立ち昇る。
「あ、ジャムとクリームが入ってます」
「赤と白でめでたいな」
「色がめでたいのか?」
「そうそう。赤と白の組み合わせが特にお祝い事に使われるんだよ」
「エッタさんは知らないと思いますけど、ジャムは美味しいです。苺に似てますね」
「季節物の果物かな? 後でお礼をしながら聞いてみよう」
「買い占めはやめろよ」
「「はーい」」
返事だけはいつも良い二人に呆れながらも、フィーダがイーズを心配そうに見つめる。
「なんです?」
「いや、女神様に追い返されないかと思ってな」
「追い返される?」
「ああ、心が整ってないとか、色々な理由でスキルをもらえないことだよ。――イーズの場合は、本当に年齢が合ってるのか、女神が疑うんじゃないかとな」
「しっつれいな!」
「大丈夫じゃないかな? あの方もイーズの成人の儀のタイミングは知ってらしたし」
「そうか、ハルがそう言うならいい」
「良くない! 全く良くないです! フィーダ、仲間には信頼が必要です」
「ああ、だから年齢詐称はやめた方がいいぞ、イーズ」
「え? こっちにそれ言う?」
まさかフィーダに反撃されるとは思わず、固まるイーズ。
その様子をハルは楽しそうにみているだけで止めようとしない。
「フィーダめ。覚えていなさい。女神様に何かすっごいスキルもらって、『イーズ様、ごめんなさい。俺が悪かったです』って謝らせてみせます」
「なんだよ、そのすっごいスキル。気になる」
「俺も気になるぞ。是非言ってみたいもんだ、そんなセリフ」
「くううう! 悔しい! パン美味しい!」
悔しいながらも口に含んだパンが美味しくって、イーズは思わず声を出してしまう。
もうなんでもいいや、と思いながらいつも通りよりも少し特別な朝食セットを心ゆくまで味わった。
食堂を出る前に、ケニスたちがいるテーブルに二人で挨拶に行く。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「おはようございます。あの、服を選んでくださったそうで、ありがとうございました。とても嬉しかったです。
エレネさん、オーデリヤさん、今日はよろしくお願いします」
最後は女性冒険者の方にペコリとお辞儀をすると、二人から楽しそうな声がかかる。
「いいのよ、私たちも楽しませてもらったんだから」
「ずっとイーズを着飾らせたいってエレネは言ってたしな。今日はこっちも楽しませてもらうよ」
女性らしいエレネと、豪快で姉御っぽいオーデリヤはとても良いコンビだ。
いつもシャワーの前後で顔を合わせた時に、イーズに声をかけてくれていた。もしかしたら男装しているイーズを気遣ってくれていたのかもしれない。
イーズの胸がポカポカと温かくなって、頬を染めて二人に笑いかけると、二人が悶え出した。
「これは、危険!」
「ハル! お前頑張れよ!」
「何をですか……ほら、先に部屋で支度してますね。いつでもいらしてください」
「待ってます」
「またね」
「またな」
二人以外のパーティーメンバーもハルたちに手を振ってくれたので、そちらにも挨拶して部屋に戻る。
先に部屋に戻っていたフィーダに扉を開けてもらい中に入ると、さっきまではなかった花束がベッド横のテーブルに置かれていた。
「女の子供には家族が花を準備するんだ。男には短剣が多いがな。イーズ、成人おめでとう」
「……フィーダ、ありがとうございます」
照れ臭そうに説明するフィーダに、イーズも涙声でお礼を伝える。
これを頼んだのは実はハル。二人の保護者役をしてくれているフィーダが花を贈るのが、一番良いと思ったからだ。
最初は「恐れ多い」とか訳の分からないことを言っていたフィーダだったが、「だったら花なしでイーズに儀を受けさせるのか?」と言うハルの言葉に腹を括ったようだ。
こんな時、やっぱり現地人の機微がいまいち理解できない。
