魅惑のツーハン
落ち着く寝床をゲットしたけれども、日中は広い部屋で過ごす。
とはいえ、筋トレをしてる2人がいて、気持ち落ち着かない。
楓はネットで"カップルで行う筋トレ"みたいな記事を読んだ記憶がふんわり蘇る。
記事には、ほのぼの和気藹々、微笑ましい感じの写真があり、一緒にトレーニングで愛も深まる、とか安っぽい文言もあった。
だが、実際に目にする、カップル筋トレは、そこに甘さは無く、お互い目がガチなのだ。しかも筋トレもものすごくハードなものに見える。
「筋トレすんなよ!」
アレクライトからツッコミが入る。だが脳筋2人はガチな目のままアレクライトを見る。
「いざと言う時、動けなければ後悔するのは己だ……」
「お前は魔導師だろ! 魔法で対応しろよ!」
「アレク……。ゼラはこの中で、1番リーチに優れてるんだぞ?」
「もう黙って、脳筋!!」
服と体に浄化魔法をかけて、強制的に座らせる。
「お昼どこで食べようかー。カエデ、希望ある?」
「え、今の気分だとパスタかしら……」
「よし、決まりだ」
脳筋2人に聞いても、肉としか言わなさそうなので、楓に希望を聞いて、昼食のジャンルを決定する。
昼食の後は、多肉植物を取り扱ってる店を回る事にした。思わず頬が緩んだ楓を見て、アレクライトがニコリと笑う。
「そういや2人は、行く先々でいろんな物や店知ってるけど、騎士ってそんなに色んなとこに行く仕事なのか?」
月華がふと気になって聞いてみると、ゼランローンズが頷いた。
「魔物討伐隊は様々な町に行くから、大抵の事は覚えている。遠征で行くにしろ、町で補給を行ったり、遠征後に怪我人が出たら滞在なども行うので、どの地域に町や村があるかは大体把握してある」
元いた所では、家と職場の往復ばかりだった。欲しい物はネット通販でクレジットカード払い。配達日時指定で受け取り。休みの日は殆どが家で過ごしていた。
職場の駅や、地元の隣の駅でさえ、どんな店があるかほぼ記憶にない。
そんな生活をしていた2人は、様々な町の特色や店を把握してるアレクライトとゼランローンズをすごいな、と思った。
「オレはその『ツーハン』生活がちょっと羨ましいって思う……。お店が持っている倉庫の品物まで探せて、届けてもらえるサービスなんて夢のまた夢だよ……」
「自宅に置けるトレーニング器具も購入できるというのは、とても素晴らしすぎる……」
聖女の手記翻訳でインターネット通信販売について説明した時に、ものすごく羨ましがっていた。
とはいえ、2人は貴族だ。使いに人を出せる立場だが、人を挟むと間違いが生じたりするので、自分で品物の絵(掲載写真)を見ながら注文を行うシステムは羨望ものだ。と拳を握り訴えていた。
だが、もう失った過去のものである。
なければ無いで、何とかなるものだ。
「通信技術の発展は望まないな……」
月華はしみじみ言葉を漏らす。
「技術はいい事にも悪い事にも使われる。便利な物を仕事に導入して効率が良くなったら、その分仕事を詰め込まれるんだ……」
「そうよね……。王都からゼラの実家まで、キャリーキャットが往復3日だけど、それが何らかの技術で往復1日になったら、残りの2日分、キャリーキャットは別の仕事を入れられて、体力・精神力をガリガリ削られるのよ……」
出社時間内にどれだけの仕事をできるか、とたくさん詰め込まれる。労働者はイヤと言ったら、クビなり左遷なりと不遇が待ってるので逆らえない。
便利な技術に、肉体と精神がついていかないのだ。
なので、便利な技術を導入するには、しっかりと労働者を守ることが出来る約束をしておかないと、ブラック企業が蔓延る事を切々と訴える。
楓と月華がいた環境を色々聞いていたからか、やはり重みがある言葉に感じる。
「人を部品のように扱う……か。奴隷と変わらんでは無いか……」
ゼランローンズが眉を下げながら口走る、不穏な単語。
とはいえ、ブラック企業戦士は、正当な金額で働けないから気持ち的には奴隷のようなものだ……。こちらの世界とは意味合いが異なる気はするが。
「犯罪奴隷は、罪を犯した人が、償いの期間を与えられて、自由を奪われて働くんだけど、犯した罪の内容で、自由度が変わるんだ」
アレクライトが説明してくれる。
窃盗は、金額と動機によるが、再犯の見込みが低い人は半年くらい雑用奴隷として、小間使いのような仕事をする。
再犯の見込みがあるものは、数年ひたすら働かされるが、最低限の食事と睡眠は確保される。
殺人、強姦、暴行などは鉱山などでの重労働。
と、司法局によって判決が下される。
呪術により肉体に制限が与えられる。などを教えてくれる。
お勤め期間を刑務所で過ごすか、どこかで強制労働するかの違いのようだ。
「罪を犯してないのに、強制労働を強いる環境とは……」
雰囲気で作られる洗脳環境――ごく一部の話ではあるだろうが、そういう環境もあったのは事実だ。
ゼランローズは、そんな環境を知っているという境遇の月華と楓に、つらい記憶を蘇らせない環境にしないと。と心に固く誓う。
「ツーハンシステムを作る、何かが無いかなぁ……」
通信のない世界で無理そうではあるが、昔はカタログ販売だった。とはいえ、郵便も発達してないので難しそうである。
「そこは商売のプロに相談してみればいいんじゃねーの?」
悩むアレクライトに、月華は丸投げ提案をする。アレクライトは構想を練って、ディジニールに提案する事を決めた。




