火事場泥棒
アレクライトたちが部屋を出てから、しばらく経った頃、楓は落ち着かないのか、部屋をウロウロする。
念話を飛ばして、魔物と対峙してる邪魔をしてしまうのも申し訳ないし……と口をへの字にして、ソワソワするしか出来ない中、扉から連続で音が鳴る。
「宿屋のものです、お客様大丈夫ですか?」
楓は問題ないと答え、アレクライトとの約束通り扉は開けない。
無事を確認したいから扉を開けてくれ、と食い下がる男の声に疑問を持つ。
さっき女将さんが自分の姿を確認してるはずだ。男手が少ないとも言っていた。
扉の向こうの奴は何者か? と疑問に思いながら、大丈夫だから他の客に声を掛けてくださいと伝えて、わざと足音を立てて扉から離れる。
「さっさと開けろよ! このアマ!!」
突然口調が荒くなって扉をさらに叩く。怖くなって楓は後退りをしながら、なるべく扉から距離を取る。
「カギ壊せねえのか?」
別の男の声までする。
火事場泥棒的な奴で、金品を強奪しにきたのだろう……と思いながら、どうすればいいのかわからずギュッと手を握ると、小指にあたる石の感触に目を瞠る。
「(火事場泥棒が来てる! 扉を壊そうとしてるわ!)」
怖くて声が震えそうな気持ちになりながら、楓はアレクライト、ゼランローンズ、月華全員に伝える。
「ぐえっ!」
扉の外から、カエルの鳴き声みたいなのが聞こえた。
「(カエデ、もう大丈夫だよ。扉の前にいるから鍵あけて)」
アレクライトからの念話が届き、そっと鍵と扉を開けるとアレクライトが立っていた。視界の端では、火事場泥棒を取り押さえてるゼランローンズと月華が見えた。
「ちゃんとカギ閉めたままでいたんだね、よかった」
アレクライトが震える楓をそっと抱きしめる。安心した彼女は膝から崩れ落ちそうになるが、アレクライトの支えによりその場に留まり続けた。
「ごめん、怖い思いさせて」
「だ、だいじょ、ぶ」
震える声で、何とか取り繕うとするがバレバレだ。
アレクライトは火事場泥棒対策で、用心するための鍵かけを伝えたが、まさか本当に起きるとは思っていなかった。
火事場泥棒は別の部屋を借りてる客で、少ない男手が出払ったのでこの隙にと、金品の強奪と、女性への暴行目的で襲来したようだった。
「身ぐるみひん剥いて、森の中に吊るせばいい?」
月華がゼランローンズに問うと、彼は首を静かに左右へ動かす。
「汚物をツキカたちに見せるわけにはいかん」
「存在自体が汚物じゃん」
中々酷い事を言ってるが、2人は至って真面目に言ってるのがおかしくて、楓はくすくす笑う。
震えも止まってきた。
あまりにも汚物という言葉が繰り返されるので、汚物は消毒! という名台詞があった某世紀末漫画を思い浮かべる。
汚物は消毒、と口に出していたらしい楓は、ハッと口を閉じる。
月華を見ると真面目な表情で頷く。
「わかった。熱湯消毒と塩酸消毒どっちがいい?」
「消毒は塩素でしょ?!」
「Cl2とHClの違いは誤差だ、誤差」
「化学式言われても、どっちがどっちかわかんないわよ!!」
とりあえず火事場泥棒を女将さんに知らせると、解けないように縄で縛って、シェリッティア領に引き渡しになるそうだ。
「ならばシェリッティアに、取り次ぎの手紙を書こう」
ゼランローンズが手紙を書き、シェリッティア領にいく荷馬車に泥棒と共に預ける。
「これで、処罰は免れまい」
朝イチ出発の荷馬車は、シェリッティア領へ向けて駆けていく。
仔牛を乗せた事を歌う歌が、頭の中で流れた楓は、歌が流れるのは仕方ないと言い聞かせた。乗ってるのは悪漢だが。
「んーむ……ツキカの実戦としては上々だったが、カエデに怖い思いをさせてしまった事を考えると、今後は誰か1人はついていたほうが良いな……」
宿の朝食を食堂で取りながら反省会のようだ。ゼランローンズの言葉に楓は首を傾げる。
「え、ちょっと待って? 月華の実戦ってなに?」
「こいつ、赤猪を素手で倒しやがったんだよ……」
アレクライトが呆れながら楓に伝える。赤猪の特徴なども伝える。
「身体強化を巧く使いこなせるようになったな」
ゼランローンズは月華を褒める。褒められた彼女も満更でもない表情だ。
月華はすでに魔物と戦えるようになっていた事に、楓は驚きが隠せない。
「カエデ、違うからね? この町の女の人だって、魔物と戦ったりしないからね?」
一般女性と言う括りを、アレクライトは教えてくれる。月華が別格だ、としきりに言いながら。
「そうよ! あたしだって魔物なんて、近くで見た事ないわよ!」
女将さんが肉料理をどんっとテーブルに置く。
何やら豪勢な料理に見える。
「赤猪は冬の保存食にもってこいなんだ! それを2頭も倒して、解体までしてくれたあんたらには感謝モンだよ!」
猪の毛皮も売れるし、牙も骨も魔導具素材で売り物になる。臓物は肥料になるし、肉は保存食に適してる。
そんな赤猪を綺麗な状態で仕留めてもらえたのは、町にとってはとてもありがたい事だという。
「どうやって綺麗な状態で仕留めたのよ……」
楓が月華に聞くと、赤猪の弱点は鼻との事で突進してくる前に、鼻に強力な攻撃を与えると倒せるので、身体強化をして正面から拳を鼻に叩き込んだそうだ。
アレクライトが頭を抱えてブツブツ言ってる。
読み返して注意してるつもりでも誤字があったりする。だがもっと怖いのは知らぬ間に、方言を使っていそうな事。
日常言語は標準語に近いけど、ポロリと出てしまうからコワイ。




