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雨のち、ときどき、ゾゾ・ゾンビ  作者: 木村色吹 @yolu


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第16話 まさかの……

 華とコンルは目配せした。

 どうする? という意味だ。


 連絡するなら今でしょ! と思うが、慧弥から応答がない状況だ。

 ドローンの映像を改ざんしているのはわかるが、タイミングが悪すぎる!


『誰じゃ? 怪人か?』


 だれじゃ。

 華は、その言い回しに聞き覚えがあることに気づく。

 コンルを手で制し、壁際に行けと合図する。

 ゆっくりと物音を立てないように移動した2人。

 華はコンルを背に抱えるように身を置くと、手を叩く。

 音を出して、様子をみるためだ。


『わしのアジトに誰じゃ! 3秒以内に返事をしないと撃つぞ!』


 祖父だ。

 間違いない。

 繰り返すが、祖父だ。

 話しかけても絶対に開けないところが、祖父らしい。


 もし2人でいたなら、祖父は開けていたはずだ。

 一方が戸を引く係で、祖父が銃を向ける係だ。

 これは、ゾンビ対策と言っていい。

 唐突に開けると襲い掛かられる可能性があるため、扉には注意が必要なのである。


 しかし、散弾銃はかすっても受けたくない。


 華は覚悟を決める。


「爺ちゃん、華! あたし! 華だってば!」

『なんじゃ、華か……?』


 華はジェスチャーで、コンルにもっと自分の背にくっつけと命令する。

 大きい体を縮めて、華の背にぴたりとついたコンルに、立てかけてあった竹箒を取らせた。

 その柄で、壁に身を寄せつつ、華は耳を抑えながら戸を少しずつ押し開けていく。

 がたんと大きな音を立てて、戸が半分ずれる。


 瞬間、炸裂した。

 いや、銃声だ。

 開きかけた戸に向かって放ったのだ。

 