そうぼやきながらも、花束を前にして照れあっている妙な空気の二人にハルは声をかける。
「ほら、さっさと支度するぞ。フィーダの部屋を俺は借りるから、イーズはここ使いな」
「俺は下に先行ってるな」
「ありがとうございます」
フィーダが廊下へ出て、ハルが小部屋へ入っていくのを見送ってから、イーズも素早く昨日もらった袋を取り出して、中身を広げる。
ベッドの上に広がった薄い青のワンピースにいつまでも見惚れていたいが、生憎そんな時間はない。
この世界ではまだファスナーはないのか、四苦八苦しながら背中や脇の小さなボタンをとめていく。
濃い青色のカーディガンを羽織り、薄手の靴下の上に革のショートブーツを履く。
ずっとスニーカーを偽装で誤魔化して使っていたので、この世界の履き物は初めてだが、靴紐で調節すれば長く履けそうだ。
――大事に使おう。
最後に紐をキュッと結び、ゆっくり立ち上がる。
膝下に広がるスカートの感触がなんだかこそばゆい。
スカートは七月の終業式以来。
意味もなく膝を揺らして、サラリサラリと揺れる緑の縁取りを眺める。
――コンコン。
「支度できたか? そっち行って大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
カチャリとドアが開いて、奥からハルが出てくる。
その姿を見てイーズは目を見開く。
ハルは薄い青のシャツに、カーキのスラックスを履いている。
着ているものは違うが、似た色味が使われている。
これが噂のリンクコーデと言うやつだろうか。
「おそろい?」
「エレネたちに勧められてな。若干照れ臭い」
そう言って頬をゴシゴシと擦るハルは、少しくすぐったそうな顔をしてイーズを見た。
「うん。似合ってる。靴とかのサイズは大丈夫だった?」
「ピッタリです。姿見がないから、全体は見れないので残念です」
「それならタブレットのカメラで撮ってやるよ」
「あ……」
「ん? どうした?」
子供っぽいお願いをしそうになって、イーズは少し口ごもる。
ハルは気にした風もなく、イーズの次の言葉を待つ。
「せっかくなので、支度が全部終わってから見たいです」
戸惑いつつもそう告げたイーズに、ハルは朗らかに笑ってタブレットをしまった。
「そりゃそうだな。もうエレネたちも来ると思うから、俺はどうしようかな。食堂で待てばいい?」
「そう……ですね。お願いします」
「もう一回戻ってきて、写真を撮るよ。流石に食堂では無理だからな」
「めんどくさい事させて、すみません」
「馬鹿だな、全然だよ。知ってっか? 女子の成人式の着付けって、早いところだと朝三時、四時とかから始まるんだぞ」
「え……嘘」
「マジマジ。それでフォトスタジオ行って家族と写真撮って、成人式出て集合写真撮って、それから会場の外で友達と写真撮りまくって、家帰って着替えてオールとか。若いね〜。
もう、男も女も一日に何枚写真撮る気だよってくらい撮るんだから。イーズの写真一枚二枚なんて、もう全然手間じゃないし。それより主役なんだぞって顔しとけ」
「そ、それは集団心理じゃないかなと。でも、後でハルも一緒に入ってくれるなら、いっぱい撮ってください」
「俺も?」
「できれば、タイマーでフィーダも入れて」
「そっか。こっちの家族写真だな」
ハルの言葉にイーズがにっこりと笑った時、廊下側の扉がノックされた。
「エレネさんとオーデリヤさんです」
「了解。じゃ、またな」
「はい。ありがとうございます」
後ろ手でヒラヒラと手を降り部屋を出ていくハルに、イーズは小声でもう一度、ありがとうと呟いた。
この設定を受け入れられないと判断する方もいる中、貴重な時間を使って引き続き読んでくださる皆様に心から感謝します。
少しでも楽しんでいただける話を書けるように頑張りたいと思います。





