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売られた喧嘩は過払いでもいいよね!


 月華が、身なりの悪い男に向かって、一直線に走っていくのを、ゼランローンズとアレクライトが追随する。


「待たんか! ツキカ!!」

「馬と荷物置いてけなんて、喧嘩売ってきてるじゃないか! 買い取って何が悪い!」

「ツキカだと過払いになるから!!」


 こんな時でも、ちゃんとツッコミをしてしまうアレクライト。

 野盗はご丁寧に正面から現れた。

 いままで通ってきた街道は、脇に雪が積み上げられているので、横から奇襲をかけることができない状態だったためである。


 今いる位置は、街道が交差しており、少し(ひら)けているために、野盗はここを通る荷馬車を襲おうと考えていたようで、それに運悪く遭遇したようだ。


 短剣や棍棒などを構える野盗に向かって、アレクライトは指をさし雷を放って、手に電気を当てて武器を落とさせる。


 ――確かに指から出てるわ!


 楓にとって雷の魔法のイメージは、敵の頭上に雷が起きて落ちていくものだったので、アレクライトから発せられるものは、楓の中では稲光の方がしっくり来る。

 夏の夜に、よく遠くの空で横に走っていた雷、あの感じの光が走っていった。


 武器が落ちて慌てている野盗をゼランローンズが投げ飛ばしたり、月華が鳩尾に重たい拳を入れたりと、物理的な対処がされる。

 拳が入った野盗の体は浮いてる、いや跳んでる。そして、どさりと落ちる。


 まだ武器を握ってる野盗は、比較的小さく弱いであろう月華に向かって、棍棒を振り下ろした。

 即座に月華はコートの中に手を入れ、モンキーレンチを取り出して振り払う。


 貧相な棍棒は、月華の振るった金属があっさり壊す。砕けた棍棒に目を見開いてる野盗の後ろに回っていたゼランローンズは、野盗の首を捻り気絶させる。


 7人いた野盗は全員気絶したので、野盗が持っていたロープで縛り上げ、道の端に転がしておく。

 刃物は取り上げたので切る手段はない。


 そして全員が連なるように縛ったので、全員で協力すれば歩ける。

 右足同士で連なるよう縛り、左足も同様に。1人1人の腕は後ろ手に縛り上げる。


 手頃な縄が無くなったので、野盗のベルトを剥ぎ取って8の字を作って、前と後ろの輪に1人ずつ首をはめる。後ろの輪になった奴は、もう1本のベルトで前の輪をかけられて後ろのやつに掛ける事を繰り返して、ベルトの連なる首輪を完成させる。


 首は頭が抜けないようにベルトを調整して輪を作ったし、腕が使えないので取れない。

 足の連なる結びと、ベルトの連なる首輪を思いついたのは月華だ。


「だから過払いになるって言ったじゃん……」

「まだ払い足りない。服を剥ぎ取ってないだけ、慈悲深いもんだ」


 野盗より月華の方が無慈悲だ……。運が悪かったのは野盗の方だった。

 野盗は彼らにとって脅威にもならずな状態に、楓は一安心したが、月華がアレクライトに説教を受けていた。


「なんで飛び出していくんだよ! 危ないだろ!!」

「売られた喧嘩は買うもんだろ?」

「まぁまぁ、アレク。ツキカがいたから早く終わったんだし良いではないか」

「それはそうだけど危ないだろ!」


 アレクライトの雷魔法は、手を痺れさせるくらいだ。これ以上威力を上げると、相手の体を壊してしまう。殺す目的ではないので、威力を落とすしかない。

 魔法は牽制で使い、出来た隙で、ゼランローンズが無力化するという方法が効率よく捌ける。


 今回は前衛が2人いたので、思っていたより早く終わった。短時間で無傷のまま脅威を取り払えたのは、月華がいたからでもあった。

 ゼランローンズは月華に、護身術の成果が十分出ていた事を伝えて褒めていた。


「褒めるな、褒めるな! また危ない事が起きたらどうするんだ!!」


 異世界人は力を持たない。

 勿論この世界の人だって魔法が使えない、鍛えてない人は弱い。そんな人らよりも身体能力が劣っている。


 記録にあったものはそんな情報だ。

 頭の中には護るものとして刷り込まれている。危険度の高い場所に出すなんて、とんでもない、やっていはいけない。という考えだ。


 その考えをバキバキと音を立てて壊すかの如く、危険へ突っ込んでいく月華に、頭が痛む思いだ。


「「倒す」」

「脳筋……だった、そういえば」


 聖女、異世界人に脳筋の記録は無かった。初脳筋である。

 だが、脳筋は幼馴染で扱いが分かってる。でも異世界人――ごちゃごちゃしてしまい、アレクライトは苦悩する。

 とは言え、ゼランローンズが大丈夫というの、だからそれを信じておこう。と切り替える。


 彼も異世界人を優先するのだ。本当に危険なら前に出しはしないはずだ。そういった点は任せていいのかもしれない。そう彼は頭の中で確認する。


「アレクよ。ツキカは、ちゃんとわかっている。己で対処できない事にはちゃんと我々を頼ってくれる。だから女性という枠に嵌めているとツキカは逃げ出すぞ?」


 ゼランローンズの方が彼女を見てる、理解している様だ。月華もうんうんと頷いてる。


「逃げ出すって……そっちの方が危ないじゃないか……!」

「大丈夫、逃げるときは"クマのぬいぐるみ"を持っていくと決めているから」


そう言いながら、月華は馬車へ戻るため足を進める。


「………? …………!!!!」


 アレクライトは首を傾げたが理解した。

 月華は、アレクライトより、ゼランローンズの方が自分を理解してくれてる事を悟っていた。

 窮屈すぎる事が起きたら、ゼランローンズを連れて離れると言っているのだ。


 恋愛感情は、一切月華に対しては持っていないアレクライトだが、異世界人に「逃げる」と言われ、拒まれたと思うと胸が締まる思いになる。ゼランローンズはそんなアレクライトの肩を叩く。


「気負いすぎだ。少しはツキカを信じてやれ」

「信じる……か」


 守るより、信じる方が難しい。まだ、互いに知らないことだらけなのだ。

 きちんと向き合わないとダメだな、とアレクライトは息をひとつ落とした。

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