討伐なんて日常会話で使った事ないよ。
ヘビのシートベルトがついて、ジェットコースターよろしく、と言わんばかりに重力を感じながら飛んでいる。
10分くらい飛んでいると、シェリッティア家が見えてきた。
正面の門の位置に来るように速度を落として、門の手前で地面に近づき、ゆるりと巻きついてた体を離した。
『久しぶりにめっちゃ重たいモン運んだわ……運動不足やな……』
『助かった。思っていたより早く来れた』
『ええんやで。森の真ん中くらいにディゴットフェルゥはおってん。オレら、めっちゃビビリやねんから、戦えないねん……』
『毒蛇だろう……種族としては……』
『毒を持っておっても、森の果実しか食わへんねん……』
『そっか……』
『ほな、頼んだで! お家に帰れるの、むっちゃ期待して待ってるで!』
テンポよく会話が進み、スカイサーペントは来た道を引き返し、羽ばたいていった。
ヘビから解放された2人を見て、アレクライトが駆け寄ってくる。
「なんでスカイサーペントが、お前らを運んできてるんだ?!」
「そんなことより、父上に火急の報せだ、アレク、お前も来い!」
ゼランローンズは屋敷に入り、メイドに月華を任せると言い、濡れた髪も服もそのままに、父の書斎へと駆けて行った。
楓は騒がしい玄関の様子に気づいて向かってみると、びしょ濡れの月華が、メイドたちにタオルで拭かれてる。
「月華……! おかえりなさい」
「楓……。ただいま」
メイドに拭かれながら、起こったことを話すと、メイドが固まった。
「ディゴットフェルゥがですって?!」
「南から逃げてきたらしいっすよ」
「討伐隊編成に備え、準備なさい!」
メイドの1人が指示を出す。控えてた数人は散り散りに駆けて行った。
「何か忙しいようで、自分の事はやっときますんで……」
メイドのピリッとした雰囲気に、月華は気をきかせようと言葉を出すが、メイドが首を振って断ってきた。
「ツキカ様は自分の事を、オザナリになさる性質をお持ちのようなので、こちらでキッチリと整えます」
「え、いや……最低限はするから……」
「最低限では足りません、大人しくなさってくださいませ」
女性相手に、月華の力で振り切ると怪我をさせてしまいそうで、まずいからと抵抗しないのをいいことに、メイドたちはここぞとばかりに、月華を風呂に沈め洗っていく。
楓もちゃっかりついてきて、ほんのりバニラのような香りがする香油を肌に、髪にはカモミールの香りの香油をメイドにおすすめする。
「カエデサン、タノシンデマセンカ?」
「楽しんでるわよ! 月華はお洒落に無頓着なんだもの。せっかくの美人さんなんだから可愛く綺麗に着飾って、私の目の保養になってもらうわ!」
「その通りです、カエデ様。あ、ツキカ様の髪がきしんでるじゃないですか、昨日風呂上がりに香油はつけられました?」
「汚れが落ちればいいだろ……」
「なりません!」
月華はメイドの説教を聞き流しながら、ボディマッサージを受ける。
そして服を着せられ髪も整えられ、サロンで遅めの朝食を取らされる。楓も待っていたので一緒に食べる。
半分くらい食べたところで、アレクライトとゼランローンズがサロンに入ってきた。
2人の食事もメイドが手早く用意する。
「厄介な事になったよ……ディゴットフェルゥの討伐なんて……」
「仕方あるまい……聖女の力で、少しくらいは弱体してることを祈るしかあるまい」
「そんなに大変なの?」
難しい顔をしてる2人に楓が訊ねると、是と頷くアレクライト。
「2回だけ討伐隊で対峙した事あるけど、2度とやりたくない……」
「彼奴は図体が大きく皮膚も硬い。食したものの性質を取り込むから、弱点も個体ごとに異なる……」
「……対策が異なるって事なのね」
楓はゲームで属性が変わる敵を思い出す。持ち込める武器は1種類なので、弱点属性で攻撃していても、属性変化をされると途端に威力が下がり、倒すまでに時間が掛かったので、その類だと予想する。
「討伐隊って王都にでも連絡するのか?」
月華は訊ねる。
たしか2人は、元魔物討伐隊と名乗る騎士団だったので、王都には魔物退治専門部署があるということだろう。そちらに連絡を入れる事が、通常取る方法だろう、と思う。
ゼランローンズは首を振り、この領地にいる者で片付けると答える。
「オレらから連絡を入れても、王都は動かないよ。王都にはオレらより弱いやつしかいないからね」
自分より力持ちの人が、重たい荷物を持ってと頼んでこないのと一緒だ。そりゃそうだ、と楓と月華は納得する。
王都へ、猫便で手紙を1日半かけて届けて、何日も日かけて討伐隊がくるのを待つより、こちらにいる強者たちで討伐する方が早いだろう。
ディゴットフェルゥがいる場所まで、馬で駆けて半日もかからない。食えば食うほど強くなるので、準備が出来次第討伐に向かうそうだ。
「問題は魔物がいる森だよ! 錯乱した奴らに出遭って、時間を取られる可能性もあるし……」
「ならばわたしも行こう。理性と知性のある魔物なら、会話ができるはずだ」
月華はティーカップに入ってた茶を飲み干して、立ち上がる。せっかく綺麗な服を着せてもらったが、森に出向くのに向かない服装だから、着替えるためにサロンを出ていく。
「……あいつ、人の話きけっての」
「お前が口を開いても『反対』の言葉しか言わないだろう」
眉間を抑えながら、アレクライトは歯噛みをするが、ゼランローンズは特に反対の言葉をださないので、連れて行く気だろう。
サロンの扉が開き、夫人――ティティラファリカが入ってきた。昨日見たドレス姿ではなく、ゲームの魔法使い然とした格好だ。
「カエデ、準備なさい。後方支援部隊として貴女も連れて行くわ」
「は、はい!」




