女に泣かれると男はつらいよね。
隣室には男2人。
微かに聞こえる泣き声に、苦悶の表情を浮かべる。
「クロ嬢の泣き声か……」
アレクライトの呟きが部屋に落ちる。
隣の部屋がある方を一瞥するが、どうする事も出来ない歯痒さに、拳を握ることしか出来ない。
彼女らには何の落ち度もない。理不尽に巻き込まれ、突如生きる世界を変えられた。
泣きたくて当たり前だろう。その涙を拭って抱きしめる資格すらない。
責め苦を受けるべき者たちは、聖女を見つけた途端、聖女とともに、すぐ神殿から立ち去り、馬車で王都へ向かった。
聖女を喚び出せる時間は、星詠師の話によると、此度は黄昏時。
呼び出したすぐならば、辺りもまだ闇に包まれていなかったので、神殿付近のこの町には、立ち寄りなどせず通過し、この町から王都へ向かう街道を通り、途中にある何処かの町で宿を取ったと思われる。
王都へ近づくほど、町の規模は大きくなっていく。
彼らはきっと、王子が宿泊しても問題ないレベルの、豪華な部屋を持っている宿がある――おそらく3つ隣くらい先の街に、いる事だろう。
アレクライトとゼランローンズは、王宮に星詠師と魔術師がいない事に気づき、街道ではなく、森を馬で駆けるショートカットを行い、神殿を目指した。
惑星が直列になる時、星詠師は天啓を受ける。
その際に、たくさんの魔力を、召喚の間にある魔法陣へ注ぎ込むと、召喚が可能になる。
それ以外にもあらかじめ、事前に一定以上の魔力注入が必要でもある。
召喚の手順は、いくつもの文献に残っている為、事前準備から行う事は容易い。
召喚反対者の目を盗む事なども容易いもので、その証拠に聖女召喚という名の誘拐行為が、起こってしまったようだ。
2人が神殿までもう少し、という所まで来た時には、王子と聖女、星詠師と魔術師は、すでに神殿付近の町を抜けていた。
神殿の結界は解かれていたし、馬車もなく、馬の足跡と轍が残っていたので、彼らは立ち去った後だとわかる。
念のため、中の様子を確認しようと神殿に入れば、女の悲鳴が聞こえてきた。
召喚の間の扉を開けば、王子の護衛騎士である、近衛の下っ端たちが、幾人も倒れてる。
男性のような衣服を身につけていたが、顔立ちからして、女性であろう人が、近衛と対峙してるようだった。
騎士のくせに、女性に暴力を振るうとは何事か……と怒りが立ち、近衛を問い詰めようとしたところで、女性が手に持っていた金属を、近衛に投げ当てた。
中々痛そうな音が聞こえた次の瞬間、言葉にし難い痛みであろう衝撃が、目の前に現れる。
金属が額に当たった比ではない事は、よくわかる。
女性が身を守るには、1番的確な方法とはいえ、自分は絶対に、絶対に、食らいたくない攻撃だ。
近衛が崩れ落ちると、奥にもう1人女性が見えた。
色々考える事、やる事が浮かんでくるが、目の前の女性たちを保護しなければならない。
王子がそばにいないので、聖女ではない事がわかる。
という事は、巻き込まれた人たちなのだろう。過去の記録にも、聖女と一緒に召喚された、力を持たない一般人がいた、という物がある。
おそらく彼女たちは、そちらに該当する。
———この人たちはもう2度と元いた世界に帰る事が出来ないのだから……守らなければ……
彼女らの質問に答えた。
アレクライトたちも、聞きたい事が沢山ある。だが、まず彼女らの現状把握が終わらない事には、質問に答えてもらえないだろう。
彼女たちの質問だって、まだ終わったと思えない。終わるはずがないだろう。
まだ会って数時間。現状の把握と受け入れなど、できるはずもない。
黒い髪の女性は戸惑いを全面に出していて、表情も不安の色で染まっている。
茶色い髪の女性は、こちらをめちゃくちゃ警戒してる。
知らない男たちに襲われて、怖い目に遭っているのだから仕方ないと思ったが、彼女の表情は恐怖を滲みだしているものではなく、無体を働こうとしてきた男たちと同じように、こちらを警戒する目だ。殺気に近い。
食事をしながらでも気を一切抜かず、組んだ手の指が、少し手遊び程度で動いただけでも、彼女の瞳は動いた。
そのくらい警戒心が高いと、こちらも安心できる。
とは言え、言葉が刺々しいのは少しつらい。
――異世界人という2人に、早く信用してもらいたい、と思うのはまだ早いのだろう。
「過去の記録にあったとは言え、目の当たりにするとなると、気分の良いものではないな……」
ゼランローンズにも聞こえてる、楓の泣き声。
彼はブリキのような金属の丸い缶を握りながら、顔をしかめる。
「ゼラ、その缶はなんだ?」
彼の大きい手に、すっぽり埋まってる缶について訊ねてみると、ゼランローンズは眉を下げ、缶を見つめながら答えを返す。
「シロ嬢に傷薬を渡そうと思ったのだが、断られてしまった」
シロの目の下に青痣があった。おそらく近衛に殴られたものだろう。その治療の為に傷薬を渡そうとしたが、頑なに断られ続けた。
自分が大柄なせいで怖がらせてしまったのだろうか……と申し訳ない気持ちになる。
明日もう一度渡してみよう。と自身に言い聞かせ、ゼランローンズは缶をテーブルに置いた。
彼女らが落ち着いて、安心して、笑顔で暮らせるようにしなければならない。
家の風習で、異世界人至上主義として教え込まれたが、ただの教えではなく、魂に刻まれたもの、のように思えた。
実際の2人を見た時に走った衝撃が、途轍もないものだったと記録があったのは覚えている。
古くから先祖が感じていた、異世界人至上主義を身をもって体験した。
アレクライトとゼランローンズは、血が繋がっているわけではなく、違う家系だが、2人とも同じ感じだったようだ。
記録にもあった。
『聖女を見た瞬間から、護りたいと強く願う気持ちが溢れ出た』
その言葉は、自分たちの心に染み渡るように、広がっていた。




