1-1. 名折れ
本日より第二部 タジェリア王国編の第一章「辺境探索編」となります。
前日は本編とサイドストーリー、登場人物一覧をアップしていますので、読み飛ばしにご注意ください。
異世界旅の真実を詳細に語っていったらキリがないし、需要もない。
軽い気持ちで読み始めた小説が、異世界でのきつい、汚い、危険な3K生活を延々と語られたらうんざりしてしまう。
一番初めに浄化魔法やクリーンといった魔法をラノベに登場させた作家は、きっとそんな部分をサクッと飛ばしてストーリーに入りたかったからに違いない。
日本人誰もが温泉好きだなんて激しく偏った意見を主張したりはしない。だが、毎日お風呂に入れる環境というものは日本人を安心させるだろう。少なくとも、イーズとハルはそんな日本人代表だ。
そんなことを、イーズは湯船に浸かって夜空を見上げながら考える。
「おーい、イーズー」
「はい」
「そろそろ、どう?」
「まだです」
「もういい加減出たら?」
「もうちょっとだけ」
「りょーかい。じゃ、湯冷めだけはするなよ」
「分かりました。お湯、ありがとうございます」
「いえいえ。湯口ガエルの本領発揮でございます」
「ゲロゲロゲ〜?」
「ゲロゲロゲー」
クワックワックワッと歌いながらさっていくハルの足音を聞きながら、イーズは辺りに立ち上る湯気とその奥に広がる深い森の景色を楽しむ。
ラズルシード王国国境都市アブロルを出て既に二週間。
二人は馬車にも乗らず、ゆっくりと気ままな旅を楽しんでいた。
それはタジェリア王国側の国境都市滞在二日目の午後、ジャステッド方面の乗合馬車を探していた時だった。
ハルが馬車受付である情報を入手してきた。
「秋祭りですか?」
「そうそう。満員馬車が同じ方面にいっぱい出るから聞いてみたら、こっから二日のとこの街で秋祭りやるんだって。ちょうど明後日から」
「二日かかる距離の街で明後日から……間に合いますかね?」
「今から行けばなんとか? どうする?」
「これを逃したら来られないかもしれないですよね?」
「秋祭りといえば豊穣祭」
「祭りといえば美味しいご飯」
「イーズ、行くぞ」
「はい、行きましょう」
そうやって意気揚々と着いた馬車乗り場で、二人は現実は非情だと思い知らされる。今日の便はもうすべて出てしまっていたのだ。
明日の朝出る便では祭りに間に合わない。
まっすぐ延びる街道をゆく馬車の後ろ姿を、二人は恨めしそうに眺めた。
「馬車乗れませんでしたね」
「そうだなぁ」
「この道をまっすぐだそうです」
「そうだな」
「並足の馬で二日の距離だそうです」
「そう、だな?」
「おハルさん」
「……何でしょう、イーズや?」
「乗ってください」
「やっぱ、そうなる!?」
「もちろんです。ハルの恥をとるか、祭りをとるか。答えは一目瞭然ペンペカパンです」
「なんだよ、ペンポコパンって」
「つべこべ言わず、ご乗車ください」
「分かりましたよ、車掌さん」
隠密で気配を薄くしながら道の端により、それぞれダミーの荷物をマジックバッグにしまう。
ハルに背を向けて、やや前傾姿勢をとるイーズの後ろ姿を見ると、ハルは複雑な感情にかられる。
華奢な首も、薄い肩も、こちらに向かって後ろ手で伸ばされた細い腕も。
――本当、俺が乗ったら折れちゃいそう。
「――ハル?」
「では、安全運転でよろ」
「大丈夫です。乗客がいる際はマックススピードの八割超えないように努力してます」
「だからそれが怖えぇぇぇぇぇ!」
恥だけじゃなくって、シートベルトなしのジェットコースターも嫌だ、というハルの心の叫びはイーズに届かない。
だって、心は誰も読めないんだもの。
街道をゆく馬車の妨げにならないよう、速度を落としたり道の脇によけたりしながら、道程の三分の二を一時間ほどでイーズは走り抜けた。
これまで一分に満たない時間しかスキルを使っていなかったため疲労を感じたことはなかったが、流石に一時間は疲れる。主にハルを背負った腕が。
仕方なくイーズは隠密をかけたまま街道脇の林に入り、ハルをその場に降ろしてから両腕をプラプラさせる。
「足より先に腕が疲れるとは思いませんでした」
「そもそも瞬足ってスキルなのに、俺を背負えるっておかしくない?」
「足に合わせて他のパーツも強化されるんだと思います。例えば、視力がそのままだったら障害物を認識できずにぶつかっちゃうかもしれません。
それに下半身だけ先に行って、上半身が取り残されたらホラーでしょう?」
「それは怖いからやめてくれ。まぁ、理由には納得だ」
「それを今の今まで突っ込まなかったハルに感心します」
「前にめっちゃでっかい像を担いで耐久テストやってるの見たことあったからな。俺ぐらい行けるとは知ってた」
「ああ……鍛錬場にあった騎士像ですね。後で像が動いたって大騒ぎになったやつ」
騒ぎの後、王城の鍛錬場には悪鬼ではなく、怪力自慢の将軍の幽霊が出たという噂が広まった。
イーズとしては完全に黒歴史である。
若干遠い目をしつつ、身バレしていないだけいいかと呟きながら、イーズは残る街道の距離を確認する。
瞬足を使えば三十分ほどで街に着くが、着いたとて今日の宿は見つからない可能性が高い。
