助けて欲しいんやで
月華はひたすら走っていた。何も考えずに全力で知らない土地であろうとも、お構いなしに。
シェリッティアの領地は、屋敷の周りには広い土地があり、北には森があり、東には山があり国境がある。
西に行くと町や村が点在している、長閑な土地だ。
だが、雨の中、太陽も分厚い雲が隠してる。方角などわからない。
ひたすら地面を蹴り続ける。雨に濡れて服も重く、靴の中まで水浸しだが走り続ける。
山の中腹の岩肌が多く露出しているところで、岩に滑り転ぶ。岩に体や顔を打ちつけたが、起き上がり再び動き出そうとしたところで、ゼランローンズが体ごと引き寄せる。
「……っはぁ……ツキ……カ、止ま……らんか……。怪我……はぁ……はぁ……してしまって……」
息も絶え絶えに、漸く追いついたゼランローンズは、月華をしっかり抱え込む。
月華はだらりともたれかかり、動きを止める。
「…………」
「…………帰るぞ」
ポツリとゼランローンズが言葉を発するが、月華は返事しなかった。やがて拗ねたような口調で言葉を返す。
「帰る場所なんてない」
「どこに行くつもりだった?」
「知らない」
「まだ、父君からの言葉を、読んでいないだろう。其方を読んでからにしたらどうだ?」
「……そうする」
月華の目は真っ赤になっていたが、ゼランローンズは何も言わずに目元を拭う。涙も雨も混ざり合って、拭ってもすぐに濡れてしまう。
「雨がひどいし、風邪をひいてしまう。戻ろう」
ゼランローンズの言葉に頷いたが、ふと月華は真上を指差した。その指につられて上を見ると、翼を持つ水色のヘビのようなものが複数見える。
「スカイサーペント?! 山にこない魔物のはずだが……。そして雨の日は、巣に篭ってる筈なのになぜ?」
「でも襲ってこないな。サーペントって毒蛇だろう?」
2人して雨に打たれながらも、空飛ぶヘビを見ていた。
小さめのヘビが、高度を下げながら羽ばたき降りてくる。
『驚かせてごめんやで。森がえらいこっちゃになってんやんか』
日異翻訳には、魔物語も含まれていた。
父と母のことで悲しみや悔しさが溢れていたが、吹っ飛んだ。関西弁だし。涙も引っ込んだ。
ゼランローンズには、敵意なくピキュピキュ鳴いてるヘビにしか見えない。
「あれ? ゼラ言葉わかんない?」
「魔物と意志の疎通など、できる者はおるまい」
「『驚かせてごめんやで、森がえらいこっちゃになってんやんか』って言ってるぞ」
「?!!!! 何故わかる!?!!」
ゼランローンズは、魔物と月華を交互に見て、驚きの顔を全面に出している。
月華は魔物に向かって口を開く。
『敵意がないなら問題ない。えらいこっちゃって、地震でもあったのか?』
『なんや! ねぇちゃん言葉わかるんかいな! だったら話が早いで!』
ゼランローンズから見ると、月華が今度はピキュピキュ言ってる。ちょっと可愛いと思いながらも、魔物と意志の疎通を異世界人が取れることに、やはり戸惑いを隠せない。
だが、過去魔物と対峙した聖女などいなかった。記録など、あるはずがない。
稀人も積極的に記録を残してくれた訳でもない。
『アレや、えーとなんやったっけ……アレや、おーい、巣ぅ、ばっかーん壊しよった、アホゥの名前何やったっけ?』
ヘビは仲間に呼びかけて、名前が出てこないモノについて訊ねる。
『あぁ、アレなぁ? 人間はディゴットフェルゥって呼んでるヤツやで』
「ディゴットフェルゥ?」
訳の分からない名称に首を傾げる月華だったが、隣にいたゼランローンズは、顔を青ざめて声を上げる。
「あれは、南部の国境に巣食う奴ではないのか?!」
『なんか住処は南の方って、いってるよ?』
『せやで。あんのクジラの他にも、南にいるとムズムズする言うて、ぎょうさん魔物が逃げてきててん』
「いろんな奴が南から逃げてきた……らしいぞ?」
『あんなんおったら、ワシら食われてまうやん? だから山のほうに、びゃーって逃げてきたんや』
ヘビは首をくにゃんとしならせて、フルフルさせる。よく見るとちゃんと表情があり、愛らしい顔つきに見えてくる。
「彼らはディゴなんとかに食われてしまわないように、避難してるらしい」
「ディゴットフェルゥとは、南部の国境付近にいる暴食の鯨と呼ばれる魔物で、その名の通り、付近の魔物も人も、所構わず食べてしまうのだ」
「鯨ってのは、わたしの中では、海にいる生物なんだけど……」
「一般的にはそうだが、あいつは別格だ。発見次第討伐隊を編成し討ちに行く。このままでは森が食い尽くされてしまう。すまないが急いで戻るぞ! スカイサーペントに直ちに退治のために準備を整える旨、伝えてくれるか?」
『この兄さんが、ディゴなんとかを倒すための準備をするって』
『ほんまに?!』
『このクマ人間、こっから西にぴゅーっと行ったとこにある家の人間やろ? イノシシ人間の息子やったんか!』
魔物にまでクマと言われるゼランローンズ。おそらく父であるザーナカサブランはイノシシ扱いだが、ヘビたちは表情を明るくした。
『ほな、オレがイノシシ人間の家まで、運んだるわ!』
1番大きなヘビが名乗り出てくれる。
そこそこ上空にいたが降りてきた。その大きさは翼を広げると横幅は7〜8メートルはあり、縦幅も同じくらいだ。
「このヘビが送り届けてくれるって」
「で、でかい……こんなスカイサーペントが森にいたのか……。だがどうやって……?」
月華は、ゼランローンズの腕を自分の腹に回し、ゼランローンズが月華を抱きしめる形にする。突然の密着にあわてるが、月華は動じることなく、ピキュキュと言葉を発する。
するとヘビの体が、ぐるんぐるんと2人に巻きつき、2人を持ち上げる。
『頼んだで〜』
残りのヘビたちは口々にヨロシクと言い、大きなヘビを見送った。
関西弁は知人の口調を参考にしています。
知人曰く「俺の関西弁はソフトやで」とのこと。
ガチガチ・ベタな関西弁ではないそうです。




