6.波乱の一幕
半袖の制服にカーディガンを羽織り始めた頃、特大の吉報が届いた。なんと先輩の小説が応募していたコンテストで審査員特別賞なるものを受賞したというのだ。
部室でその報せを聞いた私は本当に叫んだ。本当に嬉しくて嬉しくて、何度も先輩におめでとうを言った。
「まだ報告とかは出来ないんだけど、一応お前に一番に伝えとくから」
「え?なんで?いや嬉しいですけど…どうして?」
「全てのキッカケがお前だったからだよ」
「ええ…もうちょっと詳しく……」
私が先輩に縋ろうとした時、部員先輩が入ってきた。
おや珍しい今日は一人か…と、少しだけ不思議に思ったがさほど気にも留めずに先輩の出方を待った。先輩は隠す事なくありのままを伝えて、部員先輩と喜びを分かち合っている。
良かった…なんとなくホッとした私もその輪に入り再度先輩を褒め称えた。部員先輩は喜びのままもう一人に連絡をしたらしい、しばらくして、以前先輩のランキング入りに"いちゃもん"をつけたもう一人の先輩が顔を出した。
刹那、緊張が走る…が、開口一番『おめでとう!』の言葉!嗚呼、仲間だ…この人達はやっぱり同志なんだと私は胸が熱くなった。
先輩を見ると、案の定先輩は眼鏡を外した。しかし今日は眼鏡を拭くでなく……片腕で顔を覆ってしまった。そのままゴシゴシと腕で顔を擦っている。
「先輩……」
ーこれが…初めて私が先輩の感情に触れた日ー
数日が経ち…情報解禁、コンテストの結果が大々的に発表された。先輩も小説を投稿していたサイトやSNSで報告をしていたので、私はそっちでも勿論お祝いのメッセージを残した。今度は慌てずしっかり熟考して具体的に伝える事が出来たと…思う。
ささやかながら部室で祝賀会を開く事になり、メンバーはいつもの四人だが、私が居ても誰も何も言わずに頭数に入っていたのが地味に嬉しい。
他の部員先輩達が来るまでの間に、先輩は「一応顧問に報告してくる」と部屋を出ていってしまった。私は顧問いたのか…なんて当たり前の事を思いながら、ジュースやお菓子をテーブルに並べ、年甲斐もなくワクワクとクラッカーまで用意していた。
ーガチャッー入ってきたのは部員先輩二人。手にプレゼントの包みを持っているのを見て、私は部屋の主人かの様にそれを受け取りテーブル横の棚に自分のと一緒に配置した。
主役不在の理由を伝えると、先輩達は勿論責める事も帰る事もせず机に座り雑談を始めた。私という存在も慣れて普通の音量で話をしているし、時折り笑い声も聞こえてきたので、よし私からも歩み寄ろうと謎の決意で話しかけようとした時……。
「まさかあいつのあのレベルで入賞するとはね」
「これからに期待って書かれてたな、すげーよな」
「は、俺だってプロット被ってなきゃ特別賞ぐらいいけてたって、もしかしたら文字数足りてなくて弾かれたのかもなー」
「お前、ぐらいって……。」
(は?祝いに来てんのに何言ってんのこの先輩、負け惜しみが過ぎるでしょ…)
「でもすごい事だろ?プロに選ばれたんだぞ?」
「そうかもしれないけど、サイトでも同じような事言ってる奴いっぱい居るし、良い作品だったら俺だって素直に祝うさ。もっと言わせて貰えばだな、表現は稚拙だし、主人公は弱過ぎてキャラ立ちしてないし…」
ーガタンッー
「言わせないっ!それ以上先輩の大事な作品を傷付けないで!先輩達は……友達で小説仲間なんでしょう?それなのになんでそんな事を言うんですかっ!
先輩の小説は素人の私が読んでも分かりやすいんです!主人公が弱くて、辛いって泣いちゃダメなの?弱ってるとこを見て母性くすぐられる人も、助けたくなる強キャラだっているんです!魅力が沢山あるんです!」
私は悔しくなってつい言い返してしまった。言い終わってから後悔する……。せっかくのお祝いなのに。
ーガチャッー
「おっ集まってるな、先生にも報告したら褒めてもらったよ、待たせてごめんな」
「おっ…おお、っていうかごめん…今日用事あったんだ、悪いけど…帰るわ」
「俺もごめん、今度またゆっくり話聞かせてもらうよ、受賞おめでとうまた連絡する」
私は慌ててプレゼントの方を指差して先輩に伝え、それを見た先輩は嬉しそうにお礼を言って二人を見送った。気を取り直して私は景気良くクラッカーを鳴らした。
お菓子や紙コップに入った紙テープを慌てて取っていると先輩が吹き出しながらお礼を言ってくれた。私も笑いながら次のクラッカーの紐に指をかけた時……。
「ありがとう、代わりに怒ってくれて…」
消え入りそうな声で先輩がそう呟いたのだった。




