[二五]変事の後日談が、美辞麗句で語られるとは限らない
堂嶋潤一はあのまま廃墟に放置した。
雨も降ってないし、一晩中失神していても、命に別条なかろう。
風邪はひくかもしれないが、悪因悪果だ。鼻水垂らして罪を悔いるといい。
僕は単独での歩行もままならず、ひまわりに肩を貸してもらい、ほうほうの体で帰宅。
救急車って選択肢もあるにはあったと思うが、『健康保険が適用されないかも』というけちくさい考えから、いったんホームへ戻ることにしたのだ。
飛び出したまま病院送りじゃ、あやめ姉さんが心配すると思ったし。
安心させる意味で直帰した自宅だったものの、むしろ混沌のるつぼと化した。
「あぁ、なんてこと」
血染めのシャツの袖を目撃した母、岬さんは玄関で卒倒。
「輸血します。どうぞ私の血を使ってください」
あや姉はその場で僕へ、己の血液を提供しようとした。
ちなみに姉と僕は血液型が異なるので、輸血すると拒絶反応が起こる。それを失念するほど、僕の有り様が衝撃映像だったのだろう。
ルミちゃんに至っては、
「よくもめぐ兄、殺したな。しゃーんなろー」
ひまわりに飛びかかる始末。
妹にしたら、僕はすでにして亡き人扱いだ。
同性の男として実の父がいたわってくれたかというと、そんなこともない。夜間病院へ車を出してくれたものの、横目でチラ見して言うのだ。
「座席のシート、汚してくれるなよ。血がついたら落としにくいし、車中で人殺しをしたみたいになるからな。『殺人鬼の息子』と後ろ指さされて、人生棒に振りたくないだろ」
実の子の病状よりも愛車の清潔感を気遣いやがる。
むかっ腹ったらない。わざと血をこすりつけてやろうと思ったくらいだ。
僕は精神年齢アダルトなんで、やらなかったけどね。
『そんで、ケガの具合はどうだったんだい』
僕のケータイの受話口から、男口調の声色が聞こえた。
「ああーと。夜間病院の外科で診察してもらい、何針か縫うことになったよ。全治二週間。合気道の大会にも支障ないかな。『傷跡残るかもしれません』と医者に言われたくらい」
僕は三角巾でつるされた左腕に視線を落とす。
『ま、命がけで女を守った「名誉の負傷」みたいなものっしょ』
「身をていしたのは事実だけど、命までかけたかな」
『巡くんも心根が湾曲しているね。肯定しておけば、君の点数アップにつながるのに』
「そりゃ相手によりけりだろ。僕は〈ASEAN〉で点数稼ぎして、出世したいわけじゃないし」
通話相手は、かの組織を牛耳る高二ということ以外、素性の知れない女子だ。
『なかなか至言だね。にしても、くっくっく。巡くんのファミリーって、粒ぞろいだな。マジ天使のあやめ様の天然ぶりは言うに及ばず、ルミちんのリアクションが秀逸だ』
『ルミちん』という呼び方に違和感を覚えたものの、黙殺することにした。
「笑いごとじゃないって。妹はひまわりをターゲットにしたはずなのに、スクールベストが引き裂かれているのを見て、僕を攻撃しだしたんだから。僕がひまわりを襲おうとした揺るがぬ証拠だ、なんてわめいてさ」
『あっはっは。ぜひリアルタイムで拝見したかったな』
彼女はどうやら笑い転げているらしい。
僕としては、ちっとも愉快じゃないけれど。
「報告は以上だよ。もう切っていいかい」
『巡くんは相変わらず早漏だな。いや、早計の間違いだった。すまんすまん』
一ミリも誠意が伝わってこない。ガチャ切りしてもいいかな。
『ところで巡くん、クドーたんと親密になったみたいだね。「雨降って地固まる」とでも表現すべきかな』
「親密とか、なんのことだか身に覚えないけど」
『だって彼女のこと「ひまわり」と呼んでるじゃないか。ボクと一度目に通話したときは「能登さん」だったろう』
記憶力いいな、こいつ。
「成り行きっつー感じだよ。思ったほど関係は進展してない」
『おやおやぁ、あわよくば〝吊り橋効果〟なんぞ期待したのかな』
「う、うるさいです。ってゆーか、君のせいで、ひまわりとトラブったんだからね」
『ほぅほぅ。ぜひとも拝聴したいね』
「ひまわりを救出後、一部始終を連絡してくれって依頼されてたじゃん。腕をケガして、しんどかったんで、『先延ばしにするから』と一報入れたの、覚えてるかな」
