日課は崩したくないよね。
朝、目が覚めるとシロは、隣でぐっすり眠ってる楓を起こさないよう、そっとベッドルームをでる。
太陽はまだ昇ってない。
空の様子からすると、いまは黎明どき――もうすぐ太陽も見えてくるだろう時間だ。
日本だったら5時半くらいの時間だが、雪の季節なら日の出も遅そうだ。
シロは異世界に来てから、スマホの電源を落としていた。もちろん圏外だったし、時間も全然違うようだった。
通信を行うアプリは勿論起動しなかった。オフラインでも使えそうな機能は、メモ帳や電卓くらいだ。使う用事がない。
ついでに言うなら、買ってから4年くらい経ってるので電池の持ちは悪い。電源を切っていても、すぐ電池は尽きるだろう。
――昨日の混乱からまだ明けないけど、前に進まない事には、見えない事柄が多そうだ
ひとつ、息を吐いた。ひとまず、朝の身支度をそっと行ない、部屋を出る。
隣の部屋の男2人が起きてる気配がするので、部屋の前まで行き、小さなノックと小さな声で訊ねる。
「おはようございます。走り込みしたいのですが、町の周辺を駆けてきて大丈夫ですか?」
この町には、高さ2メートルくらいの石の壁があった。町の中から見ると、囲うようにぐるりと張ってある。
外周壁と思われたので、ランニングのコースにはもってこいだろう。
だが、勝手知ったる平和な日本とは違う。
保護されてるらしい身なので、許可を得ないとまずいだろう、逃亡とみなされ指名手配とかになっても困る。
許可が出なかったら、部屋で自重トレーニングにしよう。と朝の運動プランを考えていたら、部屋のドアが開く。出てきた人物の頭が見切れてる。
「シロ嬢か? おはようございます……って……」
ゼランローンズが声を上げようとしたところ、シロは慌てて右手を伸ばし、即座にその口を塞ぐ。
眼を見開いたところを見ると、声を張り上げそうだったからだ。
「っと、失礼。シロ嬢の瞳に驚いてしまい……昨日と異なっておりますよね。髪も異なっておられたし、驚きばかりです」
「あぁ、使用期限が1日の、瞳の色を変える道具を使っていました」
シロの裸眼はオッドアイだった。
昨日はその瞳を、三白眼カラーコンタクトで隠していた。コンタクトレンズは1日限りの使い捨てタイプなので、寝る前に外して、昨日取り出したTシャツを包装していたゴミと一緒に、鞄に仕舞い込んだ。
安全靴が通じなかったので、コンタクトレンズという名称は言わず、効果を説明してみる。
すると、魔導具でも似たようなものがあり、点眼薬で瞳の色を変えるものがある、と教えてもらった。
「ひとつの瞳に、瞳孔を除いた2色以上の色を持ってる人や、オッドアイの人は、コレクションとして、貴族や娼館などに高く売れ、連れ去られる事もあるので、防犯の為に瞳を隠すのです」
瞳の色を隠す伊達眼鏡も、魔導具であるらしい。
オッドアイであるシロの瞳も、危ないかもしれないので、手に入り次第渡す、と言われてしまった。
金がない、と断るのも今更なので、その場は頷いておいた。
走り込みなら、やはり町の外周が適してるとの事で、自分も走る予定だった、護衛も兼ねて一緒に行く、とゼランローンズに言われた。
流石に保護されてる身で、勝手に走る訳にも行かないだろうから、シロは頷くしかなかった。
雪道のランニングなんて無謀かと思ったが、外周壁の外側は、幅3メートル位の、石畳風になっている。その石畳風の道路の下を、温泉宿の排水パイプが通っていて、ロードヒーティングのようになってるそうだ。
冬でも散歩して、体を動かす人が多いらしい。
「ところで、シロ『嬢』ってのやめて欲しいんですが……お嬢さんなんて歳でもないし、柄でもないので。呼び捨てでお願いします」
「それは女性をぞんざいに扱ってるようで、性に合いません……」
「丁寧に扱われるような、お淑やかな女じゃないんで。後から改めるより、始めからの方がいいな、と思いまして」
「ふむ……シロじょ……シロが望むならそうしましょうか。シロからも丁寧な言葉ではなく、昨日のような砕けた口調をお願いしたい」
「わかった」
軽く会話をしながら、中々のハイペースで、町の外周を2周ほど走った後、町中の公園のような広場で組手を行う。
公園の半分はロードヒート、半分は雪遊び用に雪が残っている。
ゼランローンズは、その体躯に合うパワーある攻撃で、巧く去なさないと怪我をしてしまいそうだ。
昨日、殴って蹴った奴らとは、動きが全然違う。と、シロは感じる。
勿論、体を動かす目的の組手で、練習のようなものだ。
身を守る、基本的な動きを、教えてくれる。
運動神経がいいシロは飲み込みも早く、段々楽しくなってきた。
「シロは元々訓練をしていたのか?」
「仕事が体力勝負なトコあったから、体を鍛えてはいたけど、こういう組み手は初めてだ」
現場仕事も入るシロは、習い事などをする時間は取れなかったので、体力作りは、近所や、通勤で、走り込みをしたり、寝る前に筋トレをしたりするくらいだった。
体の基礎ができているようで、ゼランローンズは教える内容のレベルを、どんどん上げていく。
気づけば2人とも、汗だくになっていたが、体をたくさん動かしてスッキリした。そして宿に戻る。
男たちが泊まってる部屋の前で、アレクライトが2人を待っていた。