 小屋の中に穴が開き、竹箒の柄も粉砕されている。

 しかも、散弾銃だ。

 コンルは驚いたのか、華に抱きつくし、華も前に出たくないしで、隅にぴったりくっつきながら、叫ぶ。


「爺ちゃん、華だって! あー! 耳おかしいっ!」


 耳鳴りが止まらない。

 華が叫ぶと、ひょこりと祖父の顔が出てくる。


「なんだ、華か。驚かせおって。お、勇者もおるのか」

「あー、なんだと思ったんだよっ?」


 怯えて震えるコンルを背に大声で尋ねた華だが、祖父は愉快そうに笑っている。


「あれ、怪人の類かと思ってな。よくあるじゃろ。身近な人間の声を真似て、戸を開けさせるっていうヤツが」


 祖父は半分壊れたかけた戸を閉めなおし、三分の一の柄が消えた竹箒を取り上げた。


「まあいいわい。自衛隊も銃声を追ってくるかもしれん。華に、勇者、逃げるぞ」

「どこに?」

「地下じゃ」


 祖父は竹箒で入口近くを掃くと、小さな取っ手を取り出した。

 それを引くと、床に穴が現れる。50センチ四方の小さなものだ。

 コンルでもギリギリな穴だが、かなり深そうだ。


 開いたのを確かめ、取手に土をかけなおした祖父は、穴の中へと身を沈めていく。

 どうやらハシゴがあるようだ。

 小柄な祖父専用の穴だが、華は痛む体ですんなりはいり、コンルは肩幅がギリギリだ。

 斜めに体を傾けてなんとか入り、地下の地面へと降りていく。


 祖父は足元の懐中電灯をハシゴに向けてくれる。

 ゆっくりと降りた華だが、照らされた世界に驚いていた。

 どう見ても井戸だからだ。

 たぶん、井戸のイメージ、とするなら、映画『リング』にでてくる井戸に似ている。

 あの呪いの塊といえる、貞子が這い上がってきた井戸。そこに似ている。

 いや、そもそも井戸というイメージが少ない。

 もう蛇口をひねれば水が出る時代だからだ。


 じっと下を見ると、腐った水はないようだ。

 壁を見ながら降りていくが、爪で引っ掻いた痕もない。

 ただ苔むした石の壁が丸く囲い、カビの臭いが充満するなか、陰気な虫が壁を這っている。


「わー……! 呪いのビデオの本拠地みたい……!」


 井戸にテンションを上げる華の横で、コンルも到着。すぐにあたりを見回す。

 コンルもまた想像とは違ったようだ。

 まさか井戸の中を降りているとは思っていなかったからだ。


 祖父は慣れたもので、再び井戸の壁にある取っ手を引いた。

 天井から土埃が落ちてくる。

 入ってきた穴が塞がったようだ。


「はぁ? どうなってんの?」

「企業秘密じゃ。ちゃんと天井の入り口に、土もかぶるようになっとる。すごいじゃろ?」


 祖父はハシゴをはずすし、壁の石をおもむろに押した。

 ガタンガタンと鈍い機械の音が聞こえる。

 ずずずと井戸の横壁に穴が開く。スライドの石扉があったのだ。

 そこにハシゴを投げ、祖父は入っていくが、華は言葉に詰まってしまう。

 初めての光景だったからだ。


「華は、初めてか?」

「……うん。なにこれ? 石のツララがいっぱい……」

「鍾乳洞、ですか、お爺様」

「コンルくんは、博識じゃなぁ」


 再び壁が閉じ、同時にLED電球が通路を照らす。

 細い鍾乳洞の通路だが、足場が見える間隔で照明が置かれている。


「美しい場所ですね」

「じゃろ? わしのお気に入りなんじゃよ」


 いくつもの分かれ道があるなか、祖父は迷わず進んでいく。

 華とコンルは見失わないように、早歩きの祖父に着いていく。


「ね、この電源ってなに?」

「地下水で発電しておる」

「じゃあ、熱源は? ……グアノ臭もないし、変な洞窟」


 鍾乳洞なだけあり、湿気がこもっている。

 一方、寒さがないのだ。

 地下のため温度が一定、ということも考えられるが、若干汗ばむ程度の温度がある。

 さらに、あってもいいはずのグアノ臭が、ない。もちろん、カビ臭もだ。

 このグアノとは、鳥やコウモリの糞化石ともいわれるもので、普通の洞窟あるある、なのだ。

 大抵温度が高めの場所は動物が住みやすいのはもちろん、コウモリも生息しやすい。

 華は、臭いがないことが、逆に恐ろしくなる。


「有害物質とか、ない? 生きて出られないとかない?」


 華の焦りに、祖父は明るく笑いだす。


「あるわけないじゃろ。ここが少し暖かいのは、地下からの源泉のせいじゃ」

「それなら、よりいそうですけど、生物がいないんですか?」

「そうじゃな。理由はわからん。神聖な場所、だからかのぉ」

「なにそれ」


 すべる足元に、華の体が揺れる。

 コンルに支えてもらいながら進んでいくと、より広い場所へと出てきた。

 5メートルはあるだろう天井だが、鍾乳石がすべて削り取られ、大人が30人ほど集まっても窮屈に感じないほどの部屋だ。

 だが、その壁面に、華は足をすくませた。


 今朝、祖父が見せてくれたあの巻物とほぼ同じ絵があったのだ──


 左半分の地獄絵図が、巻物よりもより細かに描写されている。

 おぞましい風景が、延々と書き込まれているのだ。

 それはどこかリアルな表現がされていて、その世界を見て描いたかのよう。


「すごいじゃろ」


 祖父の声に、華とコンルは無言でうなづいた。

 迫力がある。というよりも、おぞましかった。

 あとずさる華に、コンルが背を支える。


「どうじゃ、勇者さん?」

「……左の……いえ、とても、恐ろしい絵です」

「じゃろ? わしも見つけたとき、驚いたわい。この他にもないか探してるんじゃが、なかなかな。怪人の急襲もあって、難しいんじゃよ。わしが思うに、もう1つあっていいはずなんじゃが……」


 祖父は観光案内かのように、そそくさと歩き始めた。

 だが、間違いなく覚えられないルートを辿っている。

 ぐるりと迂回している気さえするルートだが、正規なのだろうか……


「もう少し行けば、外に出れるからな」


 その声を聞き、華の膝がいきなり床についた。


「ハナ、大丈夫ですか? また、抱き上げますか?」

「鼻息荒く言ってんじゃねーし」

「もう疲労がピークなのだと思います。さきほど、キーパーだって倒したんです。先輩勇者の僕に少し頼ってください」

「後輩勇者みたいな立ち位置にすんなよ」

「おー、さっきのミノタウルスは、華がやったのか。さすが、わしの孫じゃな!」


 なんとか華は立ち上がるが、コンルが腰に手を回し、支えてくれる。

 いや、しっかりと華をつかんでいる。

 もっと細かく言うと、服を握ってくれている。

 鼻息が荒かった割には、紳士である。


 豪快に笑う祖父のあとをついていくと、手を振る人物のシルエットが。


「おーい、コンルさぁーん! 華ぁー! こっちこっちー」


 慧弥である。


「ねーちゃーん、コンルさーん、だいじょうぶー?」


 慧弥の後ろには、なぜか萌もいるようだ。

 華は手を振って答えたものの、出てきた場所に、腰を抜かした。

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