消されなかった『わたし』の家族
月華は10代目の記録を途中で読むのを止めて、ゼランローンズに、10代目の召喚に巻き込まれた稀人の記録はあるのか訊ねる。
ゼランローンズは別の棚から、記録を2冊持ってきた。
「彼らは夫婦で来た稀人と記録されてる。癒しの魔女とその伴侶だ」
「ごめん、中座させて。すごく気になって……」
「構わん、元々記録を読むのが目的だろう。翻訳と書き起こしはオマケと思ってくれ」
月華は記録をパラパラめくり、表情が険しくなっていく。
冊子は縦書きで書かれており、ページをめくる方向は他の記録と逆だ。左の紙を右にめくる。
綺麗な縦書きの文字。揶揄ではない達筆だ。
月華は記録を閉じた。
「シェリッティアの庇護下に入った夫婦が、10代目聖女と共に来た稀人だ。記録にある今までの召喚で、唯一の20歳を超えた者たちである」
「この記録あとでじっくり読もう」
生き方のヒントでも記録にあったのだろうか? 何かを得た様な顔をしてる月華が、気になりながらも、再び10代目の記録を読み始めたので、ゼランローズは書き取りを行う。
「10代目聖女、はほぼ記録をしてないに等しいな……。理由も記載してる。
『日記はココで終わりにします。
巻き込まれてこちらに来てしまった、京雪寺夫婦にはいくら謝っても謝り足りない。
必ず帰る方法を探すと意気込んでいたので、旅をするなら私の力で魔物の力が弱まっているから、少しだけ力になれた気がした。本当にごめんなさい。
あの人たちが無事に帰れますように』」
「稀人はケーセツジという家名なのか? 記録にはアルジェントとなっているが?」
「夫がアルジェント姓で、妻が京雪寺姓だ。此方ではアルジェント姓の方が馴染みやすいから、そちらで名乗っていたんだろう。同郷の聖女には、馴染みのある日本の名を名乗っていたんだろうな」
「10代目聖女の記録と、スヴァルニーの記録にもない事だが、なぜそう言えるのだ?」
聖女の記録を閉じて、ゼランローンズに向き直り、眉を下げて笑顔を出す月華の顔は、哀しさであふれてるような顔だった。
唇が僅かに震え言葉を紡ぐのを躊躇っていたが、ぎゅっと唇を結んで目を閉じて、首を一振りして頷いた後、目を開いて口を開いた。
「この稀人、わたしの父と母だ。聖女がいた神社に23年前訪れていた。この日の事はよく覚えてる」
突如の告白に、一同は目を見開き固まる事しか出来なかった。
「召喚された者は、存在を消されるのでは無いのか……?」
「おそらく消されるはずだが、召喚された者に連なるものが残ってる場合は、消えないのだろう。だから子を生してない者が呼ばれる。子を生してない者のみ、存在を消せるんだろうな」
勝手なわたしの予測だが、と言いながら月華は言葉を繋げる。
「現に父と母の事は、行方不明になったと記憶してるし、祖父だって、娘である母の存在を認識してた。わたしという『子』がいたから、父と母の存在消去は行なえなかったのだろう。わたしには子が居ないので、存在を消されたようだ」
理論や理屈はサッパリだけど、自分の名を消された証拠は鞄や財布の中にあった。だけど、父と母は存在を消されなかった。
そういう結論しか、今のところ納得できる材料がないのだ。
「この世界の都合に、23年前から、ツキカは振り回されてしまっていたのか……?」
ゼランローンズが怒りと悲しみに声を震わせ、拳を握りしめる。握った拳から血が滴り落ちる。
アレクライトも唇を噛み締めて、瞳を震わせている。
残酷な事しか起こっていない。この世界に親を奪われ、仕事を財産を奪われ、その事実を知る。
「おのれ……クソ王族めが……」
ゼランローンズから魔力が溢れて漏れ出て、空間が揺らいでる。アレクライトはハッと気が付き、ゼランローンズの後頭部を叩く。
「落ち着け! ここで魔力をだだ漏らすな!」
「……! す、すまない」
月華は稀人の――母の記録を読み始める。
———人を憎まずと教えられてきましたが、私にはとても無理のようです。
愛する子から引き離された。あの時、私たちのどちらかでも月華のそばにいなかった事を、酷く後悔しています。
まだ幼子である娘を残して、世界を渡っている。せめてどちらかだけでも帰して欲しい。
この国の王と名乗る略奪者は、この事実を突きつけようと我関せず、自身の世界さえ良ければ、他は知らないと宣いました。
聖女さえ居れば他は知らん、巻き込まれた不運な者などおのれの運命を呪って朽ちろ、と言ったあの男を赦すことは出来なさそうです。
どうやら私には、他者を癒す力が在るようです。日本にいた頃にはそのような力は一切無かったのに、不思議なものです。
傷ついた方々を治しながら、夫とこの世界を歩いてみましょう。何処かに帰り道があるはずです。
この国の王が保護をしてやろう、と言ってきました。今更、寝言を聞くつもりはありません。
この国を出ましょう、他国であれば、何か道があるやもしれません。
シェリッティアの方、スヴァルニーの方々には感謝してもしきれません。時折届く支援物資に、彼らの優しさを感じます。
しかし、あれから三年。まだ帰る道はわからない。月華の誕生日も一緒に祝えず……早く帰らせて……
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とうとう自分の足で動く事も、儘ならなくなりました。
シェリッティア家の皆様のお世話になりながら朽ちる様です。
生きて会いたかった我が子よ、本当にごめんなさい。
愛しています、月華よ。
母はいつまでもあなたの幸せを祈っています。
幸福を貴女に
「母はこの世界で眠ったのか」
月華は淡々と読み上げた。
彼女の表情は感情が読み取れない。そして、もう1人の稀人、父の記録に手を伸ばした所で、メイドが夕食を知らせに来た。
「続きは明日にするか」
当の本人が言うならば大丈夫か、と全員が頷き、夕食のため食堂へ移動する。




