アラサーだって大泣きします。
話をしてて、ストンストン落ちてくる納得の数々。
消防士と聞いたら、レスキューの人たちが浮かぶように、『星詠師』で、星の位置を感じる職業の人がいる事を、さも常識と言わんばかりに、感じれるようになった。
『双子月』は、この星の衛星が2つある事、常識です! というレベルに感じている。
頭の中に、広辞苑みたいなのがあって、聴いた単語を、辞書で引いて納得する。そんな感じ。
翻訳チートのすごさと同時に、怖さも感じる。
楓の隣に座るシロも、それを感じてるのか、険しい顔をしてるように思えた。
「わたしのやるべき事は、『聖女召喚の儀』とやらを行ったヤツをブン殴る事か? それとも、ぶつかってきた女子高生をブン殴ることか?」
――違った! 盛大に違ってた!!
シロが、ブツブツと眉間にシワを寄せながら呟いてる。物騒な言葉が聞こえていても、ツッコミ不在だ。
そして彼女は、「どっちもブン殴ればスッキリするかな」と、1番物騒な結論にたどり着いた。
「関係者、殴りに行きますか?」
声を掛けたのは、アレクライトだった。穏やかな表情の美丈夫が、似合わない言葉を放つ。
まじトーンで何口走ってんのよ! と心の中で、ツッコミを行なう事しか、楓には出来ない。
気軽にツッコミできるほどの仲ではない。ツッコミがわりに口を開いたのは、ゼランローンズ。
「待て、殴るだけで済ませてはいけない」
ツッコミが物騒だ! やはり心の中のツッコミをしつつ、口は開かぬままにしておく。まだやはり気軽な仲ではない。だが楓は、ツッコミ入れたくて堪らない状態だ。
隣でシロが首を振ってひとつため息を落とす。
「殴ったところで、解決しないのはもう"感じた"から。不満が漏れただけだ」
「『聖女召喚の儀』は、一方的に喚び出すだけで、送り返すこと……元の世界に帰す事は出来ないんですよね?」
やっと言葉を発した楓の顔には、悲壮しか浮かんでいない。
――感じたから、答えはわかっている。でも確かめたかった。
帰れないと、直接言われてはいない。一縷の望みくらい持ちたい。
楓はそんな気持ちを持っていた。
「……はい、わたくしが調べた中では、異世界から来られた方を、帰す事ができたという記録は、ありません」
アレクライトは悔しさを滲ませた顔をしながら、拳を握り下を向く。
目の前の困ってる人たちを、奈落の底に落とす様な言葉だと言う事がわかっているが、訊かれた事には答えなければ、せめて自分たちだけでも誠実でありたい。そんな気持ちでいっぱいだ。
楓はごはんを食べて落ち着いたのに、また震えが出てくる。そんな楓の背にシロの手がふわっと乗る。
「あなた方は名乗ってくれましたが、わたしたちはまだ、信用しきれてないので名乗る事はしません。仮の名でわたしをシロ、彼女をクロと呼んで下さい。」
シロは、男2人がちゃんと話をしてくれて、情報をくれたとわかっている。偽名だとわざわざ相手に伝える事が、その証だろう。偽名のままなのは、ドブリ映画を信じてるのかも知れない。
さっきまでトーンは低く、冷たく感じる言葉で、敬語を使ってなかったが、名を聞き、ある程度の質問に答えてくれた所で、彼女は敬語になった。
彼女が、彼らの誠意に応えた形に思われた。
「明日以降の、わたしたちの扱いは、どうするか決まってますか?」
シロは訊ねながら、震える楓の背中を優しくさすり、アレクライトの答えを待つ。
「選択肢の1つ目は、王宮に報告をし、保護先を王宮に変えてもらう。2つ目は我々が継続して保護を行なう。と言ったところでしょうか。どちらにせよ、貴女たちが、この世界に慣れる為の時間が必要な事は、変わりない」
すぐに答える事はできない。
保護してもらう先でのメリット・デメリットがわからない。
