魔法は物理?
『怖かったのー』
ドリルウサギが、楓の太腿に頬を擦り付け、ぷるぷる震えてる。
ここは森の入り口。
雨除けの天幕が設置されてる。
補給物資と怪我人を治療する簡易ベッドも配備して、支援部隊は待機だ。
少し前に、ここへ翼を持った空飛ぶヘビが、このモフモフのドリルウサギを連れてきた。きた時はベシャベシャだったが。
天幕の入り口は大きく開かれているので、すぐに森からの異常を見つけれるようになっている。
『敵やないから撃たんといてー!!』
と、叫びながらヘビが飛んできた時は驚いた。月華から聞いてはいたが、ヘビの言葉が理解できる事に驚く。
ヘビの突進に一同は構えていたが、楓が止めた。月華の言っていたヘビだと思う! と伝えると、その話もみんなに伝わっていたようで、警戒を解く。
『いやぁ、クマ人間と白い姉ちゃん、ちゃんとワシの事、伝えといてくれたんやな』
果実水が入った木のコップに、頭を突っ込んで、ガブガブ溺れてるように飲むヘビに、全員ちょっと引いてる。
「しかし、本当に魔物の言葉まで翻訳されてるようですね……」
近くにいたメイドが言葉を落とす。
楓は、自分でもビックリしてると答え、ドリルウサギを撫でる。
ティティラファリカが、チラチラと見てる事に気づき、彼女へドリルウサギを差し出す。そっと抱きしめてみるとウサギはすこし安心したのか、頬擦りをしだす。
夫人の顔が緩む。
『ワシもプルプル震えたら、抱きしめて貰えるんやろか?』
『多分無理だと思うわ』
『何でやねん! ワシ、むっちゃキュートやろ?!』
このヘビも、よくよく見れば、話すときにだって表情がコロコロ変わって愛らしい。が、モフモフには敵わないだろう。
毛長のウサギは、雨除けと乾燥をかけてもらって、ふわっふわのもっふもふだ。
急にティティラファリカが、バッと顔を森の方へ向けたので、全員何かに備えるよう、雰囲気がピリッとしたものに一変した。
「全員固まって! 防御魔法を展開するわ!」
乳白色で半球体の防御魔法が、天幕を包んだ数秒後に、地鳴りのような轟音が鳴り響く。防御魔法がガタガタと揺れるほどの音と衝撃に、ティティラファリカ以外が驚いていた。
ヘビが目玉をひん剥き、口をカッパリと開いて、舌をダラリと垂らして、一番驚いた顔をしていた。
「アレク君が、手加減なしで魔法を撃ったみたいね」
「こんな凄い物なんですか……」
楓は今まで見た魔法は派手さのない、便利なものだけだった。アレクライトが見せてくれた魔法は、牽制のための稲光なので、そんな大きな威力ではなかった。
他は、浄化魔法や馬車を温めるもの、お風呂にお湯を溜めたりといった、生活魔法というものだけ。
離れていても響く音に、震える空気……。魔法は撃てば敵を倒せて終わり、というわけではなかった。
ちゃんと物理現象が起きるという事は、物質として存在するという事だ。
こんな衝撃があるなんて思ってもみなかった楓は、未知の経験に震える。
『な、な、な、な、な、なんや……なんやの?! な、なぁ? 黒い姉ちゃん、何が起こったん?!』
『えっと、多分すごく強い魔法を撃った衝撃が、きたんだと思うわ』
『はえ〜〜〜。魔法ってそんなに凄いものなん?』
『私もよくわかってないのよ……』
『むっちゃ凄いねんな……』
『そうね……』
ヘビはプルプル震えるどころか、カチコチに固まっている。目をひん剥いて口をあんぐり開けたままだ。
周りを見るとメイドも驚いていた。
「こんな威力出るものなんです、ね。いつもザーナカサブラン様は武器で討伐なさるので、こんな魔法の衝撃は初めてです……」
防御魔法が消えて、辺りの様子が、鮮明にわかるようになる。
衝撃で、雑草が森からこちらに向かって、薙ぎ倒されている。
「なんてモノ放つのかしら……あの子は」
ティティラファリカの呆れ声が、ポツリと漏れる。
10分くらいすると、後方部隊の弓兵たちが戻ってきた。雨除けの魔法を掛けていたはずだが、雨に濡れて泥だらけだ。
「アレクライト様の魔法で、付与が剥がされましたよ……」
「でしょうね……」
ティティラファリカが、浄化と雨除けを1人ずつかけていく。後方部隊への処置が終わった頃にザーナカサブラン、ゼランローンズ、アレクライト、月華が森から出てきた。
ザーナカサブランとゼランローンズは、ロープで括った事切れた鯨を、引き摺りながら歩いている。
そしてアレクライトと月華は、泥と怪我だらけだ。多くの人が怪我をしていることを知ってるので、治す事は辞めたようだ。
「避難しろとか、伏せろとか言うだろ!」
「それについてはほんとゴメン! オレだってあんな威力と衝撃が来るなんて、思わなかったんだって! ディゴットフェルゥを速く倒す事に夢中だったのもあるし」
アレクライトと月華が、ぎゃあぎゃあ言いながら歩いてる。
怪我人なのに元気だ、と思いながら後方支援部隊は、無事気味な事に、安堵の息を漏らす。
「つーか、なんで一番近くにいた2人が、ほぼ無傷なんだよ!?」
「「鍛えてるからだな」」
「鍛え方が足りなかった……のか……」
「ツキカ、真に受けるな! この親子は魔力が高いから、魔法で起きた衝撃波を無効化できるんだよ!」
そして、野営地まで鯨を引き摺って来たあと、浄化魔法をかけられ、天幕に入る。
浄化魔法で泥が落とされたら、怪我の状態がよくわかる。
そんな怪我をするほど無茶をした、月華とアレクライトはお説教タイムだ。