街道脇での小休憩後、軽めの荷物を背負い二人はとりあえず歩いて進むことにした。
「前よりだいぶ体力ついた気がする」
「冒険者として持久力は必須ですよね」
「走り回るイーズより俺のが先にへばったら情けないよなぁ。でもやっぱ現役バスケ部員は持久力もあるし、体のコントロールがすごいって」
「……元バスケ部員ですよ。もうバスケは出来ないから、他に打ち込むこと見つけないといけませんね。ダンジョン攻略も、始めてみたら楽しいかもしれません」
「ま、それで合わなかったら次を探せばいいさ」
「そうですね」
二時間ほど歩き、日が暮れる前に休める場所を探す。
隠密があれば人にも獣にも見つからず休めるし、マジックバッグには各種食料や飲み物が揃っている。必要なのは寝床だけだ。
今日は仕方ないので、地面に馬車旅の時にも使った毛布などを敷いて過ごすことにする。
小鍋でラーメンを作りながら、温めた麦茶を飲む。
そろそろ外での夜営は辛くなる季節だ。後から来るフィーダは大丈夫だろうか。一人で無理していないだろうか。
イーズはパチパチと音を立てて燃える焚き木を見つめながら、ガラガラ声を懐かしく思い出す。
「ジャステッドではダンジョンで長期過ごすための装備がいっぱいあるだろうから、それで少しずつ揃えていくか」
「それもそうですが、そのうち検討したい事があります」
「何を?」
「容量無限大のマジックバッグ、もしくはアイテムボックスなどの異空間スキルを持った主人公あるあるです」
「水とか岩とかで物量攻撃するあれ?」
「不正解。今は寝泊まりの話です。と言ったら一つしかないでしょう」
「寝泊まりの時のマジックバッグ……ベッド? いや、キャンピングカーとか小屋か!?」
「その通りです。居住空間をそのままマジックバッグに入れる。旅をしながらでも休める夢の“マイホーム”です」
「イーズ、俺……」
「はい」
「くそっ、なんで気づかなかった!」
「厨二の名が泣いてます」
「厨二じゃねえけど! あーくそっ!」
「下は林の奥でお願いします」
「そっちのくそじゃないけども! 気づかなかったの悔しい!」
「ラズルシードでは目立たないように、乗合馬車を使うのは必要でしたけどね。フィーダが合流すれば、人目がない場所では行けると思います」
「確かに。んん? ちょっと待て、イーズ、もしかしてあの桶って」
何かに気づいて勢いよくバッとこちらを見るハルに向かい、イーズは口の端を斜めに上げてみせる。
「流石に分かりました?」
「イーズ! お前、すげーな! あれ風呂だろ?」
「大正解」
そう、イーズは酒屋であの大桶を見つけた時、もしかしたら浴槽として使えるかもしれないと思ったのだ。
この世界に来てから二人のお風呂事情はガラッと変わった。王城及び王都では基本シャワー。お金を出せば風呂付きの部屋、もしくは共同風呂がある宿に泊まれたかもしれないが。
さて、これが旅の間はどうなのか。桶と水、以上。
イーズはいい加減風呂に飢えていた。召喚直後の暑い日はぬるい湯に浸かりたかったし、最近少しずつ寒くなってくると温かい湯船でほっとしたかった。
だからあの酒屋で大きな桶を見た時、そしてそれがもう使われていないと知った時、絶対に手に入れたいと思ったのだ。
ハルがもう一度桶を見てみたいというので、広さがある場所に移動して桶を二つ並べて出す。
出してみるとやはり大きい。イーズがすっぽり入ってしまう高さだし、両手を広げても端まで届かない。
「使えそうでしょうか」
「分からない。今夜この中に水を溜めて、朝どれくらい減ったか確認しよう。風呂入っている間にドバドバ漏れなければ、ある程度は許容できると思う」
「確かに。それと高さはもっと低くできるでしょうか」
「うーん、百六十センチはあるか? イーズは完全に溺れるなぁ」
「ハルもゆったりつかろうと思ったら沈むでしょう? そこまでお湯を入れなければいい話なんですけど、前を見たら桶の壁ってのは嫌です。そもそも入りにくいです」
「だな。普通、風呂ってこの三分の一くらいの高さか?」
「多分? できれば一部、背もたれ側は目隠しのために高さを残して、残りは低くするってどうでしょう?」
「なるほど。イーズ、お前、アッタマいいなぁ。高いとこに服とかタオルを引っ掛けておいたら、出るときに着替えもしやすいな」
「改造計画を書き出しましょう。あとはどこかに加工を頼む必要があります」
「それはおいおい考えよう。とりあえず今夜は軽く洗ってから、中に水を溜めておくよ」
「お願いします」
おっ風呂、おっ風呂と節をつけて歌いながらハルがジェットホースよろしくドバドバと水を桶に注いでいく。
イーズは周辺の土地の高さを確かめ、万一水が漏れても今夜寝る所には流れてこないことを確認する。
「寝てる間に浸水ってことにはならなさそうです」
「了解。こっちも十分な量は入れておいた。明日が楽しみだな」
「はい。優雅な可動式マイホームへの第一歩です」
「寝室でもキッチンでもなく風呂ってとこが」
「らしいでしょう?」
「だな」
林の中、どどんっとたたずむ大きな桶を前に、二人は満足そうに頷きあった。