『無論さ。だから巡くんは身辺が落ち着いた今日になって、ボクに電話をくれたんだろう。どこにも波乱の予兆はないと思うがね』
「ところがあの夜電話を切ったあと、ひまわりがへそを曲げたんだ。『また新しい彼女』とか、いちゃもんつけてきてね。負傷者である僕の耳、つねるんだぜ」
ぷっくく、と電話の奥で笑い声が聞こえた。
『傑作だ。クドーたん、案外ヤキモチ焼きなんだな』
「ちゃうちゃう。先々を深読みした挙げ句、しなくていい曲解しているだけなんだよ」
『そして君が、周囲をやきもきさせる諸悪の根源、っと』
「あんたまでそれを言うか。僕は各方面から被害をこうむってるけど、〈ASEAN〉がワーストスリーに入ることは一目瞭然だからね」
『巡くんの天敵でありたい、とは思っているよ。ただ』
それっきり、彼女は黙りこくってしまった。
電波の受信感度が悪くなったのかと思ったけど、三本立っている。
「おーい、居眠りしちゃったんじゃないよな」
『ああ、ささやかな悪巧みをね』
『悪巧み』とぶっちゃけてしまう辺り、どうも憎めないんだよな。
『ねぇ巡くん、クドーたんの憂慮通りになっちゃおうか』
「あのーもしもし、話のリンク先が不明なんですが」
『巡くんはそっち方面、とんと疎いものな。そしたら語弊が生じないよう言うよ。ボクと交際しないか、って意味さ。もちろん男女の仲として、真剣に』
ぶはっ、と僕は空気を吐き出した。
口内が水分で満たされていたら、さぞや見事な虹がかかったろう。
「色仕掛けにしたって、あからさまだぞ。あんたは百合属性だろうが」
『君は健忘症だな。ボクは「二刀流」と自己申告したはずだぜ』
「だとしても、僕はあんたらの賞金首だ。それがどうして交際に発展する」
『リーダーのボクがこの身を捧げることで、メンバーが救われるなら安いものと思ってね。尊い自己犠牲の精神、ってやつだよ』
「詳しく説明求む」
僕は額を指で押し、晴天を仰いだ。
白い雲が心地よさげに上空を漂っている。
『巡くんがボクに首ったけになれば、あやめ様は弟にご執心じゃなくなるだろう。団員にとっては悲願に等しい』
「姉から引き離すために、僕と付き合う? 話にならないね」
『もう一つ理由があるとしたら、ボクは有言実行の人間に好感を持つってことかな。君はクドーたんを助け出すと請け負った。宣言通り成し遂げた男の子に、女子としてキュンとくることは、そんなにも不可思議なロジックだろうか』
「あんたがどこにでもいる女の子だったなら、いくらか真実味あったかもな」
『ボクが普遍的な女子じゃない、とでも?』
「ああ、ただ者じゃない。いいや、食えないやつと言うべきかも。そんくらいのタマじゃなきゃ〈ASEAN〉なんつー変わり種グループ、統率できないんだろうけど」
『女子相手にする褒め言葉にしちゃ、いささか味気ないと思うんだけど。あとボクたちがまるきり「変態集団」みたいな語りぐさだね。グサッとくるよ』
今のはダジャレかオヤジギャグの部類だろうか。
『まぁボクとしちゃ、フィフティ・フィフティくらいのパーセンテージで、本気だったんだけどさ』
ほらな。ほいほい乗っからなくて正解だったよ。
『巡くんにぞっこんラブは協定違反になっちゃうから。盟友に了承取らないといけないし、何かと根回し億劫だもんな。といっても〝彼女〟、首を縦に振らないか。あやめ様の恋敵になるのも、悩ましいところ。う~む、課題は山積みだね』
「お嬢さーん。どうか、僕に翻訳できる言語でしゃべっていただけませんか」
『おっと、ソーリーソーリー。君にアプローチするのは、〝表の顔で〟ということにしておくね。では巡くん、長話もなんだし、ここらで失礼するよ。報告、どうもありがとう。ルミちんによろしく伝えておいてくれたまえ』
彼女は言うだけ言って、電話を切った。
『ツーツーツー』という音声だけが流れる。
キテレツな置き土産を残したな、彼女。
〈ASEAN〉なんだし『あやめ姉さん』によろしく言うなら、まだ分かる。
でもなぜに『ルミちゃん』の名が浮上するのか。単なる言い間違えならいいのだが。
いいや、くだんの曲者に限って、そういった初歩的なポカしないな。
あの二人、何か裏でつながりがあるのかもしれない。




