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この星には還らない


 それから3日ほど、翻訳をして、魔法講座を受ける。

 アレクライトと月華の怪我はすっかり治った。

 よく食べるから治りが早い、と周りは納得してくれた。

だが、こっそりちまちまと回復をしていた。

 隠蔽効果のある魔力で回復をするため気づかれないが、一気にやるのはまずいので、回復速度が早い人と思われるレベルの回復量を施していた。


 そしてようやく翻訳作業が終わった。

 ハッキリ言って、聖女の記録は、楓や月華の為になる情報は無かった。

 10代で来た子は、自立よりも保護を望む者が大半で、そちらの方が国側も都合がよかったのだろう、とゼランローズが教えてくれる。


 月華にとっては、両親の行方を知れた事が、何よりの収穫だった。

 そして、記録の中で1番役に立つのが、月華父が残した魔法陣だ。

 練習用の魔法陣で魔力を込めると、様々な属性の魔法が使えるのだ。


 アレクライトは、苦手気味な魔力コントロールを中心に自主トレを行い、自分が今まで扱えなかった属性の魔法を出しては喜んでいる。

 ゼランローンズは、魔力で魔法陣を描いてみたりしてる。

 楓は温風がでる魔法陣がお気に入りで、冷え性にありがたいと何度も使っている。


 昼下がり、キャリーキャットが荷物を持ってきた。

 メイドが荷物を仕分けて、該当分をゼランローンズに渡す。

 残りは主人・夫人宛でメイドが運んで行った。


「ツキカ、届いたぞ」


 ゼランローンズは届いた荷物から、月華宛の物を取り出し渡す。月華は受け取ると着替えてくる、と部屋へ移動して行った。


「月華、服欲しがったの? 珍しいわね」


 去っていく月華の背中を見ながら楓が呟くと、ゼランローンズは眉を下げて答える。


「喪服が欲しい、と言われてな」


 喪服が届いたら墓参りをさせて貰う、と服を頼んだ時にゼランローンズに伝えていた。

 キャリーキャットでディジニールへ手紙を飛ばし、作って貰ったそうだ。

 楓の分もディジニールは作っていたようで、使うならどうぞと手紙も入ってる。

 受け取った服に着替えてくる、と楓も部屋へ戻っていった。


 アレクライト、ゼランローンズも正装してホールで2人を待つ。

 東部の風習では、亡くなった人の身内は黒いドレスを纏い、チュールハットを被る。

 アニメなどで流れている映像にある西洋のお葬式でみる、編み模様の布が付いている帽子だ。

 ヴィクトリア王朝の喪服のような、スカートが大きく広がっている豪華な物だった。


 身内でない者は、身内より慎ましい黒いシンプルなドレスに、黒いポンチョコートを着用し、スペインなどにある伝統的な典礼用ヴェール、マンティラのような物を着用する。

 大きな透かしのある櫛を束ねた髪に挿して、その上から布を乗せるスタイルで顔は見せていいらしい。


 月華はいつもは断っているが、今日は化粧をメイドに施して貰った。


 そして、馬車でシェリッティアの人々が眠る墓地へ向かった。

 墓地の真ん中あたりに、月華の両親の墓はある。

 ゼランローンズが案内して墓前までくると、1歩下がる。


 墓石は月華の母が亡くなった時、月華の父が用意したものらしく、この世界の人には読めない文字が刻まれていた。


———この星には還さないし還らない。名はここに残さない

 願わくばまたあなたと巡り会えますように。そして、今度こそ愛する家族で幸せになれますように


 父の最期の抗いを感じた月華は頷いて、墓に向かって頷く。


『父様、母様……その願いもう少しお待ちください。わたしはまだ生きてみます。再び巡り会える日は、少しだけ遠いですが待っていてください』


 月華は日本語で墓前に言葉を送る。

 そして、手に持っていた花は墓に添えず、ゼランローンズを呼ぶ。


「空へ花を届けたい」

「わかった」


 月華の願いに応えるように、ゼランローンズは花を受け取り、風魔法を起こして花を空高く送り出した。

そして、全員で花が見えなくなるまで上を見ていた。


 そして、月華は墓石に向かい合い、ふぅと息を吐くと拳を握り締め、墓石へ拳を落とし殴り出した。

 慌ててゼランローンズが、月華を抱き抱えるように引き剥がした。


「な、何をやっているのだ……!」

「この墓、壊したら形見が出てくるって、父様の本に書いてあったから……」

「だからって素手でやるなよ、怪我するだろ!」

「そうよ、しかも石なのよ、痛いでしょ!」


 口々に叱られて、月華は納得いかない顔をしていたが、ゼランローンズが代わるからと宥める。

 そして彼は拳を握り、身体強化を施し、墓石へと拳を下ろす。

 一撃で10センチ厚の四角い石のプレート全面にヒビが入り、ゼランローンズの拳から放射状に、石が盛り上がった。


「相変わらずすごいパワーだ……」

「生身でよくあんな事出来るわね……」

「素手でやってるじゃんかー」

「あのクマと人間は比べちゃいけません!」


 アレクライトは友の拳を呆れ半分、感心半分。楓はドン引きの気持ちでゼランローンズを眺めていた。

 月華がアレクライトに受けた注意を不服に思い、言葉を出すと、お母さんのような感じで、アレクライトからツッコミが返ってくる。


 石がバラバラと落ちて行くと、墓の中には大きな箱が入ってる。箱は棺ではない。A3用紙大くらいの大きめの箱だ。

 箱に魔法陣が刻まれていて、状態保存の魔法が掛かっているようだった。箱の中には綺麗な反物がいくつかと、着物が入っていた。


「この着物……母様がいなくなった日に着ていたもの……だ……。帯や帯留めも……」


 月華は、離ればなれになった母が、その日身につけていた品々を思い出し抱きしめる。



———月華へ

お母さんのおさがりだけど、使って下さい。

あと、この世界の最高質の糸で反物を織ったので、結婚式のドレスを仕立てたりする事があったら使って下さい。

他、気に入った糸でいくつか織ったので、好きな服に仕立てて下さい。

残せる物が少なくてごめんね。

あなたの手元に届きますように。



 母の愛を確と受け取り、月華は唇を噛み締め、声を殺し、涙を流す。ゼランローンズは月華の側で膝をつき、そっと自分の腕の中に隠すように包み込む。

 楓も少し離れたところで、貰い泣きしてポロポロ涙を零す。

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