第47話 打ち上げの朝に
華のスマホが震えた。
朝の8時だ。
同時に転がしておいたラジオもしゃべりだす。
『……そう、昨夜、音呉村のゾンビ、驚きましたね〜。映画みたいに魔法少女たちが大活躍してましたね。もー、ずっとテレビにかじりついてましたよ。一時期、ファンタジア陰謀論なんて流行りましたけど、やっぱり正義のみ』
華は電源を落とし、背伸びをする。
萌ものっそりと起き、華の方へと向いた。
「ねーちゃん、おはよ。よかったね、ファンタジアぁはふぃ」
大きくあくびをした萌に、華は笑う。
「まーね。……つか、あれだけ食ったのにな。腹、減ってるもんだな」
「うそだー」
華と萌は寝巻きから普段着へ着替え、部屋を出ると、すでにコンルと慧弥も起きていた。
「おはようございます、ハナ、モエ」
「おっすー……」
元気なコンルとは対照的に、どんよりと暗い慧弥に萌は笑うが、華は慧弥の背をバシッと叩いた。
「いて! なんだよ、華」
「朝飯食うぞー」
「お前、昔からだよな。俺がボーっとしてると、背中叩くんだよ。……いてぇ」
「慧の寝ぼけた顔、生命力垂れ流してそうで、すぐ死にそうだから」
半開きになっていた口を慌てて閉じる慧弥だが、華はハシゴをのぼって、家へと向かっていく。
「すぐ死にそうはなくね?」
「ハナの優しさじゃないですか」
「コンルさんは、プラスにとりすぎ」
華と萌は家中のカーテンを開いていく。
だが、天気予報どおり、雨だ。
しかも、大雨だ。
華は傘をさしたまま、玄関から外に出てぐるりと見回した。
「氷、けっこう壊されてんな」
敷地内に入らないようにぐるりと2メートルほどの氷で守備を固めたのだが、あちらこちらに綻びがある。さすがに侵入まではなかったようだが、ギリギリ保った。と思っていい。
「えい」
華が雨に当たり溶ける氷を蹴れば、すぐにボロボロと落ち崩ちていく。
傘の雨を落とし、玄関に入ると、コンルが待っていた。
「ハナ、壁、どうでしたか?」
「コンル、めっちゃ役に立った。ありがと」
傘をしまい、見上げたコンルは照れ臭そうににっこりと微笑んでいる。
「モエが目玉焼きのかたさはどうするって」
「あー、今日は固焼きかなぁ」
キッチンに入ると、昨日の焼肉の片付けをする横で、慧弥がレンチンご飯担当、萌がおかず作りのようだ。
4つのお椀にはフリーズドライされた四角い味噌汁が準備され、さらに、フライパンには油をひいて温められている。
「ねーちゃん、固焼きって聞こえたー」
萌は背を向けたまま、入ってきた華に声をかけつつ、卵を割り入れる。
「コンルさんは?」
「僕はみなさんに合わせ……いや、半熟にしてほしいです」
「できますよー。慧くんは?」
「俺? 俺ー、固焼き」
「はーい」
目玉焼きとご飯を2人が準備してくれている間、華とコンルは、猫のトイレ掃除や片付けを済ませていく。
すぐに、簡単ながらもあったかい朝食の出来上がりだ。
「ようやく片付いた部屋にいる感じ」
萌が目玉焼きを並べながら言う。
「たしかに。華、寝てる間、なんかソワソワして、片付けもできてなかったしな」
冷蔵庫から慧弥はソースを取り出し、コンルに手渡した。
受け取り、テーブルに置いたコンルは、うんと唸る。
「なんででしょうね。忙しなかったですよね……」
食事が並び、席に着いた4人と猫たちは朝ごはんタイムとなる。
楽しげな空気を打ち消すように、窓から見える灰色の空は重そうだ。
「今日、1日、雨なのかね」
言いつつ、華がテレビのチャンネルで選んだのは、海外ドラマ『iゾンビ』だ。
iゾンビは、死体安置所で働く元女子医大生が主人公。ひょんなことからゾンビになり、人格を維持するために遺体の脳を食べている。そこから死者の記憶を垣間見ることで、事件を解決、という話らしい。
