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もう会えない

 祖父の家にあった、父や母から祖父宛の手紙やアルバムで、母の字はお手本のように綺麗な文字だと知っている。

 そして父の字は日本語を書いているはずなのに、想像を絶する汚さで、読めないのも知っていた。


 利き手でない手で、文字を書いてみたが、それよりも読めず、読み解く事に困難を極める。それが彼の文字だという。


 ゼランローンズが部屋の前まで送る。家の中だから気にしなくていいのにと月華は言うが、紳士である彼はたとえ安全と思われる家の中でも、女性を夜に歩き回らせる訳には行かないと護衛してくれる。

 部屋の前まで来ると楓がいた。月華が借りてる部屋の前で扉をノックしていた。


「女性の一人歩きが此処にも発生しているぞ……」

「アレクのやつめ……きちんと気配を察知できんのか……」

「フツーは無理だぞ」


「あ、月華、ゼランローンズさん。よかった、2人でいたのね……」


 楓はホッと息を吐き出し安堵する。


「あぁ、どうした?」

「えっとね……お風呂の使い方分からなくて、月華のトコと違うのかなって思って……」

「……魔石が切れてるのか? 不手際を働いたようで、申し訳ない」

「あ、いえ。私がただ単に、使い方間違ってたかもしれないので」


 3人で楓の部屋へ行き、ゼランローンズが浴室に入り魔石が設置されている場所を確認すると、魔石が入ってなかった。

 使用人が確認を怠ったものと思われて、ゼランローンズは深く詫びる。そして彼の魔法で湯が張られた。

 魔石がセットされる位置に手を当てて、魔力を流し、保温を施す。


「魔石の代わりに魔力を流しておいたので、これで風呂は問題なく入れる。後で魔石を持ってこさせよう」

「ありがとうございます、お手数おかけしました」


 楓は深々と頭を下げる。ゼランローンズは此方の不手際なのでと頭を下げる。

 そして、月華とゼランローンズは、楓の部屋を後にする。


「月華の部屋の風呂も調べておこう」

「水さえ出れば気にしないよ?」

「風邪を引きたいのか! ちゃんと湯に浸かるんだ!」

「へーい」


 普段通りのやりとりができてる事に、ゼランローンズは安堵する。本来なら怒り狂っても、心が壊れても不思議ではない事がたくさん起きてる。

 だが月華は大きく感情を揺らす事なく、淡々としているため、変な不安がつきまとう。


 月華の部屋の風呂は魔石もちゃんとあり、普通に湯を溜めて入れるようだったが、ゼランローンズは己の魔法で浴槽に湯を張る。湯を溜める間が面倒だと、水で全て済ませそうな予感がしたのだ。


「おぉ、ありがとう」

「きちんと湯に浸かれよ?」

「へーい」


 そして、ゼランローンズは退室しようとすると、月華が呼び止める。


「ゼラ、用意して欲しい物があるんだけど」


 月華からの要求に心が躍り、顔が綻びそうになるのを堪え、何が欲しいか訊ねると彼女は答える。

 その欲しいものは、すぐには用意できなさそうだったが、急ぎ用意しよう、と約束して今度こそ退室した。


「おやすみ、ツキカ」

「おやすみ。ゼラ」


 扉は閉ざされ、ゼランローンズは少しだけ寂しい気分を覚えながら、自室へ足を向けた。



 翌日、月華は朝食も取らず、身支度を整えてすぐに保管庫の記録を見ていた。


 誰も開けなかった本。母の記録をじっくり読んでいる。

 綺麗な文字で、起きた事、月華と共有したい事を綴ってあるものだった。

 素敵だった街や国、美味しかった食事や綺麗な布、自分が感動したものを時に文字で、絵で表して月華に全部伝えよう、という思いが伝わってくる。


「母様……ありがとう。離れていても、忘れないでいてくれてありがとう……」


 言葉やぬくもりを受け取れなかった期間分を埋めようと、同じページを何度も読んで、次のページへ移る。

 月華を探しにきたゼランローンズが、声をかけるのを躊躇うほど、穏やかで優しい表情をしている。

 幼少の頃に途絶えた母からの愛を、今しっかりと受け取る。

 半分ほど読んだところで、一旦本を閉じてソファの背もたれにだらしなく寄り掛かり、いつもの表情に戻った。


「ツキカ……もうすぐ朝食だ」

「ん、いらない」

「……! しかし……」

「……いま、よくわからないんだ」


 突如言われた言葉に、ゼランローンズは驚き固まるしかできなかった。

 彼女の隣に腰を下ろし見つめる。


「いま、すごくぐちゃぐちゃな感情で……両親の軌跡が見つかり嬉しいって感情と、両親にぞんざいな扱いをした王族が憎いって感情と、この国に両親を奪われて悲しいって感情と、聖女召喚の儀なんてクソみたいな事、し続ける奴らへの呆れ……。今までの記録だと犠牲になるのは聖女1人って書いてるけど、その聖女だって、親がいて人によっては兄弟もいる。元いた世界から存在が消えても、彼女らが生まれた事実は消えないわけだろ?」


 被害にあった人からの言葉は、非常に重たい。

 自身の存在を消され、親からも世界からも認識されなくなり、心配し思ってくれる人がいなくなり、孤独を作る儀式。

 最初に考案もしくは発見した人は、何を目的としていたのかすら、誰にもわかっていない。


 記録上にある、初代聖女を喚んだ神殿は、その当時で"何千年も前からある"と思われてる遺物だった。


「召喚なんてバカな事してなければ、私は父様、母様ともっと一緒にいられた。無理やり離される事なんてなかった。施設で理不尽な暴力にさらされる事なんてなかった……。もっと一緒にいたかった……もう会えないんだ……。父様も母様も死んでしまった……。最期にも会えなかった、会わせてもらえなかった。この国によって引き裂かれたんだ。もう会えない……」


 月華は頭をぐしゃぐしゃと掻き、ぶんぶんと振るった後、保管庫を飛び出していった。

 保管庫の扉のそばにいたアレクライトと楓に、目もくれず、走り去っていった。ゼランローンズは慌ててその後を追う。

 玄関の扉をくぐり、雨が降り頻る外へ消えていった。楓も慌てて後を追おうとするが、アレクライトが止める。


「カエデ、ツキカに追いつけないよ……! ゼラに任せるんだ!」

「でも……!」


 楓は悲しさと悔しさを、その顔に滲ませることしか出来なかった。

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