会社員のメリットは福利厚生だ。
「それでね、後で染め物の布を見に行こうかなって思うのよ」
くるみの香りがするフレーバー紅茶を飲みながら、楓は次に行くところを決めてるようだ。
月華はうんうんと頷いて、楓の話を聞いている。
「宿に戻らずに、そのまま行けばよかったんじゃ?」
月華は気になったので聞いてみると、楓は香水の瓶を持ち歩くのが怖かったので、置きに来たのだという。
「プチプチに包んでもらえてるわけじゃないから、怖くて……」
「ああ、確かに瓶物は怖いな……」
「なので、次は布屋さんへ行くのよ、月華も!」
「え? わかった」
月華は了承して、染め物が売ってるお店に足を運ぶ。
気に入った生地や毛糸をいくつか買い込み、頷いてる楓に、月華は気になった事を聞く。
「楓……編み棒は?」
毛糸を買うなら編み棒か、かぎ針が必要だろうと思ったので聞くと、必要ないという。
「指編みしか出来ないから、いらないわ!」
「それはそれですごいな……」
「え、月華は、かぎ針や編み棒使えるの……?」
月華は、施設にいた頃に寒さを凌ぐマフラーなどを編んで作っていたらしく、一通りは作れるらしい。
完成品の現物ではなく、なぜか材料が、たまに寄付で送られてくるので、色々材料は豊富だった。
趣味で始めたけど、飽きた人から道具が送られてきたりもした。
ある程度の道具も揃っていたので、あとは学校の図書室から編み物の本を借りれば、ひたすら編むだけだ。
「指編みってどうやって覚えたんだ?」
「ヨーチューブという動くお手本よ」
「なるほど」
王都に戻れば寒いだろうし、マフラー1本くらい作っておこうと、月華も毛糸と編み棒を買う。
月華の持つ買い物かごへ、赤や黒の太めの毛糸を楓は放り込む。
「ゼラに作ってあげなさいよ、喜ぶわよ?」
「そういやマフラーしてなかったな」
違うし! とツッコミたいのを堪えて、月華の手作りマフラーをゼランローンズにあげるよう、楓は仕向ける。
手芸品店は大きくないので、アレクライトとゼランローンズは外で待っていた。
日も傾いてきた頃、宿に戻り一休みする。
「無職生活に慣れだしてる気がするわ……」
楓の落とす言葉に、月華は首を振る。
「社会保険と厚生年金がないんだから、会社に所属して働く理由はない!」
「!!!!!」
「わたしらはフリーランスだ。翻訳……? で金を得たし、服の情報を売って金を得た」
働いてる事を楓に切々と訴える月華。
言われてみればあの翻訳作業で、相当の金は手に入ってる。
何も職場に出社して働く事を、無理にしなくてもいいのだ。
「金なら気にしなくていいんだよ? オレ、開発魔導具の金溜め込んでるし」
「俺も魔法指南書の制作でかなり稼いだ」
騎士をやめても、懐を気にせず旅をしてる2人は、実家の金ではなく、自身の実力で稼いだ金をたんまりと持っている。
食事代も宿代も一切出させてくれない。男としての矜恃もありながら、それを保つ財力も確りと持っていた。
とはいえ、庶民的な宿や食事処を選んでくれる。
彼らは騎士生活による遠征や、もともとの家の教育で、浪費をしないようになっていた。そこは楓と月華の精神衛生上とてもありがたかった。
今日は羊の肉がメインの店に来た。
「え? 羊ってかなりクセがあったはずだけど……全然ないわね……?」
楓はひとくち分だけ、恐る恐る肉を食べて驚いていた。
邪魔な臭みがなく、肉本来の美味しさを味わえる、というより、羊の肉が美味しいということに。
「それ、ラム肉……子羊の肉だからだと思うよ」
アレクライトが教えてくれる。そんな彼はマトンの肉を頬張ってる。
月華はラムでもマトンでも何でも食べている。
「んー……ここのマトン、クセ少ないな?」
「そうだな、隣の領地が遊牧地になっていて、羊を仕入れる事ができるから肉は新鮮なんだろうな」
隣の領地の人が、羊毛と肉を売りに来るようだ。
植物園やそれにまつわる産業が発展してるので、観光客向けに仕入れる肉は、別の領地に頼ってるようだ。
ゼランローンズが近隣の特色も教えてくれる。
「だから羊毛の毛糸も売っていたのね……」
「羊毛から毛糸を紡ぎ、植物で染めた物も、この町の人気商品のようだ、様々な色に染め上げてあるから好みに合う色が手に入ると評判のようだ」
町の特色のお勉強もしつつ、夕飯を終えて宿に戻ると、楓と月華は編み物作業に入る。
月華は編み棒をサクサク動かして編み物を行なっているが、楓は指に毛糸を掛けていってる。
不思議な光景にアレクライトとゼランローンズが目を奪われる、中どんどん編まれていく。
30分くらいで楓は1玉使い終わる。そこで一息入れる。
男性陣に風呂を先に使ってもらい、その間、また編み作業を進めていくと完成する。
二つの短めのマフラーを毛糸でつないで太くして端をメビウスの輪状につなぎ、ネックウォーマーを作りあげて、仕上げに飾りボタンを縫い付ける。
既に風呂から出てもまだ続いている編み物を眺めている、アレクライトとゼランローンズ。
「それはなに??」
楓の作ったネックウォーマーは、腹巻のように見えるが腹巻がメビウスの輪みたくなるものはないので、アレクライトは首を傾げる。
「ネックウォーマーよ、はい!」
アレクライトにすぽっと被せて、風呂へ行ってしまった。
まだ首を傾げているアレクライトに、気の利いた説明が出来ない月華は、雑な説明をした
「ネックウォーマーっていって……あー……腹巻の首版だ」
「首を冷やさないようにマフラーをつけるのではなく、首を覆うのか……。フードのついた外套を着用していてもつけていられそうだな」
ネックウォーマーをかぶってるアレクライトの首元を見て、ふむふむとゼランローンズは真面目に分析して頷く。