らしいというのも、初めて見るドラマのため前情報はこの程度におさえて、内容を楽しもうという、華の戦略だが、すぐに朝のワイドショーに変更になった。
「なんでよ!」
「朝からゾンビはないよ、ねーちゃん」
「そう?」
「それより、天気予報だろ、ふつー」
慧弥がさらにチャンネルをかえ、天気予報にたどり着くが、1日予報が最悪だ。
「……夕方まで降って、夜は晴れるんですか。ゾンビ、出放題ですね……」
げんなりとしたコンルの声に、華もため息だ。
「昼間のうちに消せればなぁ」
目玉焼きの白身だけを食べ、黄身をご飯にのせた華は、そこへマヨネーズと醤油を投入。
それを崩しながら食べるのが、華流だ。
「汚ねぇな、食べ方」
「うまいんだぞ? 慧もやってみろよ」
「やだね」
萌は味付け海苔で目玉焼きを巻きつつ、華を見る。
「ねーちゃん、昨日のゾンビ、好みの彼氏いた?」
「暗くて見えねーし、めっちゃ腐ってたから、ナシだな」
「じゃあ、どんなゾンビが好みなんです?」
コンルは尋ねつつ、箸で食べれないとわかり、スプーンでご飯を頬ばりだす。
「1番は、鮮度、だよね」
「魚かよ」
「慧、長くいっしょにいるんだぞ? そのまま長期保存できるならいいが、普通はどんどん腐っていくはず! なら、死にたてがいいだろ」
「その発想がねーよ」
食後の緑茶をいれに立った慧弥に、みんながお茶をくれと頼むなか、萌が味噌汁を飲みおえて、疑問の顔をつくる。
「ねーちゃんさ、ゾンビの彼氏と、どうやって暮らしてくつもりなの?」
長い間、華の夢を聞いて応援してきたが、実際の状況までは想像できなかった。
現実にゾンビが現れる確率が、とても低かったからだ。
だが今は、ゾンビ彼氏が家に来る可能性が十分にある。
「えっとね、引っかきがあるから、手の指を落として、あと噛まれたりするのも嫌だから、下顎を切っておく、かな。あとは首に鎖つないでおいて、暴れ出したら首がちぎれるように細工しておこうかなって……」
最後の一口を楽しそうに頬張った華だが、周りの目が白い。
「なに? なに!?」
「……ウォーキングデッドかよ」
「だって、萌がゾンビになったら困るもん」
口を尖らせた華だが、不意にチャイムが鳴る。
4人が肩を震わせた。
時刻は朝の10時前。赤い女が出てくる時間ではない、はず。
「誰だよ、チャイムの電源、戻したの」
半ギレの華に、慧弥が手を上げた。
「俺。モニター見えるじゃん。昼間は使えるし」
「めっちゃビビったじゃんよ!」
「ほら、自衛隊の人じゃん。配給かな?」
「じゃ、萌、出てくるね」
玄関へと出た萌だが、なにか押し問答をしている。
華は慧弥がいれてくれた緑茶をぐっと飲みほし、玄関にいくと、2人の男性がいた。
迷彩服の上下をお召しになっているので、間違いなく陸上自衛隊の方だ。
間近でみれたことにドキドキしてしまう華だが、萌はなぜかスマホを見せつけられている。
半泣きの萌が振り返った。
同時に、
『萌、華、ごめんな……』
スマホからの声は懐かしい父の声がする。
だが、父もまた、半泣きだ。
何が起きているかわからないなか、一人の自衛官が帽子を脱いで、一礼した。
顔は若い。
20代後半だろうか。
「滝本紘平と申します。三条華さん、ですね?」
ばっちりと自分の名前を告げられた華は「はい」とだけ答えた。
すると、滝本と名乗った男は、また深々と頭を下げる。
90度など目じゃない。
足首に頭がつきそうな角度だ。
「……ちょ、あの」
「助けて、ください……!」
その言葉に、華は固まる。
ただ、男の短く切り揃えられた頂上を見て、まだ禿げてない。
それしか、考えられないでいた。




