初めての旅@異世界
朝、目を覚ますと、すでに布団の中には楓ひとりだった。
月華は既に朝の運動を行なっているのだろうか、と眠たい目を擦りながら起き上がり、朝の支度を済ませ、ベッドルームを出てリビングに出ると、美味しそうな匂いがしている。
リビングの隣にあるキッチンの方からだ。
扉を開けると、美味しそうな匂いはさらに強くなる。
「月華、おはよう」
キッチンに立つ彼女に声を掛ける。振り向いて挨拶を返してくれる。
そして手招きをするので、楓は近寄ると香ばしい匂いがする。ベーコンの匂いだ。朝に嗅ぐベーコンの匂いは食欲をそそる。
「朝ごはんっぽいよな、ベーコンエッグって」
「まさにそれね! 何かできることある?」
月華にばかり料理させるわけにも、と思い訊ねてみるが、既にあらかた終わってしまっていたようだ。
ダイニングテーブルには、御重箱のような箱に料理が入ってる。お昼ご飯用のお弁当も作ったようだ。
フライパンの中のベーコンエッグをお皿に盛り付け、トースターがわりに使ってたグリルからカルツォーネを取り出す。
既に用意していたサラダを冷蔵庫から出して、トレーに乗せ朝ごはんにしよう、とリビングへ運び込んだ。
相変わらず月華の料理は美味しいと楓は舌鼓を打ち、幸せな朝ごはんを満喫する。
「朝ごはん、今までちゃんと食べてなかったから、何かこれだけで健康的な感じがするわぁ」
「職場着いたらコンビニパンかじって、始業時間前にギリギリで食い終わっていざ! とマウスを握ってたからなぁ……」
時間に余裕のないサラリーマン時代が、遠い昔のように感じる。休みの日は泥の様に眠り、ブランチという事ばかり。
「第一、おっさんたちがよく言ってた"俺が若い時にはなぁ"ってパソコンで仕事してなかったじゃないのよ、書類1つ届けるのに大阪へ日帰り出張とかしてたくせに何言ってんのって感じだったわ!」
「そうそう。プリントアウトした図面に赤ペンでヨレヨレの線引っ張って、直しておいてくれって言うだけだし。ひどい奴なんて未だにパソコン使えないから、経費精算するのに領収書寄越してきて、打ち込んでくれとか言うんだ」
「いたいた!! 流石に冗談じゃないって断ると、シブシブ自分でやっていたけど、間違いだらけで経理に怒られてたわ」
職場あるあるの話題は尽きない。デジタル機器が苦手な人は何処にでも居たようだ。
「でも高校や大学の新卒の奴らも、パソコン触った事ないっての多かったよな……」
「レポート書くのにスマホだったって言ってたわ。フリック入力じゃコード書くの遅いから、新人研修はタイピングからよ……」
「うわぁ、マジか……」
お互い他業種の話は新鮮なので、話題は困らない。
「協力会社のジジ……お年を召された職人に、指導のつもりなのか腕組んで仁王立ちした状態で「このボルト外してみろ!」って言われた時はキレたよ。こっちは図面書くのに現地に来てるだけだってのに」
「区分わけをしてくれない人もいるわよねぇ」
食べ終わった食器は廊下のワゴンに置いておく。食事を作るメイドさんの仕事を奪ってるので、片付けだけは、と懇願されたので、甘える事にする。
ディジニールからもらった布を、月華は縫って風呂敷を作り上げていたので、お弁当を包み部屋を出て玄関ホールへ向かう。
ホールに着くと既に待っていたアレクライトとゼランローンズに、朝の挨拶をして出発だ。
「ツキカ、その布の包みはなんだい?」
アレクライトが大きな包みの荷物に気が付き質問をする。包みは2つある。ゼランローンズはそっと横から取り荷物を持った。
「弁当とおやつ」
「朝ちょっとだけみたけど、すごく美味しそうだったわ!」
男2人は昨日の夕飯を思い出し喉を鳴らす。くすくすと楓は笑い、月華はまったく気にしてない表情だ。
ゼランローンズが持った包みを、執事っぽい人が受け取り馬車へ運んでいく。
メイドが近くにやってきて、楓にコートを着せてくれる。
月華はメイドから受け取り、自分で袖を通す。メイドと身長が合わないのだ。着せてもらってもスムーズにいかない。
そして、馬車に乗ると、靴を脱げるようになっていた。楓と月華に合わせた仕様にしてくれたようだ。
「あれ? またゼラが御者するの?」
馬車の中にゼランローンズがいないので、楓はアレクライトに訊ねると頷いた。
「ゼラとオレで交代しながら向かうよ」
「何から何までごめんね……」
宿、食事、服に病院……なんでもして貰いっぱなしだ、と楓は眉を下げる。向こうにいた時は全部自分で何とかしていた事すら、面倒をみて貰ってることに申し訳なさしか浮かばない。
アレクライトは、そんな楓を少し悲しげな顔を浮かべて見つめながら首を振るう。が、すぐに目を開いて楓の顔を再びじっと見つめる。
「カエデ、眼鏡はどうしたの? 見えないと不便でしょ??」
楓は眼鏡を掛けていなかった。昨日まで掛けていたのにだ。
楓はにっこり笑って言葉を返す。
「見えるようになったから掛けていないの」




