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事実は人によって異なる。


「ドゥラーク侯爵令嬢、いい加減諦めたらどうです? そこの彼女、ゼラと同じ部屋で一夜を過ごした仲ですし」


 アレクライトがホールに入る。

 アレクライトは嘘を一切言ってない。だが、聞く人によっては勝手に解釈をしてくれる内容だ。


 楓とゼランローンズは、その意図を理解して、余計な事は言わないように口を噤む。

 ドゥラークと呼ばれた貴族令嬢は、口をパクパクと金魚さながらに動かして、月華を見る。


「こ、こ、こ、こ、こんな、淑女らしさのない奴が、ゼランローンズ様と一夜を過ごし……う、うそよ?!」

「ん? それがどうかしたのか?」


 月華は事実なので、特に誤魔化すこともなく、肯定の意を持って言葉を返す。

 令嬢は怒って赤くなったり、驚愕の事実に青くなったりと顔色が忙しい。アレクライトは近づき、令嬢に耳打ちをする。


「彼らはだいぶ前から、体で語り合う仲ですよ」


 これも事実である。現にゼランローンズと月華は、会って2日目で拳を交えてるのだ。が、解釈次第では勝手な答えを出してもらえる。令嬢はフラリと体が倒れる。令嬢付きの侍女が慌てて支えて、床に体が叩きつけられる事はなかった。


「よ、よくも、ゼランローンズさまを穢したわね……この平民がっ…!」

「ん? 汚した? あぁ、しょっちゅうだけど?」


 外での組み手では、お互い泥だらけになったりもする。月華はその事を肯定する。

 アレクライトと楓は、笑いを頑張って堪えてる。ゼランローンズは居た堪れない表情だ。


 アレクライトと月華は、一切嘘を言ってないから、否定しようもないし、勝手に令嬢が、自分にとって許せない方向へ解釈しているだけで、ここで下手に事実を言おうものなら、再び付き纏われるだろう。

 ならばこの盛大な誤解を利用して、付き纏いから解放されたい。ゼランローンズにそんな願望が湧いてしまった。


「(ツキカ、ゼラが腰を引き寄せるから、ちょっとゼラにぴったりくっついてくれ)」

「(ん? わかった)」


 アレクライトが念話通信で、月華へお願いを送る。

 ゼランローンズもその通りに行動して、月華を抱き寄せる。


「そういう訳なので、お引き取り下さい。今後一切関わらない方が良いでしょう。私は彼女を、どんな物からでも守り通す」


 令嬢は唇をワナワナ震わせて、何も言わずにその場を立ち去った。

 ゼランローンズは、後で令嬢の家に抗議文を送らねば、とため息を吐く。


「組み手するの羨ましければ、組み手したいって言えば良いのにな?」


 気分屋の女に振り回された、と月華は頭を掻く。

 途端に、楓の腹筋が崩壊して、アレクライトも釣られる。

 すれ違いコントを見てる気分になる。

 見てる側には、すれ違いの背景がわかってるので、誤解が解けずにどんどん広がっていく様が、面白くて仕方なかった。

 芸人さんのネタではなく、生で見れた事に、楓は一種の感動を覚える。


「くっ、ふふふっ、うっふ……あはははははっ」

「か、カエデっ……笑う……くくっ……のは違っ……ブフッ」


 ゼランローンズも頭を一掻きして、弟の言っていた難攻不落を思い出してため息をつく。


「ツキカすまないが、あの令嬢の家に抗議文を早急に送りたい……」

「ん? わかった」

「アレクが組み手の相手をしてくれる。存分に体を動かすと良い」


 ゼランローンズはホールを後にする前に、楓用のお茶の用意をメイド長へ頼む。

 そして足早に消えていった。


「月華……あの子がしたかったのは、組み手じゃなくてデートよ」

「え?! そうなのか!? そんなの一言も言ってなかったから、てっきりこれから組み手をするのに、貴族である自分が先、って思ってたものかと……」

「んで、順番を貴族に譲らなかったから打たれた、と思ってたのか?」

「あぁ、そりゃそうだろ……。平民って言われたし……」


 楓はやっぱり気付いてなかったのか……と呆れた気持ちになるが、恋だの愛だの身近な環境になかった彼女には、わかりづらいジャンルの出来事だ。


「うわぁ、人の恋路を邪魔してしまったのか……ちょっとローゼリアに蹴られてくる……」

「何でそこで、馬が出てくるんだよ!」


 月華の言葉に理解が及ばないアレクライトは、ツッコミをするので、楓は慣用句の一種で、元いた所で使われていたものと説明する。


「あれ? でもゼラ嫌がっていたぞ?」


 月華は、ゴーヤを食べたような顔のゼランローンズを思い出す。アレクライトは、ははっと笑い、ゼラは彼女に興味を持たないどころか、迷惑してる事を教えてくれる。


「だけど、貴族ってストレートに物事を伝えるのをよしとしない風習があるから、そのせいもあって、彼女は自分に都合の良い解釈ばかりさ。ストレートに言葉を伝えても、湾曲して解釈をされるから尚更、彼は困ってるみたいでね」


 ラノベ世界でも、貴族は言葉を濁す表現をかなりしていたから、楓はそれを見た時「回りくどすぎる……」と率直な感想を抱いた。

 こちらの世界もそんな感じか……と思ったが、目の前の彼らはそんな事をしていない。

 アレクライトは、そんな楓の表情を読み取った。


「散々記録に残っているからね。聖女と稀人は、遠回しな表現を嫌うって。スヴァルニーとシェリッティアは対貴族と聖女・稀人では言葉を変えてるよ」


 そして小一時間ほど体を動かし、スッキリしたところで、ゼランローンズが戻ってきた。

 サロンへ移動して、夕食まではのんびり過ごす。


「明日以降、好きな時にここを経ち、王都へ戻ろうかと思っているが、2人はどうしたい?」


ゼランローンズは、これからの身の振り方で、希望を聞こうと話を切り出す。


「私はディジーの所で、テラリウムが商売になるか試そうかと思ってるわ」


 楓はディジニールに世話になりながら働きつつ、馴染んで行こうと思ってるようだ。

 流石に1人きりでは、前の環境のようには生きられない事はわかってる。以前と同様の仕事は出来ないのだから。


「わたしも姐さんとこで、自立するのに必要なスキル身につけておこうかな。商売やってる人って顔広いし」


 2人は自立のために、一旦甘える事を選んだようだ。

 世話をしてくれるというなら甘えよう、そして受けた恩は必ず返す、と意気込む。


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