少年は意外と素直。
楓は自分用のネックウォーマーを完成させる。
月華は、かぎ針編みに変えて、花をいくつも作っていってる。作ってはテーブルにポイっと置いてを繰り返していく。そして夜も更けてきたので眠る事にする。
――翌朝
「…………」
日も登りきらないうちから目が覚める。習慣はなかなか抜けない。
惰眠を貪るつもりでベッドに入ったのに、柔すぎず硬すぎずの簡素なベッドの寝心地は、それなりによかったのに、目が覚めてしまう。
月華は頭をポリポリ掻きながら、動きやすい服に着替えて、シャワールームにある洗面所で、朝の支度を済ませてそっと部屋を出て走りに出た。
「1人で動くのは感心せんぞ?」
宿を出たところで、ゼランローンズが待ち構えていた。
「野郎に見える奴が1人で動いていても、誰も気に留めないだろう」
月華が首を傾げる。ゼランローンズは首を横に振った。
「俺が心配なのだ」
「そっか、ごめん」
ストレートな言葉は、すぐ彼女に響く。
女性に素直な気持ちをそのままぶつける事が出来るのは、心地がいい。と心の中でゼランローンズは大きく頷く。
朝から気分がいいまま体を動かす。
早朝の公園で組み手をしていると、昨日、月華に失礼な言葉を放った少年がやってきた。
「昨日のでっけぇやつら!」
「昨日の失礼なクソガキか。おはよう」
指をさした少年に月華が挨拶を返す。
「クソガキっていうな! おれには」
少年が言い返そうとしたところで、月華は少年の両頬を片手で鷲掴み、ほっぺたを寄せる。
「でっけぇやつら、と先に言ったのはお前だ。人の事を呼ぶのに失礼な事を言ってる自覚は無いのか?」
月華が手を離すと、少年は伏目がちに口を開き、謝る。
「ごめんなさい、おれはタノル。お兄さんとお姉さんは?」
「ゼランローンズだ」
「月華だ」
「なんでこんな朝っぱら早くから公園にいるんだ?」
「「トレーニング」」
「だからそんなに背が伸びたのか?!」
タノルと名乗った少年は、今度は目を輝かせて2人を見上げる。
「あと、好き嫌い無く食べる事、よく学ぶ事、きちんと睡眠を取る事が大事だ」
子供へ贈る、ありがちなアドバイスを、ゼランローンズは言うと、少年は顔を顰めた。
「好き嫌い無くさなきゃだめなのか? 勉強も嫌だし……」
「勉強出来なきゃ、強くなる方法だってわからないだろ?」
月華が首を傾げて少年に問う。
「え?」
「字は書けるか?」
「まだあんまり……」
10才くらいで文字は書けないということは、教育水準が高いわけでは無いのか、と月華は思う。
「文字を書けないと、トレーニングの内容を記録する事ができないだろ」
「身体で覚えればいいんだよ! この町にきた冒険者のあんちゃんがそう言ってたぜ!」
子供らしい雑な答えに、ゼランローンズが彼の目線まで腰を落とし、答える。
「冒険者になるのであれば、道具や魔物の知識が書かれてある図鑑を読めなければ、採取の依頼、討伐の依頼さえこなす事はできぬし、騎士になるならば、読み書き計算なども必須だ。他にも計算ができぬのであれば、数字をごまかされて稼ぎを掠め取られるやもしれん」
勉強の大事さをゼランローンズは教えてくれる。少年はコクリと頷いたが、「でも、わからないから、どうしたらいいんだ?」と訊く。
月華は木の枝を拾って、公園の土にリンゴの絵を描く。
「リンゴ1つ銅貨1枚で買える。リンゴが3個欲しい時は銅貨はいくつ必要になる?」
「3枚だな!」
「そのリンゴを家族4人で同じ量食べるにはどうしたらいい?」
「…………え?」
いきなり割り算を打っ込むのは意地悪ではなかろうか……とハラハラした気持ちで、ゼランローンズが見守っている。少年は必死に考える。
「母親は、リンゴ1個を4つに切った物を、3個分同じように切って、1人3個ずつっていうんじゃないのか?」
「そうだ! まえそうだった!」
「母親は計算ができるからそう言えるんだ。計算がわからなければ、教えてもらうといい」
「……わかった! おれ勉強も頑張る!」
「して、タノルよ、このような早朝から、何故公園にいるのだ?」
ゼランローンズは疑問をぶつけると、少年はハッと目を瞠り口を開く。
「そりゃあもちろん、修行のためだ!」
「多分、今お前が1番学ぶ事は『生活』と『勉強』だと思うぞ」
月華が呆れたように言葉を返す。
「はぁ? 素振りしなきゃ、剣をにぎれないだろ!」
「家の事……家事を覚えておかなきゃ、独り立ちした時ご飯作れない、掃除できない、パンツの洗い方もわからない。畑の作り方わからない、読み書きも出来ない、計算も出来ない、買い物だってきちんと出来ない、ってなって困るぞ」
ひたすら出来ないを並べてみる。これくらいはできる! と反論があるかと思ったが、何も反論が無かった。
「母ちゃんがやってる事って、もしかしてすげぇ大事なことなのか?」
「そうだぞ。母ちゃんが『母ちゃん辞める!』ってなったら困る事、あげてみればわかる」
月華に言われて、母親が普段行なってる事を考えてみる。
ご飯がない、家の掃除もされない、服も綺麗にならない、食材の買い出しもない、暖炉の薪だって補充されないし暖炉に火もつかない。
タノルは、ひとつひとつ指を折って、あげていく。
母親の作ったご飯食べて、修行という名を掲げ、公園で素振りしかしてない彼は青褪めた。