放り出される訳では無さそうだが、この世界に来て、初めに接触した措置は、「捨て置け」だ。その次が「ショウカンに売り飛ばす」だった。
日本人としては信じられない気持ちだが、もしかしたら、ここでは、あれが一般的な方法なのかもしれない。
だとしたら、目の前の2人は、神様仏様ものだ。
とは言え、捨てられる・売られる可能性がなくなった訳でもない。楓は頭の中が忙しくなりだす。
日本にいた時だって、リストラ、派遣切りなど、環境が急に変わることだってあった。
絶対、などない。
王宮に保護を選んだとしても、絶対に国から守ってもらえるわけでもないだろう。
色々ぐるぐる考えてしまう。
シロはすぐに答えは出せない事を伝えた。
男2人もそれらを理解しているようで、今日はもう休むように、と言いドアの近くに置いた装備を手に持ち、退室して行った。
その後、鍵を閉め、ベッドが置いてある奥の部屋へ向かう。
楓は靴を脱ぎ、体をベッドへ放ろうとしたが、シロに止められる。
シロは自分のカートを開きだした。
そこには、まだパッケージングされた服が入っている。服だけではなく色々なものが、タグがついていたり、プラ包装のまま入ってる。どれも新品と思われる品々だ。
「ウニクロのTシャツだけど、パジャマがわりに使って」
大きめのTシャツを渡される。
スーツを着たまま寝るより、ずっと楽だろう。雪国だからか、部屋には暖炉があり、そのお陰もあってか温かい。
布団だって羽毛だ。自分が使っていた、羽毛じゃない掛け布団に比べたら、とても暖かそうだ。
Tシャツ1枚で寝ても、風邪の心配はないだろう。
楓は礼を述べ、さっそく着替える。シロも頷き、着替える。
自分より、15センチくらい背が高いシロにも、大きめと思われるTシャツだ。楓だと、とてもゆったりサイズで、着心地はとても楽な物だった。
シロの地元駅には、お店があまり無いそうで、出勤した日の昼休みとかに、会社の近所で日用品や普段使いの服を買うらしい。今日は大量に買い込む為に、カートを持って出勤していたそうだ。
リュックサックの中にある工具は、現場で職人さんが忘れた物を回収してきて、会社に戻すのを忘れていたらしい。
忘れんぼが起きた事に、楓は心の中のイイねボタンを連打する。
各々ベッドへ潜り込み、他愛もない話をして、少しは気が紛れた。
だが、いつまでも核心に触れず、先延ばしに出来ない。
ダラダラ延ばしたって意味がないので、これからの事を話し出す。
「ほんっとにどうしたらいいのかしら……日本に帰れないって……。アパート賃貸だし、会社だって……」
「衣食住ほか、キャリア・貯蓄などの財産、全て手放した状態だもんな……召喚の儀を行ったやつに、財産を弁償させないと気が済まない」
「アレクライトさんたちに、相談してみる……?」
「……? 誰だ、それ」
「さっき話してた金髪のイケメンよ、名前言ってたでしょ」
「…………人の名前と顔一致するの、時間かかる」
「まぁ、じっくり覚えればいいわよ、たぶん」
安定していた生活が一変した状態。ダメージは半端なく、でかいものだ。
「帰りたい……何でこんな事に巻き込まれなきゃならないのよ……異世界なんて、ゲームやラノベだけで充分よ……返して欲しい、私の日常を……」
弱音だって吐きたくなる。吐いたら止まらなくなる。
ブチブチ文句は出ていたが、仕事は好きだった。
父と母は数年前に他界してしまったから、そこの心配はない。だが、友達にも、もう会えない。
吐いた弱音の分だけ涙が溢れる。嗚咽から啼泣に変わるのに、時間は掛からない。
少し離れたベッドにいたシロは、いつの間にか近くにきて、楓の頭を撫でてくれていた。
泣いた。大泣きだ。子供のように声を上げて、わんわん泣いた。
恥よりも、辛さや悲しみが勝っていた。




