狭い部屋のほうが落ち着く。
予定より2時間弱ほど早く町についた。
ローゼリアを厩舎に預ける前に、強壮剤で酷使した体に回復を施した。心の疲れは取ることできないから、ゆっくり休んでと月華は伝える。
この町で観光して1泊する予定なので、厩舎もゆったり休める広めのところだ。
ローゼリアに見送られ宿に向かう。
4人で歩いてると、結構道行く人からの視線が当たる。
前に背の高い4人という話になったから、それのせいだとは思うけれども、やはりチラチラ見られるのはイイ気分ではないと、楓は視線を下に落とす。
「うわー、でっけぇ!」
子供が叫ぶ。楓は内心やめて! と叫びたい、注目されてしまう――と視線を更に落とす。
「うわ、お前父ちゃんよりでかいじゃねぇか! 男みてぇだな!」
月華を見て指をさすと、更に大声を上げる。よくある子供の軽口なのだが、失礼な事には変わりない。だが次の瞬間、子供の頭にゲンコツが降ってきた。
「いってぇ! 母ちゃん何すんだよ!」
「こんな美人さんに失礼な事言うんじゃないよ! す、すみません、躾が行き届いておりませんで……存分に言い聞かせますので……」
子供の失態は親が謝る。月華は首を横に振った。
「お母さんは、わたしを悪く言ってないので、謝る必要はありません」
その言葉に子供は目を丸くした。
いつも母親が謝ったら「いいのよ」と周りの人が許してくれるが、この人が許したのは母親だけ、と思い月華を見上げる。
「さて、行こうか」
月華は子供に目もくれず、みんなに声をかけて去っていった。怒られもしなかったし、許してもらえたのかな、と子供が思った時に、また母親からゲンコツが降ってくる。
「何すんだよ、母ちゃん!」
「何であんたは謝れないのよ! それ以前に、失礼な事言うんじゃないの!」
「だってあいつ、何も言わなかったじゃんか!」
「それはあんたに怒る価値もないって思われたのよ!」
子供と母親の言い合いを、もう耳にすら入れず、一行は宿へ向かう。
ゼランローンズがチラチラと月華を見つつ、意を決して言葉を渡す。
「ツキカ、よかったのか? あれで」
「ん? 何が?」
「子供に失礼な事を言われただろう。叱ってやるのも周りの大人の役目かと思ったが」
「え、他人だし興味ないよ」
月華は周りがどう見ていようが、自分が公序良俗に反してなければ気にしないようだ。視線が気になる楓は、素直に羨ましく思った。
アレクライトとゼランローンズも、背の高さから注目を浴びることは多くて、視線には慣れているようだった。
宿を取り荷物を置く。
楓はソファに力なく座り、大きく息を吐いた。
「ジロジロ見られて、一気に疲れちゃったぁ……」
月華は、部屋に設置されているお茶を淹れて、楓に差し出す。一気に飲みたい気分だが、熱いのでチビチビ飲む。
「ありがと」
月華は頷いて、荷物の鞄を開け、ポンチョを見つけたので楓に渡す。
「コート着るにはまだ暖かめな気温だから、外出る時こっち着なよ」
「そうね、ありがとー」
月華の気遣いにふわりと笑顔が漏れる。
が、月華は別の事を考えていた。
楓がジロジロ見られていたのは、間違いなく胸のせいだ。
アレクライト、ゼランローンズ、月華の3人といると、楓はちびっ子に見えるので、楓への視線は背の高さではない。
現にジロジロ見てくる視線を辿ると、間違いなかったので、胸を隠せそうな服を着せなきゃ、と厩舎から宿屋までの道で思ったのだった。
部屋の内扉にノックの音が響く。月華が返事をすると、アレクライトが顔を覗かせる。
「へー? 扉で繋がってるんだ」
「そ、連れ合い同士で借りると、中扉の鍵も渡してもらえるんだ」
部屋に入ってきて、ソファで寛ぎ出すアレクライト。
「自分の部屋で寛げよ」
キツいように感じる言葉が飛び出すが、月華とアレクライトは軽口を言い合える仲なので、気にせずアレクライトは返事をする。
「あっちの部屋ソファないんだ」
「は?」
訊けば、貴族と従者が泊まる部屋のようで、向こう側は簡素なベッドと机、シャワールームがあるだけの、従者用の部屋らしい。こちら側が貴族用でソファもあり、ベッドも大きく、お風呂場も広々してる。
「「逆でしょ!」だろ!」
アレクライトとゼランローンズは、紛うことなき貴族だ。楓と月華は一般人だ。
「いやぁ、他に部屋がなかったからさぁ」
「部屋の割り当て違ってるじゃない! 月華、あっちにいきましょう!」
「ゼラ! 部屋交換だ!」
内扉を開けて、月華はゼランローンズに言う。
「断る」
ベッドに腰掛けていたゼランローンズが両断する。
簡素な部屋に女性を置くなど、とんでもないと意見を曲げず。だが月華も、体格考えろよ! と交換を粘る。
広い部屋は慣れてないから落ち着かないんだ! と食らいつくが、首を横に振るばかり。
楓も隣の簡素な部屋を覗いてみると、本当にベッドと机だけのシンプルな部屋だ。
「こっちの方が落ち着くわ……」
カントリー調の優しい雰囲気の部屋に、ベッドが2つと机が1つというシンプルな部屋は、なんとも言えない安心感があった。
「この狭さが丁度いい感じだよな……」
元々住んでいた部屋だって広くない。ベッドと壁の近さなどが本当に丁度いい。
今まで広い部屋を使わせてもらっていたが、なんとも落ち着きが悪く、リラックスできなかった。
女性2人が、自分たちに気を遣って言ってるわけではなく、どう見てもこの部屋を切望してるようだった。
「この部屋を占拠するぞ!」
「賛成!!」
部屋の隅に荷物が入ってる鞄を置き、アレクライトとゼランローンズの荷物を広い部屋へ持っていった。
「ちょ、何してんの!」
アレクライトが慌てて、2人を止めようとするが、時すでに遅し。
「わがまま言ってごめんなさい……。でも、広い部屋は本当に落ち着かないのよ……」
楓は眉を下げて、しょんぼりした表情で謝る。
わがままで、狭い方を希望するってどう言う事だ……とアレクライトは混乱する。
「本当にこちらの方が落ち着くのだな? 我々に気を遣ってるわけではないのだな?」
ゼランローンズが念を推すように訊ねると、楓と月華は大きく頷いた。
寝る時は、簡素な部屋を使う事を了承してもらい、2人はガッツポーズをする。




